01.夫が落ち込んでいます
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学園祭が終わり、期末試験の時期になった。
生徒たちは試験に向けて、あたふたと試験対策をしている。
教師にとっても忙しい時期で、試験問題の作成に連日頭を悩ませている。
放課後の魔法薬学準備室で試験問題や参考書と睨めっこしていると、ノエルが迎えに来てくれた。
「ノエル、お疲れ様。迎えに来てくれてありがとう――あら?」
何かあったのだろうか、ノエルの様子がいつもと違うことに気づく。
今のノエルは頑張って「穏やかな笑み」を作って、私を見つめているのよね。
毎日一緒にいると、ノエルが無理に「いつもの表情」を浮かべていると気づけるようになった。
ノエルは決まって、強い不安を抱えている時ほど平静を装うとしてしまう。
幼い頃からそうして危機を乗り越えてきたから身に染み付いてしまったのかもしれない。
そんなノエルを見るたびに胸がツキンと痛くなる。
「ノエル、浮かない顔をしているわ。仕事で何かあったの?」
「……大きな問題が起こってね。正直に言うと、かなり参っている」
「魔術省絡みなら言えないことかもしれないけれど、機密事項以外のことなら私で良かったら聞くわよ」
「今ここでは話せないけど……馬車の中で聞いてくれるかい?」
「わかったわ。すぐに支度をするわね」
「……うん。ありがとう」
力ない笑みに、元気がない声。
本人の自己申告通り、かなり参っているようで、心配だ。
(試験問題の作成期日にはまだ余裕があるから、今日はここまでにしよう)
今はノエルの不安を解消したい。
だから私は、作りかけの試験問題を明日の自分に託すことにした。
そうして支度を終えて馬車に乗り込むと、ノエルは私に甘えるように、ぎゅっと抱きついてきた。
いつもより力強く抱きしめられるものだから、少々息苦しい。
「ノエル、一体何があったの?」
「国外出張が決まったんだ。最低でも一週間は向こうで滞在することになっている」
「あら、どこの国に行くの?」
「……メルヴェイユ。向こうの国王が直々に指名してきた所為で――レティと離れ離れになってしまう」
弱り切った声で出張の話をするノエルはどことなく、出かける飼い主を見送る犬の如くしゅんとしてしおらしくて。
彼に犬の耳と尾がついているような幻覚が見えてしまった。
「メルヴェイユ国王がいきなりノエルを指名するなんて、なんだか嫌な予感がするわ」
「安心して。呼ばれた理由には察しがついているし――危険な仕事ではないから」
「本当に?」
「ああ、大丈夫。ただ現地へ行って調べ物をするくらいだから」
「そうなのね。でも、気をつけて。何があるかわからないから」
「レティも私が留守の間、気をつけて」
「こっちは大丈夫よ。まだゲームの次のイベントが始まる時期ではないから、何も起こらないわ」
「ゲームとやらだけではないよ。私の不在を狙ってレティに近づく者がいるのではないかと思うと、気が気でなくてね」
「そんな人いないわよ。ジルが守ってくれているし、お屋敷ではお義父様とお義母様とオルソンがいるから、何も怖くないわ」
「……そういうことではないんだ」
それなら何なのだと聞いてみたところで、ノエルは「レティに言い寄る者が現れるかもしれない」と、絶対にあり得ない未来を言及しては憂いている。
気休めではなく本当に、そんなことは起こらないと言っても、ノエルは納得してくれない。
「不穏分子を今のうちに排除しておこうか……」
「ノエル、黒幕寄りの考えになっているわよ。お願いだから戻って来て」
「しかし……本当に心配なんだ」
なんと大袈裟な、とは思うものの、ノエルは心の底から不安そうな表情をしているから口にはできなくて。
どうにかしてノエルを安心させられないだろうかと、頭を捻った。
(――あ、閃いたわ!)
ノエルの不安を和らげる、いい作戦を思いついた。
その名も、【楽しいイベントを用意して不安をブレイクスルー☆作戦】!
ノエルが出張から戻ってきたら、二人で出掛けよう。
どんなに苦手な仕事があっても、楽しみを用意したら乗り越えられるものよね。
「ノエル、帰国したら一緒にデートに行きましょう?」
「デート……! もちろん、行こう!」
ノエルは喜んでくれたようで、表情がパッと明るくなる。
その様子は、大好きな散歩に行く前の犬に似ていて、思わず笑ってしまった。
「ふふ。一緒に王立美術館へ行きましょ」
「王立美術館に? いいけど、見たい作品があるのかい?」
「ええ! アロイスの即位を記念して制作していた肖像画が完成したそうなの! ぜひ一緒に見に行きましょう!」
「……もしかして、それはデートと言うより――」
「そうね。どちらかと言うと、推し活ね。私たち、同担なのに最近はちっとも一緒に推し活ができていなかったから、ちょうどいいわ! 楽しみ!」
「……」
「ノエル、どうしたの?」
先ほどまでは紫水晶のような瞳を輝かせていたノエルが、今はなぜか遠い目をしてしまった。
「いつになったら、同担から卒業できるのだろうか……」
おまけに小さな声で何やらぶつぶつと呟いては、そっと溜息をつくのだった。
「とりあえず、まずは出張まで補充させて。レティと離れるなんて苦痛でならないから」
「補充とは?」
「仕事の時間以外はレティから離れないよ。覚悟してね?」
「ひえっ?!」
その宣言通り、ノエルは仕事中以外どこに行くのにも私にピッタリで。
お屋敷の中を移動するときは常にお姫様抱っこをされるものだから、使用人たちからの生温かい視線が辛かった。
お義父様とお義母様とオルソンに至ってはもはや慣れているのか突っ込みもなくて。
それはそれでまた、恥ずかしくてしかたがなかったのだった。
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