08.旅立ちを見送る(※ノエル視点)
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「無事に気持ちを伝えられたようでよかったわ」
湖から戻って来たレティは、ローランたちを見て笑みを零した。
ウンディーネの事が余程心配だったようで、馬車から降りるとすぐに駆けつけて来た。
息が上がっているレティの体を支えると、寄り掛かって小さく息をつく。
腕の中に受け止めた重みが愛おしい。
友人の為に全力で応援する姿が彼女らしいと思う。
幸せを願い、そして必要とあらば手を差し伸べる。
そのようなレティの姿に感化されたのか、ローランとウンディーネの手助けをしたいと思い――昨夜、ローランの元を尋ねるに至った。
「レティシア、励ましてくれてありがとう」
ウンディーネはレティが来たのに気付くと、目を潤ませてレティの手を取る。
「どういたしまして。無事に想いを伝えられてよかったわ」
二人にとっては唐突な別れとなった。
ウンディーネはこのまま、ローランと一緒にベルク王国に向かうらしい。
他の精霊たちに挨拶しなくていいのか、と尋ねたが、精霊たちにそのような慣習は無いから不要だそうだ。
レティとウンディーネが別れの挨拶を交わしているのを見ていると、ローランに名前を呼ばれた。
振り向いた先に居るローランは、今にも泣きだしそうな顔をしている。
いつもは無表情を貼り付けている人間がこのような顔をしていると、いささか困惑する。
「闇の王、私たちの為に奔走してくださってありがとうございました。この御恩は生涯忘れません。必ずやあなたの手足となりお返しします」
「大袈裟だな。私はただ、元同僚の恋を応援しただけだ」
魔術省に入ってからずっと共に働いてきた同期。
そして、先代の国王に立ち向かうために共に共闘していた仲間。
彼と過ごしてきた日々を思い返せば、そのように名付けられる関係だったのではないだろうか。
「ローラン、これからは私の友になってくれないか?」
「闇の王……」
ローランは目を見開き、わずかにたじろいぐ。
無理もない。ローランにとって私は畏怖するべき《月の力を持つ者》だ。
それでも私は、これからは彼の友人でありたいと願う。
友という存在に憧れたのだ。
ローランに手を差し出すと、ローランは微かに震えながら握り返してくれた。
一連の様子を見ていたらしいレティが、「よかったわね」と声を掛けてくれたのだが――。
「無理です」
ローランはそう言うと、空いている手も寄せてしっかりと握りしめてきた。
それまでは新たな門出を祝う感動的な雰囲気だったのが、一転して暗雲が立ち込め、気まずくなる。
「無理……か」
「ええ。無理です。不可能です。我が至上の主であるあなたを友人とみなすなど、おこがましい! 私は一生、忠実な家臣としてあなたに仕えると誓っているのです!」
彼は首を縦に振ってくれると予想していたのは、私の驕りだったのだろうか。
そのような事を考えていると、耳にはローランが熱弁する声が届く。
何を言っているのかは半分もわからない。鼻息荒く語る声が、どこか遠くから聞こえてくるようなのだ。
後にレティがこの時の様子を聞かせてくれたのだが、いつになく生き生きとしているローランとは対照的に、私の目からは光が失われて虚ろげだったそうだ。
ローランの話は長々と続き、見かねたウンディーネが両手で彼の口を押えて黙らせた。
そして二人はいつもの如くお互いに罵り合いつつ、馬車に乗る。
「ベルク王国での生活が穏やかであることを祈っているよ。もしも困りごとがあったらバルテ商会を頼ってくれ。私から伝えておくから、相談すれば動いてくれるだろう」
国内外の顧客を相手に商売をしているバルテ商会は、ベルク王国に支店があるらしい。
ダヴィッドとやらに頼めば力を貸してくれるだろう。
あの人物にとって私は外れ者の王族であり――つまり、彼の上顧客だから。
「ありがとうございます。闇の王も、有事の際は私をお呼びください。すぐに馳せ参じます」
ローランは馬車から体を乗り出し、姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
地平線の向こうに彼の姿が消えてしまうと、途端に胸の奥に違和感を覚えた。
それは何かが失われたような感覚に似ている。
レティにその事を話すと、彼女は微笑みを浮かべて抱きしめてくれた。
「それはね、ダルシアクさんとのお別れを寂しく思っているからよ」
「寂しい?」
「ええ。だって、これからはなかなか会えなくなってしまうもの。だから悲しそうな顔をしているのよ」
レティの手が頬に触れ、温かな熱が伝わるのが心地よい。
「なるほど……私は、ローランとの別れを惜しく思っているのか」
同僚で、仲間。
そんな彼の事をいつの間にか身近に感じていたようだ。
別れてから初めて知ることになるとは予想もしておらず、不意打ちの感情は鮮烈な記憶へと姿を変えた。
本日はもう一話更新予定です。
レティとノエルが新しい精霊の誕生を見に行くお話をお届けします。




