10.一番強いのはファビウス侯爵夫人
神殿を出た私たちは応接間でお茶をしていると、王宮の探索を終えた生徒たちとジュリアンがやってきた。
エリシャとリアが耳元に鮮やかで大ぶりな赤色の花をつけている。ノックス王国では見たことがない花だ。
「綺麗な花ね。王宮内に咲いていたの?」
「そうなんです。とても綺麗なのでルーセルさんと一緒に眺めていたら、庭師さんがくれました。ルドライト王国の女性の間では生花を髪飾りとして身に着けるそうです」
私の問いに、エリシャは嬉しそうに答える。
そんなエリシャを、少し離れたところでバージルがちらちらと見ている。きっと、花を身につけたエリシャが可愛くて仕方がないのだろう。頬が緩んでいてバレバレだ。
「とてもよく似合っているわ。せっかくだから今晩の舞踏会にもつけていきましょう」
実は国王陛下が私たちを歓迎するために開いてくれると聞いていたため、私とノエルは予め正装を持参していた。
初めは生徒たちにも持参するよう伝えるつもりだったのだが、問題が一つあった。
使用人夫婦と住んでいるエリシャにはドレスの用意が負担になってしまうのだ。
どうしようかと悩んでいたところバージルとゼスラがやって来て、生徒たちはオリア魔法学園の制服で参加することを提案してくれたのだ。
エリシャのことを想って二人が提案してくれたことが嬉しかった。私はすぐに賛成し、生徒たちは制服で参加することに決めた。
◇
夜になり、舞踏会の会場である王宮の庭園にはルドライト王国の貴族が大勢集まった。
花の形をしたランタンが足元にも空にも浮いており、幻想的な空間だ。
開放的な場所を好むルドライト王国の人々は魔法で庭園を明るくして舞踏会を開くことが一般的らしい。
国王陛下と王妃殿下が会場に入ってくると、二人とも私たちに礼をとった。
「ノックス王国の皆様、この度は第一王子を救ってくれたこと、改めて感謝する」
会場内にいる貴族たちがどよめく。
国王陛下は彼らに、オリア魔法学園の生徒たちが第一王子のために祈った時に奇跡が起こって呪いが解呪されたと伝えた。
エリシャが光使いの力を使ったことは他言無用とするため、そのように説明してもらうことになっている。
「皆様への歓迎と第一王子を救ってくれた礼をするための宴だ。心置きなく楽しんでほしい」
そうして国王陛下が舞踏会の始まりの言葉を継げると、会場の端で控えていた楽団が音楽を奏で始める。
私とノエルは国王陛下に勧められて一曲だけ踊った。
周りの貴族たちの視線が集まって緊張したが、ノエルがリードしてくれたおかげでどうにか踊りきった。
「レティ、お疲れ様。果実水でも飲む?」
「ありがとう。そうするわ」
私はノエルが近くにいた使用人から受け取った果実水をもらい、喉を潤す。
会場を見回すと、生徒たちもルドライト王国の貴族の令息や令嬢たちと楽しそうに交流している。
ジュリアンもまたゼスラと一緒にルドライト王国の若い貴族たちと話している。
みんながルドライト王国の人たちと楽しそうに交流していて安堵したのも束の間、まるで私とノエルを囲むように、ルドライト王国の貴族たちが集まり始めた。
「初めまして。ルドライト王国へようこそ!」
「ファビウス侯爵は昼間お見かけした時よりさらに強い力を感じますね。ぜひ手合わせしてもらいたい」
「ああ、本当に。昼間よりも圧倒的に強くなられている。会場で姿を見た瞬間、引き寄せられそうでした」
人々は口々にノエルの持つ強い魔力の気配を褒め称える。
(昼間に見かけた時よりも強くなっているということは……もしかして、月の槍の効果?!)
貴重なものだからノエルは今もポケットの中にしまいこんでいるから、月の槍はノエルに触れて力を発揮しているのかもしれない。
とはいえ私は何も変化を感じなかった。
人間の数倍も感覚が研ぎ澄まされている獣人にはわかるようだ。
「ありがとうございます。今日は妻と一緒にいられる時間がいつもより長いので力が強まったのかもしれません」
「ノ、ノエル……!」
それからノエルはルドライト王国の貴族たちに延々と私の自慢話と惚気話をしたため、ノエルの愛妻家っぷりはルドライト王国の社交界でも広く知られることとなった。
やがて音楽の雰囲気が変わり、馴染みのない曲調となった。
そばにいたゼスラが教えてくれた話によると、ルドライト王国独自の曲調だそうだ。
踊っているルドライト王国の貴族たちの振り付けも見慣れぬものに変わる。
先ほどよりもみんなのびのびと踊っているように見えた。
「初めて見るダンスだけど、楽しそうね」
ノエルにそう話しかけると、ノエルは私の手を取って微笑む。
「踊ってみる?」
「う~ん……始めてみる踊りだから上手くできないと思うし、止めておくわ」
「それなら、教えてもらえばいいじゃないか」
ノエルの言葉に、周りにいるルドライト王国の貴族たちが待っていましたと言わんばかりにやってきてダンスを教えてくれた。
初めて踊るダンスだけどシンプルな動きで踊れるため、どうにか覚えられた。
とはいえ間違えないようにダンスに集中していると、頭の上でドン、と大きな音がした。
見上げると、色とりどりの花火が夜空に大輪の花を咲かせている。
「わあ、花火だわ!」
ルドライト王国の国王陛下は、今回の訪問のために花火を用意してくれていたようだ。
私とノエルは踊りを止めて、並んで花火を鑑賞する。
「綺麗ね」
「そうだね。本当に綺麗だ」
「ねえ、ノエル。……私じゃなくて花火を見て?」
横顔に視線を感じると思って振り向くと、ノエルはうっとりとした顔で私を見つめているのだ。私の言葉に相槌を打っておきながら、花火を見ていないなんて。
「花火を見て嬉しそうなレティの横顔が本当に綺麗だから見惚れているんだ」
「――っ、ノエルの視線が気になってしまうから、花火を見てちょうだい」
「レティの色んな表情を見逃したくないから、このまま見ていたいな」
「も、もうっ、私はノエルと一緒に色んな綺麗なものを見たいのに……!」
唐突に甘ったるい言葉を囁かれると、反応に困ってしまう。いや、唐突ではなくても、照れくさかったりくすぐったくなってしまったりするから困るのだけれど。
かくして、照れ隠しのために私がふんとそっぽを向くと、耳元でノエルがくすりと笑う声が聞こえた。
「ありがとう、レティ。一緒に綺麗なものをたくさん見に行きたいと言ってくれて。私も、この先もずっとレティと一緒に居て、二人で素敵な思い出を作っていこう」
そう言うと、ノエルは私が顔を向けている先に移動してきた。
私の視界に入り込んできたかと思うと、嬉しそうに目を閉じて、ゆっくりと顔を近づけてきて――。
「ノエル、生徒たちの前でキスはしない約束でしょう?」
私は咄嗟に両手でノエルの口を覆ってキスを防いだ。
ノエルはしょんぼりとしながらも引き下がったので、私も両手を離す。
「……手厳しい」
「仕事中なんだから、当然でしょう?」
私たちの一連のやりとりはルドライト王国の貴族たちにしっかりと見られていた。
そして貴族たちの間で、「あんなにも強い力を持つファビウス侯爵を尻に敷いているのだから、ファビウス侯爵夫人が一番強い」と噂されてしまう。
翌日のアフタヌーンティーで王妃殿下からその噂を聞かされた私は、笑顔で誤魔化すしかなかった。
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