09.予想はしていた(※ノエル視点)
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ノックス王国へ戻ろうとしている時、ジルから緊急事態の一報が入った。
レティがマルロー公を追っているらしい。
(やはりレティが行動を起こしてしまったか……)
こうなった時のことを考えてローランとミラを呼び寄せておいてよかった。
とはいえ、レティたちの近くに例の黒い影もいるらしい。
マルロー公だけならまだしも、黒い影の存在はローランたちの手に余るだろう。
(今すぐにでもレティのもとに行きたいが……どうすればいい?)
問題は他にもある。
レティたちがいる場所は王宮の地下だ。
メルヴェイユ王国からそこまで駆けつけるには時間が足りない。
「月の、浮かない顔をしているぞ。どうかしたのか?」
「使い魔から連絡があったのですが……レティがマルロー公を追って王宮の地下にある例の部屋に入ったようです」
「なんだ、もう部屋に行ってしまったのか。自ら犯行場所へ行くとは迂闊なものだな」
恐らくは証拠の隠蔽を図ろうとしているのだろうが、その行動が裏目に出るとは思いもしなかったのだろう。
(今までならエルヴェシウス伯爵やマルロー公の家臣たちが取り繕っていたから、こんなにも隙だらけなのに上手くやっていけたのだろうな)
その仲間はもういない。
たとえマルロー公が選択肢を間違えても庇ってくれる者はもう残っていないのだ。
自分が今までどれだけ周囲に助けられていたのかも知らずに、このまま破滅へと向かうだろう。
「当初の計画とは違うがちょうどいい。すぐにノックスの王城へ行こう」
「すぐに行くというのは……まさか……!」
「俺が転移魔術を使えば早くレティのもとに行けるだろう?」
不敵に微笑むメルヴェイユ国王を見て思い出す。
この人が不法入国の常習犯だということを。
国境にかけられている結界を超えて入国することも、王宮にかけられている結界を超えることもさして難しくないのだろう。
「それはそうですが……メルヴェイユ国王陛下が急にノックスを訪ねると外交上の問題が――」
「レティに何かあってもいいのか?」
「……緊急事態なので、理由を話せばノックス国王も許してくださるでしょう」
「許すも何も、まずノックス国王に挨拶したら問題ないだろう?」
メルヴェイユ国王はいとも簡単に言うが、実際はそうではない。
国王が他国を訪ねるのであればまず使いに便りを持たせ、相手から返事を受け取ってから行くべきだ。
しかしメルヴェイユ国王はその通例を完全に無視している。
(この国王に通例という概念はないのだったな……)
神出鬼没で己の赴くままに行動している、掴みどころのない国王。
真面目な性格で先代の国王の尻拭いに追われているアロイスとは正反対だ。
「全く問題がないわけではないのですが、この際しかたがありませんね」
「そうと決まれば急ぐぞ。せっかくだからヤニーナ・ドーファンも連れて行こう。一気に片をつけてやろうではないか」
メルヴェイユ国王の言葉に、先ほどまで息を殺して存在を消すのに努めていたヤニーナ・ドーファンが声にならない悲鳴を上げる。
このままノックスに連れて行かれると間違いなく余罪を問われる。
己の好奇心を満たす為に非道な手段で実験を行ってきた魔術師でさえ、追加で罰が下されるのは恐ろしいようだ。
「さあ、行くぞ」
メルヴェイユ国王が自身につけている指輪に触れると、彼の足元に魔法印が浮かぶ。
その魔法印から人間の手の形をした赤い光が幾多も現れ、ヤニーナ・ドーファンを捕縛した。
次いで牢屋の扉が開き、ヤニーナ・ドーファンは見えない何かに引きずられるようにして外に出された。
「このままノックス国王の執務室へ行く」
「かしこまりました。着いたらすぐに陛下に事情を説明します」
「そうしてくれ。月のが説明した方が話が早いだろう」
メルヴェイユ国王は赤い瞳を楽し気に細めた。
「月のはレティが絡むと少々無謀になるな。以前はそうではなかったのに」
「……愛する人が現れると、そうなるのです」
かつての私も自分がこうなることなんて想像すらしたことがなかった。
たった一人の誰かのためならどんな危険も厭わないと思うようになるなんて。
「その理屈を理解してみたいものだ」
ともすれば聞き逃してしまうほどの小さな声で、メルヴェイユ国王が呟いた。
返事を求めるわけでもなく、ただ自分自身に言っているようだった。
彼の顔を見た時、彼はすでに指輪に触れており、私たちの周りの景色が変化した。
「さあ、月の。後は頼んだぞ」
数度の瞬きの後、私たちはアロイスの執務室にいた。
すぐに護衛騎士たちに取り囲まれている状態で。
護衛騎士たちの向こう側にいるアロイスはいつも通りの表情だ。
少しも驚いている様子はない。
私は彼に礼をとった。
「国王陛下、正式な手配を踏まず急に訪ねて申し訳ございません。緊急を要したため、メルヴェイユ国王の助けを借りて参上した次第です」
アロイスは一瞬だけ瞠目したものの、すぐに表情を取り繕った。
「理由を聞かせてもらおうか?」
「マルロー公が城内に侵入しています。妻がそれを追っていると使い魔から聞いたため、メルヴェイユ国王の力を借りて急遽帰国しました」
「……詳しい話は後で聞こう。まずは侵入者を捕らえるのが先だ」
マルロー公のことはアロイスも警戒している。
第一王子の母方の家系であり、先代の王のお気に入りだったから目をつけているのだ。
「場所はわかるのか?」
「ええ、妻につけている使い魔の魔力を辿ればわかります」
「それでは案内しなさい。私も行こう」
アロイスは立ち上がると、護衛騎士たちに指示を出す。
幾重にも取り囲んでいた人の波が解かれ、解放される。
「仰せのままに」
――早くレティのもとへ行きたい。
逸る気持ちを押さえて執務室の扉を開けた。
ちょっと落ち着いたのでこれからは週1で更新していけるかと思います!…