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12.かけがえのない人

 マルロー公は夕方になるまで待っていても目を覚まさなかったから、彼の取り調べは後日になった。


 ということで、私は背中にべったりとくっついている夫を連れたままファビウス邸に帰る。


 事前にノエルがミカに言いつけて知らせていたのか、夕食は私室に運ぶよう手配されていて、私はノエルと二人きりでとることになった。


 そうしてようやくノエルが背中から離れたのだけど、今度は彼の膝の上に乗せられる。

 この体勢だと食べにくいだろうから別々で座ろうと提案したけれど、「一日以上も離れていて気が狂いそうだったから今は少しも離れたくない」と切実な目で言われると、もう何も言えなかった。


 気恥ずかしい体勢での食事が終わると、食後の紅茶が運ばれてくる。


 紅茶を飲んでホッと一息つく私を、ノエルがまた後ろから抱きしめて頭をぐりぐりと擦り寄せて甘えてくる。


「猫みたい」

「猫になったら甘やかせてくれる?」

「魅力的な提案だけど、人間のノエルだって甘えていいのよ?」


 私は体を捻り、ノエルと向き合う。ノエルの首に腕を回して抱きつくと、ノエルが息を呑む気配がした。


 ややあって、腰にノエルの腕が回される。


「レティから抱きしめてくれるのが嬉し過ぎて……言葉が出てこない」

「なによ、それ」


 質問の答えの代わりに唇が触れ合う。


 一度ではなく、何度も重なっては離れ、また重なった。

 私からもキスをすると、ノエルがちゅっと音を立てて返してくれる。


 ノエルの手が私の頭に触れ、結わえていた髪を解いてしまう。

 肩にかかる髪を、ノエルは片手で撫でるように梳き流した。


 こうしてノエルの温かさに触れると安心する。


「ノエルが隣にいないと寂しかったわ」

「――っ! も、もう一度言ってくれるかい?」


 紫水晶のような瞳が切なそうに潤み、私を見つめる。

 その眼差しに胸が甘く締めつけられた。


「ノエルが隣にいないと寂しかったわ」

「……私も、レティといられなくて寂しかったよ」


 ぎゅっと抱きしめられる。耳元にノエルの吐息がかかるものだからドキドキと心臓が忙しなく脈を打つ。


(ノエルに伝わっていそう……)


 なんせぴったりとくっついているのだ。

 その証拠にノエルの鼓動も伝わってくる。


 それが気恥ずかしくて体を少しずらそうとしたものの、ノエルに拘束されていて全く動けない。

 私が苦しくないように加減してくれているけれど、それでも身動きが取れない絶妙な強さだ。


「レティが足りない」


 耳元で囁かれる声は微かに掠れている。

 振り向くと紫水晶の瞳には焦げつきそうなほど熱がこめられていて、思わず唾を飲みこんだ。


「レティ、明日の朝まで――いや、これからも放さない」

「さすがに仕事がある日は放してもらえないと困るわ」

「それなら今からたくさん補充させて?」


 ノエルは美しく微笑んだ。

 まるで魅了した人を取り込んでしまう魔性の生き物が浮かべるそれだ。


 甘美さの中に潜む獰猛な気配に、思わず尻込みしてしまう。


「お、お手柔らかに……」

「自信がないな……」

「自信がない……とは?」

「ずっとレティが足りなくて死にそうだった、加減ができないかもね?」

「ひえっ」


 ふわりと体を持ち上げられ、ベッドまで運ばれる。

 ゆっくりと慎重に私を下ろすと、そのままノエルもベッドに上がった。


 横たえられた私の隣に寝転ぶと、抱き寄せて肩口に顔を埋める。

 またもや猫が甘えるように擦り寄った。


「レティの匂い……落ち着く……」

「私の匂いって、何なの?」

「薬草やおひさまの匂いに……石鹸……かな?」

「そうなのね。自分ではわからないわ」

「私以外誰も知らなくていいよ」


 ノエルは私の肩口から顔を離すと、額同士をこつりと合わせる。

 

「レティがほしい」

「……ど、どうぞ?」


 照れくさく思いながらも答えると、ノエルはいっそう幸せそうに微笑んだ。


「ありがとう」


 まるで祝福を授けるかのように恭しく私の唇にキスすると、それを合図にノエルによる私の補充が始まった。


 ノエルは愛の言葉を何度も囁きながら、たっぷりと時間をかけて私にキスをした。


 私を見つめる眼差しも私の名前を呼ぶ声も全て、砂糖を煮詰めたような甘さですっかりと中てられてしまい、眩暈を感じてクラクラした。

 

 そうして空白を埋めるほどの愛情を受けた私は、夜が明ける頃には全く動けなくなってしまう。


 翌朝、部屋から出られないほどへとへとの私を、ノエルが甲斐甲斐しく世話をしてくれるのだった。

翌朝、全てを察した使用人たちから温かな眼差しを向けられたレティは顔を真っ赤にして震えるのでした。

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