02.いざ出発
私たちは早朝のまだ星が煌めいている間にファビウス邸を出た。
行先はオリア魔法学園だ。
「あら、みんなもう集まっているわね」
学園に着くと、本館の前にエリシャたちが既に来ており、出迎えてくれた。
エリシャとリアとバージルとゼスラとイセニック、そして宮廷魔術師団の制服を着たジュリアンだ。
「ファビウス先生、おはようございます」
「おはようございます、ミュラーさん。とても早くに集まったのね」
「はい、とても楽しみなので、みんな早起きしたんです」
いつもはお淑やかなエリシャの声が、今日は珍しく弾んでいる。
それほど、今回の親善交流を楽しみにしていたのだろう。
「外国へ行くのは初めてなので、昨日はワクワクして眠れなかったんです」
「ふふっ、それなら馬車の中で少し眠るといいわ。長旅だから、ゆっくりしましょう?」
そう言い、目の前に停まっているグリフォンの馬車を見遣る。
馬車は三台あり、どの車体にもノックス王国の紋章があしらわれている。
今回はノックス王国とルドライト王国が親睦を深めるための訪問のため、ノックス王室が色々とバックアップしてくれている。
その一つが、この馬車の手配だ。
一台目にノエルとバージルとゼスラとイセニック、二台目に私とエリシャとリアとジュリアンが乗る。
ちなみに、三台目は私たちの旅の荷物を運ぶ荷馬車だ。
「でも、せっかくファビウス先生と同じ馬車に乗れるので、先生とたくさんお話したいです」
そう言い、エリシャがうるうるとした眼差しを向けてくる。
可愛い。可愛すぎる。
ヒロインにこんなにも可愛いお願いをされて無下にできる人なんて、きっといない。
「はうっ……!」
漏れなく私も魅了された。
きゅんと、心臓のあたりからときめきの音が聞こえてきたような気がしたのだ。
「ルドライト王国に着くまで時間がたっぷりあるわ。馬車の中ではたくさんお話しましょうね」
「ぜひお願いします!」
エリシャとリアと一緒に女子トークできるなんて最高だ。
と、内心歓喜していると、不意に背後から誰かに抱き寄せられた。
「レティと長時間離れないといけないなんて……」
耳元には、ノエルの弱り切った声が落ちてくる。
確認するまでもなく、不意打ちで抱きしめてきた犯人はノエルだ。
「長時間って……途中で休憩する時に会えるんだし、いつも仕事で離れている時間より短いじゃない」
「馬車一台分の近距離で離れていると、いつも以上に時間を長く感じてしまうんだ……」
「どんな理論なのよ」
なんて、突っ込みを入れてしまったのがよくなかった。
「普段はお互い仕事だし、学園と魔術省舎が離れているからまだ納得できるんだ。しかし今回はレティと同じ目的で同じ場所に移動しているというのに離れてしまうから――」
ノエルが延々と謎理論について語り出してしまったのだ。
仕方がなく、私は彼を背中にくっつけたまま、生徒たちをそれぞれの馬車に誘導した。
「さあ、ノエルも馬車に乗りなさい」
「レティを乗せてからにするよ」
渋々とノエルが背中から離れ、私の手を取ったその時、理事長が現れた。
思わず身構えてしまう。
そんな私を安心させるかのように、ノエルが私を抱き寄せた。
「おはようございます、ぺルグラン公。もしかして、見送りに来てくださったのですか?」
にこやかな笑みを浮かべるノエルに対して、理事長はいつもの仏頂面。
見送りと言うより見張りに来ているように見えてしまう。
だけど理事長は、静かな口調で「ええ」と肯定した。
「はるばる遠方の国へ行くみなさんの旅路の安全を祈ります」
案じる眼差しとは程遠い無機質な声で、祈りの言葉を口にする。
「それに、留守中は私に任せてください」
「えっ……?」
思わず聞き返してしまった私に、理事長は唇の端を微かに持ち上げた。
任せるも何も、今は夏季休暇だから授業はないのだ。
(それとも、学園に残っている生徒たちのことを言っているのかしら?)
大半の生徒は長期休暇になると帰省するけど、中には寮に残る生徒たちもいる。
いつもは休暇中に何度か学園に行って生徒たちの様子を見ていたから、私が心配しないよう言ってくれたのだろうか。
ゲームの中の理事長はエリシャ以外の生徒たちのことは全く気にかけていなかったけれど、目の前にいる理事長は違うようだ。
未来が、明るい方へと変わっているような気がした。
「ありがとうございます。生徒たちをよろしくお願いいたします」
理事長に礼をとり、ノエルのエスコートで馬車に乗る。
「行ってきます」
「お気をつけて」
私たちを乗せた馬車は校門をくぐると、空へと飛び立った。
◇
「わあ、グリフォンたちが追いついた!」
リアが目を輝かせ、窓の外にいるグリフォンを眺める。
馬車の左右にいるグリフォンたちの背には、王国騎士団の騎士たちが乗っている。
今回の旅の警護にと、アロイスが手配してくれたのだ。
「ノックスの騎魔獣騎士たちの腕前は大陸いちと言われているから、安全な旅路にな――」
得意気に説明していると、私たちの視界にサッと黒く大きな影が横切った。
グリフォンたちの威嚇する鳴き声が聞こえてくる。
先ほどまでは静かに座っていたジュリアンが、おもむろに立ち上がった。
「強い魔力を感じる。……ドラゴンだろう。危ないから窓から少し離れろ」
私はエリシャとリアを庇うように抱き寄せる。
「黒いドラゴンだ。あれは――アーテルドラゴン?」
「アーテルドラゴン……?」
聞き覚えのある名前だ。
もしやと思い、もう一度窓の外に目を遣ると――。
「クェェェッ!」
嬉しそうに尻尾を振るナタリスと、目が合うのだった。
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