05.呪われた王子
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「兄上、ただいま戻りました」
ゼスラに続いてゼスラの兄――第一王子殿下の私室に入る。
綺麗に整理整頓された部屋で、陽の光が入っており明るい。
ベッドの上に横たわっている第一王子殿下は、黒に近い紺色の長い髪も、金色の瞳もゼスラと似ている。
柔和な顔立ちで、優しそうな人だ。
(それにしても、想像以上にやつれているわ。早く呪いをなんとかしないと……)
第一王子殿下はゼスラの声に反応して体を動かそうとするけど上手くいかず、顔をゼスラの方に向けるのがやっとだった。
ゼスラの話ではある日突然、未知の呪いに侵されてしまい、今は立っているのもままならないほど衰弱している聞いている。
そのうえ魔力の消耗が激しく、時にはそのせいで命の危機に瀕しているらしい。
それにルスの話によると、体の一部が石化しているのだとか……。
苦しいはずなのに、第一王子殿下は少しもそのような素振りを見せない。
「ゼスラ……おかえり。元気な姿を見れて嬉しいよ」
ふと、第一王子殿下の金色の瞳がノエルの姿を捕らえると、大きく目を見開いた。
「ゼスラ、そちらのお方は?」
「ノックス王国の魔術省の官僚であるファビウス侯爵です」
「……そうか。類稀なる魔力をお持ちのようですね。そして強い。我が国の民たちが魅了されてしまいそうです」
そう言い、第一王子殿下が微笑む。
ノエルも微笑みを返した。
「ルドライト王国の第一王子ユリオン殿下にご挨拶申し上げます。ファビウス侯爵家の当主で魔術省で勤務しているノエル・ファビウスと申します。私には身に余るお言葉をいただき光栄です。しかし残念ながら私はただの官僚なのです。この度の親善交流がより良いものになるよう尽力いたしますのでよろしくお願いいたします」
生徒たちや他国の人間には月の力の事を明かすわけにはいかないため、ノエルはやんわりと話しを逸らした。
それからノエルに促され、私たちは一人一人、第一王子殿下に自己紹介した。
「ノックス王国の皆様、遠路はるばるルドライト王国までお越しいただきありがとうございます。せっかく来ていただいたのに、このような姿で禄に歓迎もできず申し訳ございません」
第一王子殿下は眉尻を下げる。
こんなにも優しそうな人を新しい呪術の実験台にしたなんて、やはりドーファン先生を許せない。
ゲームでゼスラから聞いた話だと、第一王子殿下は前途有望だったのに、呪いのせいで周囲から兄王子の王位継承は望めないと思われてしまったのだ。
(この世界でもそうなっているかもしれないわ)
そしてこの世界のゼスラも兄こそが国王になるべきだという信念を持っており、呪いを解く方法を見つけ出すために外の世界に出ることを決心してノックス王国に来たのだ。
ゼスラの願いを叶えたい。
「実はミュラー殿の歌を兄上に聞いてもらいたいのだが、いいだろうか?」
「歌を……?」
「ミュラー殿の歌には特別な力が宿っている。彼女の歌で呪いが解けた者もいるのだ。もしかすると、兄上にかけられた呪いも解いてくれるのかもしれない」
「……呪いを解く力……ノックス王国には女神様から光の力を授かった光使いと呼ばれる者がいると聞いたが、まさかミュラー殿が?」
「い、いえ……わたくしは歌うことでしかその力を使うことができないので、まだそうと決まってはいません。前例がないそうですし、一時的なものである可能性があるそうです」
光使いが同じ時代に二人もいたことがないため、ソラン団長とルーセル師団長は様子見しているところだ。
「そうとはいえ、ノックス王国にとって大切な力を使ってもらっていいのだろうか。他国も求めている力だと聞いた事があるが……」
「――いいのです。私はただ、友人のご家族のお見舞いとして歌うのです。もしかすると偶然、光の力が作用してしまい、殿下の呪いを解くことがあるのかもしれません」
「ミュラー殿……! 貴殿の真心のこもった気遣いに感謝する」
第一王子殿下が感激して瞳を潤ませる。
エリシャは微笑んだが、いつもと比べてその表情が硬い。
もしかすると、第一王子殿下にかけられている呪いが解けなかったらどうしようかと、不安になっているのかもしれない。
私はエリシャに歩み寄り、彼女の背中をポンポンと叩いた。
「いつも通りに歌うといいわ。大丈夫よ、きっと上手くいくわ」
「っ、ありがとうございます……!」
エリシャの表情が解ける。
彼女はすっと姿勢を正すと、美しい声で歌い始めた。
ようやくゼスラの兄の登場です!
エリシャの活躍を見守ってあげてください。