14.国王の決断
その後、私たちはマルロー公が意識を取り戻すのを見計らって、取り調べを再開した。
「父は――ロジャー・ランバートは、ノックス王国の建国前から伝わる神話を研究していました。中でも、神話に出てくる聖遺物について研究していたのです」
メアリさんが話している間、マルロー公は懲りずにまた口を挟もうとしたのだけれど――アロイスが氷のように冷たい眼差しを向けると、ようやく黙った。
今はなかなか見られなくなってしまったあの眼差しを正面から見られるなんて、少し羨ましい。
「マルロー公爵閣下とエルヴェシウス伯爵は、父が捏造した歴史を広めていると決めつけ、追放したのです。それだけではなく、父が作成した論文や集めた資料を取り上げもしました」
「メアリ・ランバートの証言通り、王都の父上の部屋から、ロジャー・ランバートの署名が記された地図や論文を見つけた」
ジュリアンがパチンと指を鳴らすと、どこからともなく書類が現れ、宙に浮かぶ。
それはノックス王国の地図と、メアリさんのお父さんが作成したらしい論文だった。
(――あら、誰かが上からメモ書きした跡があるわ)
地図も論文も、基本的には几帳面な字が書かれているけれど――所々に、乱雑に書き殴ったような文字やバツ印もある。
対極にある文字だ。同じ人物が書いた文字とは思えない。
「それは、父がセラという名の街がある領地に印をつけていた地図でした」
「この地図を奪った父上とマルロー公は、計画を立てるのに利用した。赤い線で囲まれている土地をよく見ると、どの土地にもマルローと書かれている。そして、別の色の線で書かれている土地には別の家名が書かれている。――これは、奪った領地を誰の所有物にするのか話し合った際に書かれたものだ」
もしやと思い、ブロンデル侯爵領――エリシャの実家の家名が書かれている土地を見てみると、地図上に書かれているブロンデル侯爵領の字にバツ印が書かれている。
その土地は赤い線で囲まれており、マルローと上書きされていた。
「マルロー公と父上たちは、手に入れた土地にはその証としてバツ印をつけていた」
「なるほど。言われてみれば、印がつけられている土地は今、上書きされた家門の領地になっているな」
分析するアロイスの声は静かで、氷のような冷たさがある。しかしその瞳には怒りの炎が揺らいでいる。
「父上たちは標的にした家門の領地に人を送って荒らした。農地に魔獣をおびき寄せて作物を食わせたり、盗賊に町を襲わせて住民を追い出した」
「一つの領地で立て続けに災難が起きると、領民たちは流出してしまうだろうな。そうなると、領主の財政が一気に傾く……先代の国王は、それを止めようとしなかったのだな」
アロイスは唇を噛み締める。守るべき国民を苦しめ続けてきた先代の国王を許せないのだろう。
「父上たちが雇った者たちの残党を捕まえて尋問した。ほとんどが依頼を終えた後に父上たちに消されていたから、捕まえるのに苦労した」
証人を探す為、ジュリアンは没落した家門が所有していた領地を訪れては、微弱に残っている彼らの魔力を辿っていたらしい。
「う、嘘だ! 私は何もしていない! 盗賊なんて雇っていない!」
「『直接手を下していない』の間違いだろう? マルロー公爵家の帳簿を辿ればわかるはずだ。誰に渡した金が最終的にどこに流れているのかを。相手の帳簿と照らし合わせて、とことん調べれば真相が判明するだろう」
「うっ――!」
マルロー公は思わずといった調子で息を呑んだ。まさか、他家の帳簿まで調べられるとは思ってもみなかったのだろう。
人を使って盗賊たちに報酬を支払っているのであれば、その渡した人物にマルロー公爵家から報酬が支払われている。
たとえ間にどれだけ人を挟んでいようと、最終的にはマルロー公爵家に辿り着くはずだ。
「すぐに騎士団をマルロー公爵家に派遣して帳簿を押収させる。もしも本件に関わっている証拠が出たら、マルロー公の爵位を剥奪する。もちろん、財産と領地は没収だ」
「そ、そんな……!」
マルロー公の顔から血の気が引いた。あれだけのことをしていながら、没収されないと思っていたようだ。
一つ、また一つと罪を重ねていくにつれて、自分が罪を犯しているという感覚が鈍ってしまったのかもしれない。慣れとは恐ろしいものだ。
「おやおや、それでは新しい領主を決めなければならないな」
ルスが唇で弧を描く。鼻歌でも歌い出しそうなほど楽しそうだ。
「ええ、領地を没収した暁には、新しい領主をつけます。――ブロンデル殿に再度侯爵位を授ける際に任せるつもりです」
「そんな! 没落した家門に爵位と領地を賜るなんて!」
マルロー公は鼻息を荒げた。
自分が蹴落とした家門に自分の領地を渡されることが、悔しくてならないとばかりに、ぎりりと歯を食いしばる。
「思い付きで言ったのではない。彼の過去の実績を見てそう決めていた。彼は先代の王たちの陰謀に巻き込まれただけで、領地運営の腕は悪くないからな」
それに、とアロイスは言葉を続ける。
「貴殿と違い、彼は領民たちに誠実で善き領主だ」




