15.変わる未来
取り調べのあったその日のうちに、アロイスはマルロー公爵家に騎士団を送り込み、一族から使用人まで全員捕らえた。
マルロー公爵家の帳簿は無事押収され、今は王宮内にいる財務官らが帳簿を詳細に調査している。
「調査にはどれくらい時間がかかるのかしら?」
「他家の帳簿も調査するのだから、早くてもひと月はかかりそうだね」
「じゃあ、エリシャが家族と会えるのは夏休み明けになるのかしら?」
「色々と手続きがあるから、そうなるだろう――それより、今はマルロー公たちのことは忘れて、デートを楽しもう?」
ノエルは少し唇を尖らせた。子どもっぽい表情のはずなのに、ノエルがすると妖しい表情に見えてしまう。
今日は約束のデートの日だ。
私とノエルは今、馬車に乗って王立美術館へ向かっている。
「でも――」
「もしもマルロー公の手の者が調査を妨害するのなら、私が消してみせる」
「け、消すって……物騒なことを言わないでよ?!」
「妻の憂いを取り除くのが夫の役目だと思うんだ」
と、どことなく不穏な気配を漂わせた笑みを浮かべる。目元も口元も間違いなく笑っているのに怖い。
何の前触れもなく黒幕然とした表情を見せられると心臓に悪い。
おかげで、先ほどからバクバクと大きな音を立てて脈を打っている。
「気持ちは嬉しいけれど……だからといって、物理的に取り除かないでよね」
「さあ、どうしようか。レティを困らせる者は、誰一人として許せないからね」
ノエルは心配性だから、私のためといってとんでもない行動を起こしてしまいそうだ。
私を困らせる者を許さないと言っているけれど――。
(まさしく今、あなたの突拍子のない発言に困っているのですが?)
その気持ちを込めてジロリと睨みつけるけれど、ノエルの美しい顔は崩れなかった。
◇
私たちを乗せた馬車が美術館に着いた。
白い石造りの王立美術館は外壁にも彫刻が施されており、美術館そのものも芸術品のように美しい。
中に入ると、貴族から平民まで、あらゆる身分の入館者たちが思い思いに作品を鑑賞している。
「相変わらず人が多いわね」
「ノックスは芸術を楽しむ国民が多いからね。特に貴族は、芸術を嗜むのが教養として育てられているからよくここに来るよ。――まあ、先代の国王の時代は人が減っていたんだけどね」
先代の国王は芸術に価値を置いていなかった――というとまだ聞こえがいいかもしれないが、実を言うと全く興味がなかった。
過去の偉大な画家の作品を、仲良しの貴族や他国の使者にあげてしまったのだ。
そのせいで、王立美術館の貴重な所蔵品が流出してしまい――人々の関心を失っていたのだ。
(だけど、アロイスが芸術家たちを支援するようになったおかげで、また人が戻って来たのよね)
つまり今の王立美術館には、アロイスがプロデュースした芸術家たちの作品が並んでいるということ。
ぜひとも観に行かなければと思っていたのに、なかなか時間がとれず遅くなったのが悔やまれる。
「そういえば、先代の国王に関する作品が全て無くなっているわね」
以前なら、先代の国王を描いた作品や彫像がいくつかあった。しかし今は、どこを探しても見つからない。
「罪を犯した国王の顔を飾るわけにはいかないだろうからね」
「それもそうね。こうして見ると改めて、未来が変わった実感を持てるわ」
ゲームとは違い、ノエルを苦しめていた先代の国王は、もうこの国にはいない。
そして、国王と一緒になってノエルを苦しめていた人たちも、アロイスの手によってすぐに罰せられるはずだ。
だけど、彼らがいなくなったところで、ノエルの心の傷がすぐに癒えるわけではない。
加害者がいなくなっても、悲しい記憶はなくならないから――。
「……ノエル、これからはいっぱい、素敵な思い出を作ろうね」
私は、少しでもノエルの傷が癒えるように、ノエルと一緒に楽しい思い出をたくさん作っていきたい。
「レティがいてくれたらそれだけで、毎日素敵な思い出ができているよ」
ノエルは紫水晶のような瞳をとろりと蕩けさせると、私の頭にキスをした。
周囲にいる貴族らしい女性たちが、「まあっ!」とか「きゃあっ!」と小声で声を上げるのが聞こえた。
声のする方に顔を向けると、彼女たちは頬を赤く染めつつ、扇子で口元を隠して私たちを見ているではないか。
「ノ、ノエル! 美術館でこういうことをするのはどうかと思うわ!」
「そう? これでも我慢している方なんだけどな」
「我慢……?」
「本当は外でもドロドロに甘やかしたいけど――レティが恥ずかしがると思って我慢しているんだよ?」
「そ、外ではやめて!」
「うん、中ではいいんだよね? 帰ったら覚悟してね?」
「~~っ?!」
ノエルは私を背後からぎゅっと抱きしめると、耳元で「愛している」と囁くのだった。
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