07.さあ、尾行開始だ
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「さっそく尾行を開始しましょう。今のマルロー公はとても焦っているから、もしかすると証拠を隠している場所へ行くかもしれないわ」
先ほど本人の口から「今すぐにでもあの部屋へ行って、証拠を全て焼き払ってやりたい」と言っていたくらいだから、本当に行きそうな気がする。
「それにしても、今すぐに王宮にある部屋を見つけ出したいというのに、どうしてわざわざ学園に来たのでしょうか?」
ダルシアクさんはそう言うと、顎に手を添えて考え込む。
確かに、焦っている割には王城にすぐに向かわず学園に来た理由が気になる。
(まさか、学園の中に王宮に繋がる秘密の抜け道があるとか……?)
ここは歴代の王族たちが通っている魔法学園だから、そのような道の一つや二つあってもおかしくない。
「マルロー公の後をつければわかると思うわ。さっそく尾行を始めるわよ!」
ミラの掛け声に促されて、私たちは尾行を始めた。
大股でずんずんと移動するマルロー公の後をつけていくと、馬車の停留所が見えてきた。
「ど、どうしよう……馬車で後を追うのは大変だわ」
停留所にはファビウス家の馬車が到着しているだろう。
しかしその馬車を使うと尾行に気づかれてしまうに違いない。
馬車の車体にファビウス家の家紋が描かれているから、どうしても目立ってしまうのだ。
「別の手段を考えないといけないわね……」
学園にいるグリフォンを拝借しても目立ってしまうから、箒に乗っていくしかないのかもしれない。
(ううっ……、箒でスピードを出して飛べたらいいんだけど……私には無理ね)
どうも箒の操縦には運動神経が影響するようで、私は箒で速く飛ぶことができないのよね。
そんな私が箒に乗って走る馬車を追いかけるのは、元の世界で自転車に乗って車を追いかけるのと同じくらい無謀なことだ。
「どうしよう、このままでは追いつけないわ」
せっかくマルロー公の悪事を暴くことができるかもしれないのに運動音痴のせいで逃してしまうのは悔しい。
頭を抱えていると、ミラが私の肩をポンと叩いた。
「よく見て。どうやら、馬車には乗らないみたいよ」
「えっ?!」
ミラが指差す先を見ると、マルロー公は自分の家の馬車から離れ、校舎がある方向へと戻っていく。
(どうして引き返すのかしら?)
まさか、忘れ物でもあるのだろうか。
不思議に思いつつ後をつけていると、音楽堂に辿り着いた。
物陰に隠れてひっそりと見守っていると、マルロー公はきょろきょろと周囲を見回し、警戒している。
「何か探しているわね」
「そうですね。もう少し近づいてみましょう」
私たちはマルロー公が後ろを向いている隙に移動し、彼に近づく。
音楽堂の周辺に怪しげなものは全く見当たらないけど、マルロー公がそこから離れないということは、何か隠しているのだろう。
「……ふぅ。誰も見ていないな?」
いいえ、バッチリと見ていますとも。そう言ってやりたいところだけど、黙って見守る。
マルロー公は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、懐からナイフを取り出して指先を切った。そして指先を音楽堂の壁に押し当てた。
彼の様子を一緒に見ていたダルシアクさんが、「なるほど」と小さく呟く。
「あの壁に魔術を施しているようですね。限られた者にしか反応しないよう、血を媒介にしているのでしょう。王宮は対魔用魔術が施されているはずですから、それにも対応できる魔術を編み出してあの壁にかけたのは、おそらくヤニーナ・ドーファンです」
「ということは、あの壁と王宮にある証拠の部屋が繋がっているんですね?」
「その可能性が高いです。マルロー公の秘密を暴くためにも、あの中に入っていくしかありませんね」
秘密の抜け道があるのかもしれないとは思っていたけれど、本当にあるようだ。
「ここから先は隠れる場所がないのかもしれませんね。魔術具を使いましょう」
ダルシアクさんは魔法を使い、どこからともなく外套を三枚取り出した。
どの外套もくすんだ茶色の生地でできており、簡素な造りで装飾はない。
「もしもの時のために用意していた姿消し魔術を付与した外套です。これを羽織れば一定時間は姿を消せるでしょう。対人用魔法や魔術をかいくぐることはできませんので注意が必要ですが」
「やるじゃない、ローラン! 準備がいいわね!」
「そ、備えあれば憂いなしですから」
ミラが嬉しそうにダルシアクさんに抱きつくと、彼はほんのりと頬を赤くする。
大抵の人には不愛想な顔をするダルシアクさんだけど、ミラにはそのような表情を見せるなんて、よほど惚れているようだ。
「……コホン。今は尾行に集中しましょう。マルロー公を逃してしまうと証拠を手に入れられませんから」
ダルシアクさんから外套を受け取った私は、それを羽織って再びマルロー公の様子を探る。
「いててて、どうして私が自分の血を流さねばならんのだ」
マルロー公は不満を零しながらハンカチで指を覆うと、壁に向かって呪文を唱えた。
一見すると何の変化も見られないけれど、マルロー公は壁に向かって歩みを進める。
そうして彼の体が壁に当てられると、するりと壁の内側へ消えていった。
「さあ、追いかけますよ」
私たちは走って壁に近づき、ダルシアクさんを先頭にして中に入っていく。
壁の中には薄暗い通路があった。
窓はなく、ただひたすら壁が続いている。
「くそっ。ぺルグラン公について来てもらって王宮の奥に行こうと思ったのに」
遠くから、先にこの中に入ったマルロー公の声がする。
彼が持っているであろう魔法灯の明かりが見え、私たちはそれを頼りに彼に近づく。
幸にも、ダルシアクさんが貸してくれた外套が消音の魔術も付与しているらしく、足音を消してくれた。
「息子を言い訳に断るとは思わなかったな。あの息子が来てからどうも付き合いが悪い」
あの息子とは、サミュエルさんのことだろう。
自分の思惑通りにいかなかったからサミュエルさんに八つ当たりするなんて大人げなくて呆れてしまう。
「いっそのこと、事故と見せかけてあの息子を葬り去ってやろうか」
恐ろしい呟きに、思わず息を呑んだ。
「あの息子を失ったぺルグラン公に、うちの家門から養子を贈ればいい。そうすればぺルグラン公だって私を蔑ろにはできないだろう」
つくづく自分勝手な考えに憤りを覚える。
込み上げてくる怒りを抑えても抑えきれず、ふつふつとした怒りが全身を巡った。
(言ってもいい事と悪い事があるわ。どうしてあんな人の為にサミュエルさんが犠牲にならないといけないのよ!)
私は外套の裾をぎゅっと握りしめて、マルロー公の背中を睨みつける。
――その時、マルロー公の足元に、不自然な影が落ちていることに気づいた。
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