07.湖を発つ日(※ウンディーネ視点)
更新お待たせしました。
仕事が繁忙期でして、更新が不安定となり申し訳ございません……。
「ウンディーネ、いる?」
湖の底にレティシアの声が届いてきた。何度も私を呼んでくれている。
気持ちも体も重いけれど、レティシアに会いたい気持ちが勝って立ち上がった。
のろのろと体を動かして湖から顔を出すと、岸にはレティシアとジルだけが居る。
ノエルの姿は見当たらない。いつもならレティシアにひっついているのに、居ないなんて珍しい。
「レティシア、どうしたの?」
「今からダルシアクさんを見送りに行くから、ウンディーネを連れにきたのよ!」
レティシアは私の手を掴むと、ぐいぐいと引いて歩き始める。
「今はノエルが引き止めてくれているの。だからまだ間に合うわ」
「見送りに……悪いけど、行けそうにないわ。ローランへの気持ちを整理できていないのに、さよならなんて言えないもの」
身勝手だと思う。
我儘だと思う。
けれど、どう言われようと今の私はローランに別れの言葉なんてかけられない。
別れの言葉を言えば、自分でローランとの繋がりを切ってしまうようで怖いのだ。
「じゃあ、お別れなんてしなかったらいいでしょう? 連れて行ってほしいと言えばいいのよ」
「連れて行ってくれるわけないでしょ?」
「まだ言われてもないのに諦めてはいけないわ。ウンディーネの本当の気持ちを伝えてみましょう?」
レティシアは私をぎゅっと抱きしめた。
背中を撫でてくれる手が優しく、そっと触れてくれる度に心にかかっていた靄のようなものが消えていくような気がした。
「あのね、何故だかわからないけれど、ローランにこの気持ちを伝えるのが怖いのよ。ローランにフラれた時の事を考えてしまうの」
「ウンディーネらしくないわね。いつもは猪突猛進で告白するのに」
「ええ、自分でもどうしてこんなに気弱なのかわからないわ。今まで好きになった人に告白する時とは全く違うから、どうしたらいいのかわからないの」
何故、こんなにも不安になるのだろう?
改めて言葉にすると惨めで、だけどレティシアが聞いてくれていると、段々と気持ちが落ち着いてくる。
声が震えて言葉が喉に詰まっても、レティシアはずっと聞いてくれているから。
そのおかげで、不安な気持ちを全て吐き出すことができた。
「不安になってしまう程、ダルシアクさんの事が好きなのね」
「……悔しいけど、そのようね。あんな奴、全然好みじゃないのに、どうしてこんなにも好きになってしまったのかしら?」
じわりと涙が出てくると、目の前の景色がぼやけてしまう。
「ねぇ、レティシア。大丈夫って言って。私を勇気づけてほしいの」
「言われなくてもそのつもりだったわ。きっとウンディーネの気持ちはダルシアクさんに届くはずよ。不安なんて無視したらいいの」
優しい言葉と背を撫でてくれる手の温かさに励まされて、私は一歩を踏み出す。
「レティシア、ごめん。先にローランのところに行くね」
「ええ、しっかり自分の気持ちを伝えてくるといいわ」
一歩、また一歩と、湖から離れていく。
私が生まれた場所で、私が守るべき場所でもあった。
先代のウンディーネたちの話を聞く度に私を縛り付ける場所のようにも思えた、愛おしくも憎くもある湖。
今日、改めて私は、この場所を去ろうと心に決めた。
たとえ精霊の力を失っても、帰る場所がなくなっても、寿命に縛られてしまうか弱い存在になろうが構わない。
自分の運命を変えてでも一緒に居たい人を見つけたから。
◇
妖精たちの通り道を使って王都に出て、レティシアに教えてもらった場所に向かった。
そこは王都の外れにある停留所のような場所で、ローランとノエルが馬車の前で話をしている。
「ローラン! 待って!」
「ウンディーネ?!」
絶対に逃すまいと、ローランに飛びついた。
しっかりと受け止めてくれたローランだけど、ぎこちない所作で体を離されてしまう。
「見送りに来てくれたのですか?」
「違うわ」
「それではまた、失恋して愚痴を言いにきたのですか?」
「まだ失恋してないわよ。今から告白するもの」
ローランの目を見るとやっぱり緊張してしまう。
今まで告白に緊張したことはなかったのに。
普段は軽口を叩き合ってきたローランだからこそ、改めて向き合うと緊張してしまうのかもしれない。
「私を、人間にしなさいよ」
「……へ?」
「人間にして、色んな国に連れて行きなさい。精霊の力が使えなくなってもきっと、働き口を見つけられるくらいの魔力は残っていると思うわ」
ローランは目をぱちくりとさせている。
唇がわずかに開いており、締まりのない顔になっているのが彼らしくない。
「ウンディーネ、あなたを人間にするというのがどのような事なのか、理解して言っていますか?」
「そうよ。私、精霊じゃなくなったら加護を与えられないんだけど、それでもいいかしら?」
「あなたが精霊の力を失うということはつまり、あなたと私の関係性がより近くなるということですよ? それは契約とは異なるものです。精霊のあなたなら知って――」
私の告白をどう解釈したのかはわからないけれど、告白だと思ってくれていないのは確かだ。
その為か、精霊と人との関係について説明し始めた。
決死の告白がちっとも伝わっていないとなると、さすがに腹が立つ。
「ああ、もう! まどろっこしいわね! ローランの事が好きなの! 離れ離れになるのなんて嫌だから、恋人を飛ばして妻にしなさいって言っているのよ!」
ひと思いに言ってやると、ローランは黙ってしまった。
ピクリとも動かず、ただじっと私を見ている。
きっと、断られるのだろう。
そう覚悟して唇を噛み締めていると、目の前に居るローランの姿がふっと消えた。次いで、バタンと大きな音がする。
何が起こったのか、理解するのに時間がかかった。
視線を下に落とすと、ローランが地面に倒れてしりもちをついているのだ。
「ローラン?!」
今度は私が目を瞬かせる番だ。
膝を突いて助け起こすと、ローランに視線を逸らされてしまう。
「あなたが言っているのは、つまり……私を……」
「そうよ。愛していると言ったの」
「――っ」
ローランの頬が瞬く間に赤くなる。
そんな反応をされると、少し期待してしまう。
絶対に放してやらない、と思いを込めて、ローランを抱きしめた。
「精霊じゃなくなってもローランの力になるように頑張るから、置いて行かないで」
期待と不安が忙しなく顔を覗かせる。
ローランの返事を聞きたいと思う一方で、聞きたくないとも思ってしまう。
ぎゅっと目を閉じて待っていると、ローランの手が頬に触れた。
「あなたの加護が必要な程やわな人間ではありません。私が星の力を持っていることくらいわかっているくせに」
「それでも……私、加護以外で取り柄がないのよ」
「そのような事はありません」
ローランの指先が涙を掬ってくれる。
優しく触れる感触に、胸がくすぐったくなる。
「あなたがあなたのままで隣にいてくれたら、それでいいんです」
「ローラン……好き……!」
勢いよく抱きつくと、ローランは後ろ向きに倒れてしまった。今度は頭を打ったようで、小さく呻いている。
それでも、目が合えば柔らかく微笑んでくれた。
「やっぱり、騎士に比べるとひょろっちくて頼りないわね」
「いいえ、脳筋にはない強さがあるんです」
「ふふ、そうね」
ローランの首に腕を回してがっちりと捕まえる。
すると、ローランの体がぴくりと動いた。
喜んでいるような、
緊張しているような、
戸惑っているような、
そんな複雑な表情で見つめられる。
「ウンディーネ、あ、あの?」
「口付けて、ローラン」
「いっ、今は人が多いですし、闇の王の目の前でそのような事をするわけには……!」
「つべこべとうるさいわよ! それなら、ノエルに後ろを向いてもらったらいいでしょう?!」
何を言っても頑固なローランは首を縦に振ってくれない。それどころか、くどくどと説教をし始める。
埒があきそうにないから、話し終えるのを待たずに口付けた。
遠くでノエルが、「やれやれ、尻に敷かれている未来が見えたな」と零しているのが聞こえてきた。
次話、再びノエル視点です。




