05.メルヴェイユの地獄(※ノエル視点)
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レティとローランたちが無事に合流できたようだ。
ジルから連絡を受けて安堵したのも束の間、彼らがマルロー公の様子を窺っていると聞いて、不安が押し寄せる。
「月の、顔色が悪いぞ。何かあったのか?」
前を歩いていていたメルヴェイユ国王が、振り返って声をかけてきた。
――ここはメルベイユの王城。
メルヴェイユ国王が用意してくれた転移魔術のおかげで、予定よりも早く到着した。
今は彼の案内で、王城の地下にある監獄へと向かっている。
そこにいるのは大罪を犯した囚人のみ。
私たちは今から、収監されているヤニーナ・ドーファンに会いに行く。
そうして彼女に自白させ、マルロー公を追放する決定的な証拠を手に入れる算段だ。
「ノックスに残してきた妻の事を考えていました。彼女に何かあったらと思うと不安でならないのです」
「ははは、月のは相変わらず愛が重いな」
誰の仕業でこうなっていると思っているのかわかっているくせに、とぼけた事を言う。
メルヴェイユから使者を送ればいいものを、わざわざ名指しで私を呼び寄せたのには、裏があるに違いない。
用心した私は、一番信頼できるローランを呼び寄せて、レティを護衛してもらった。
ユーゴにも頼みたいところだったが、彼には既に調査を頼んでいる。
そのどちらもを一手に担うのは難しいだろうと判断して、応援を呼んだ。
「妻の心配よりも己の心配をしたらどうだ? 今から入る場所は、メルヴェイユの中でも指折りの魔術師どもに作らせた迷宮監獄だ。うっかり俺から離れて迷子になるんじゃないぞ?」
「妻から離れた場所で死ぬつもりはありませんのでご心配なく。『メルヴェイユの地獄』に足を踏み入れると聞いて、私なりに対策をしてきましたから」
メルヴェイユには、王城の地下に迷宮が広がっている。
その迷宮の中に牢屋が並んでおり、そこに収監されると、一生出られないらしい。
伝え聞いた話では、この世に存在する地獄のような場所だと言われているそうだ。
その迷宮を管理するのは、国王と契約を結んでいる魔獣たち。
ケルベロスや黒妖犬が闊歩し、脱獄しようとする者を見つけると、追いかけて捕獲するそうだ。
「俺の飼い犬たちがじゃれついてくるかもしれないが、その時は全力で相手してやれ。あいつらは加減ができないから、稀に脱獄しようとした罪人を、うっかり本物の地獄に送ってしまうんだ」
「……かしこまりました。こちらも全力で遊んで差し上げましょう」
「その時は、俺は遠くから月のたちの微笑ましい交流を眺めていてやろう」
本当なら今すぐにでもレティのもとに帰りたいのに、魔獣たちの相手をしている暇はない。
もしも魔獣たちと鉢合わせた時は、先手を打って退散してもらうつもりだ。
「さあ、着いたぞ」
王城の端に辿り着くと、黒い鉄の扉が目の前に聳えたつ。
見上げるほど大きなそれには、羽ばたくアーテルドラゴンが彫られている。
その目には、紫色の石が嵌めこまれている。
恐らく、扉に施している魔術を発動させるための魔鉱石だろう。
「今からは絶対に俺から離れるなよ?」
そう言い、メルヴェイユ国王が呪文を唱えると、紫色の魔鉱石が輝く。
扉はすぐに反応し、轟音を立てながらゆっくりと開いた。
開かれた扉の向こう側は石造りの壁が続いており、ずっと先まで続いていて、終わりが見えない。
(空間操作魔術を応用して、無限に広がる迷路を作ったのか)
壁の先は見えず、この迷宮に果てがないように思える。
「臆したか?」
「いいえ、メルヴェイユの魔術師たちが作った傑作に感激していました」
「感激するのはのはまだ早いぞ。ついて来い」
国王陛下は魔法で魔法灯を出すと、それを持って扉の中に足を踏み入れる。
私もそれに続いた。
「ヤニーナ・ドーファンのもとへ案内しろ」
メルヴェイユ国王がそう呟くと、まるで彼の言葉に応えるように、大きな地響きが鳴った。
微かな振動を足元に感じ取る。
「まさか、この迷宮を動かしているのですか?」
「ああ、そうだとも。この迷宮は持ち主――俺の命令に従って道を動かしてくれる。壁も道も、動いて、俺たちを目的地まで導いてくれるのさ。まどろっこしい遠回りをしなくて楽だろう?」
「……ええ、そうですね」
つまりは、私は今、メルヴェイユ国王の手中にいるということだ。
彼が望むと、この迷宮はすぐにでも私を閉じ込めるだろう。
「警戒するな。月のはその魔力があるから、この迷宮なんてその気になればすぐに破壊できるだろう。なんなら、試してみるか?」
「結構です。早くあの罪人に会って用事を済ませましょう」
「つれないな。……まあ、本当に破壊されると厄介な罪人たちが逃げ出すから、実演させるつもりはないから安心しろ」
そう言い、メルヴェイユ国王はゆるりと笑った。
企み事を隠しているような笑顔に、警戒心が尚更募る。
地下迷宮を歩き進めると、石造りの壁が途絶え、洞窟のような場所へと足を踏み入れる。
岩を穿つように鉄格子が取り付けられており、それが牢だとわかった。
近づいてみるが、牢の中は暗くてよく見えない。
「ここがヤニーナ・ドーファンを収容している牢だ。暗闇を調節するから待っていろ」
メルヴェイユ国王が指先を振ると、魔法灯が明かりを増して、暗い牢を照らした。
牢の中が明るくなり、一人の老婆の姿が見えるようになった。
(あの老婆がヤニーナ・ドーファンなのか?)
記憶していた姿からまるっきり変わっていていた。
かなりやつれているのだ。
罪人に与えている服装なのか、灰色の簡素な服を着ていて。
背中は丸まっており、以前見た時よりも背が低くなっているような気がした。
「久しぶりだな、ヤニーナ・ドーファン。地獄の居心地はどうだ?」
「ひ、ひいっ!」
国王陛下の呼びかけに、老婆――ヤニーナ・ドーファンは震えてその場に蹲るのだった。