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11.おかえり、黒幕さん

「私の妻をどうするおつもりなのか、聞かせてもらいましょうか?」


 ノエルは地を這うような低い声でマルロー公に問いかけた。

 ゆったりとした足取りでマルロー公に歩み寄るその足元に氷の結晶ができているる。


(ノノノ……ノエルが怒っているわ!)


 恐らくノエルの感情が月の力に作用しているのだろう。

 ノエルを中心に冷気が漂っており、室内の気温がグッと下がったのだから。


 そんな極寒の中でも、マルロー公は額に汗をかいている。

 ノエルが一歩近づくにつれてびくりと体を震わせるが、ダルシアクさんに押さえられているからバランスを崩して顎を地面に打ちつけてしまう。

 

「ご、誤解です……私はただ、ファビウス侯爵夫人が王宮に侵入していたので、注意していただけで――」  

「注意? あれが?」


 ノエルは鼻で笑うと腕を組み、片方の手を自身の顎に添える。

 その白皙の肌に、彼が手につけている黒い革の手袋がよく映える。

 

 その様子はとても美しく――そして震え上がりそうになるほど恐ろしい。


「マルロー公爵家では、『ここを出たらお前たちを騎士団に突き出してやる』と言うのが注意ですか?」


 冷たい微笑みを浮かべてマルロー公を見下ろす姿はさながら黒幕のよう。

 ゲームの画面越しに見た黒幕ノエルを完全に再現しているものだから私まで震えてしまいそうだ。


「あなたは私の妻に対して『お前たちを監獄送りにしてやる』とも言っていましたし、挙句の果てには『お前たちはまとめて死刑にしてやる』と叫んでいましたね。……全て部屋の外から聞こえていましたよ」

 

 紫水晶のような瞳がすっと細められると、床から氷が盛り上がってマルロー公の目と鼻の先に氷の刃を突きつける。


「ひ、ひいっ!」


 マルロー公は短い悲鳴を上げると、そのまま気絶してしまった。

 広い室内に、ドスンと音を立てて倒れる。


「はははっ、気絶してしまったら尋問できないではないか」


 しんとした室内に、ルスの高笑いが響く。 

 あの俺様魔王様は高みの見物を堪能できたようで上機嫌だ。


「おい、月の。怒りで我を忘れるな」

「忘れてなどいません」

「それなら、周囲にあるこの氷の塊はなんだ? このままでは、貴殿の大切な妻がこの冷気で凍ってしまうぞ」

「……っ」


 私はそんなやわな人間ではないというのに、ノエルが動揺して瞳が揺れる。

 弾かれたように振り向いたノエルの紫水晶のような瞳と視線が交わると、室内を覆う冷気がふっと和らいだ。


「レティ……」

「え、ええと……おかえり、ノエル」

「……ただいま」

 

 ノエルが一歩踏み出すと、周囲にあった氷の塊がガラガラと音を立てて崩れる。

 

 あっという間にノエルとの間にあった距離がなくなり、気づけば彼の腕の中に閉じ込められていた。


「ただいま、レティ」


 ノエルはもう一度そう言うと、私の首元に顔を埋める。


 先ほどまでの黒幕然としたノエルはどこへ行ったのやら、今はしゅんとしおらしくなって捨てられた仔犬のように弱々しい。

 

(ノエルには聞きたいことや言いたいことが色々あるんだけど……)


 とはいえ微かに震える腕で抱きしめられると、どれ一つ言い出せなかった。


 私はノエルの背中に手を回し、そっと撫でる。


「おかえりなさい」

「……レティと離れ離れで気が狂いそうだった。レティが足りない……」


 ノエルは少しだけ体を離すと、手袋を外して私の頬に指先で触れる。


 少し冷たくなっている指が頬に触れる度にどきどきと鼓動が早くなる。


「怪我をしていなくてよかった。レティにもしものことがあったらと思うと気が気でなかったよ。やっぱり……どこにも行けないように閉じ込めておこうかな?」

「そ、それはやめて……」

「レティが厄介ごとに首を突っ込まなければそんなことしないよ。現にマルロー公を追いかけてこんなにも危ない部屋にいたんだから、ジルから聞いた時には心臓が止まりかけたよ」

「うっ……」


 言葉を詰まらせる私を、ノエルがとろりとした眼差しで見つめる。


「しばらく放さないから覚悟して?」


 そう言い、頬に触れていたノエルの指がゆっくりと下がって私の顎を掬う。

 目を閉じた顔がゆっくりと近づいたその時、コホンとやや大きめの咳払いが聞こえてきた。


 はっとして声がした方に顔を向けると、アロイスがにっこりと眩しい笑みを浮かべている。


「ファビウス侯爵、妻を大切にするのはいいが、続きは家に帰ってからにするように」


 ノエルには空気を読んでほしかったが、私も大概だと思う。

 アロイスたちがいる目の前でノエルに流されてしまったなんて……穴があったら入りたい。


「ううっ……恥ずかしい……消えたい……」

「大丈夫、レティの顔は誰にも見えないようにしていたから」

「あ、ありがとう――って、問題はそこじゃないわ!」


 ぎろりと睨んでもノエルはにこにことして嬉しそうだ。

 私が睨んだところでノエルはちっとも怖くないだろうけど、こんなにも喜ばれると呆れてしまう。


「騎士たちはマルロー公を連行して牢に入れろ。目覚めたら取り調べを始める」


 アロイスの命令に応じて、待機していた騎士たちがダルシアクさんに代わってマルロー公を運ぶ。


「メルヴェイユ王、ヤニーナ・ドーファンも牢に入れさせてもらいますからね?」

「ああ、逃げ出さないように俺の使い魔を見張りに置いておこう」

「協力に感謝します。この後、今回の件について話し合いを――」


 アロイスがテキパキと指示を出して混乱を収めていく。


(推しの働く姿が尊い……)


 急な事態だったのにもかかわらず冷静に対応する姿が素敵で目が釘付けだ。


 すると、いきなりミラが肘で突いてきた。


「ちょっと、レティシア! 月のが拗ねているわよ」

「えっ?!」


 まさかと思って首を動かすと、ノエルがにっこりと不穏な笑みを浮かべている。


「……やっぱり、一生閉じ込めておこうかな?」

「ひえっ」


 その後、ノエルは宣言通り全く離れてくれなかった。


 歩きにくいから腕を引きはがそうとすると、またもや捨てられた仔犬のような表情を浮かべてしおらしくなるのだ。そんな顔をされると良心が痛む。


 結局私は王城の中でも、べったりとくっついてくるノエルをそのままにコアラのお母さんのような状態で歩くしかなかった。


 その様子が社交界で噂になったのは、言うまでもない。

妻不足のファビウス侯爵は使いものにならないので、そのままお屋敷に帰されました。

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