閑話:懲りない人(※ノエル視点)
アロイスを見送ってから、レティは生徒たちのもとへ行く。
これから始める演劇お疲れ様パーティーの準備をする為だ。
当然の事ながら、部外者の私はパーティーに出席しない。
だからパーティーが終わるまでは、レティとは別行動だ。
「ノエル、パーティーが終わるまで待たせてしまう事になってごめんね」
レティはその事を申し訳なく想ってくれているようで、会場まで送っている間、眉尻を下げて申し訳なさそうにしている。
その気遣いが嬉しくて、自然と頬が緩む。
「気にしないで。久しぶりにゆっくり学園祭を見て回るから」
「ありがとう。それじゃあ、二時間後に魔法薬学準備室で会いましょう」
「ああ、楽しんできてね」
――パーティーが終わるまでには、厄介な客人の対応を終わらせよう。
パーティー会場である教室に辿り着き、中に入っていくレティを見届けた後、私は踵を返して、来た道を戻る。
そうして医務室へと向かい、扉を叩くとすぐにレイナルドが飛び出てきた。
「主っ! ずっとお待ちしておりました!」
「ああ……ありがとう」
「どうぞ中に入ってください! 主をもてなすためにささやかですが茶を用意しております!」
「……ありがとう」
スパイの雇い主であるメルヴェイユ国王が近くにいるとしても、レイナルドの私に対する忠誠は揺るがないらしい。
喜色を滲ませたレイナルドに案内され、医務室の奥にある小部屋の中に入ると、そこには小さな木製の椅子に腰を下ろして大人しく本を読んでいるメルヴェイユ国王がいた。
(はぁ……。不法侵入を繰り返さないでくれと言ったのに……)
懲りない不法侵入者の顔を見た途端、疲労がどっと押し寄せてくる。
メルヴェイユ国王の気配に気づいたのは、レティが受け持つ生徒たちの演劇を観る為に音楽堂に入った時だった。
幸にも、私たち以外の人間は彼の気配を感じていなかったようだ。
アロイスもラングラン侯爵も、全く気付いていなかったから知らせなかった。
(もしも気取られていたら、演劇どころか文化祭が中止になっていただろう)
それどころか、不法入国した彼を捕らえる為に大規模な戦闘が起きたに違いない。
アロイスもラングラン侯爵も、メルヴェイユ国王の強さが自分たちを上回ると知っているとしても、黙って見過ごすわけにはいかないのだから。
とはいえメルヴェイユ国王をそのままにしておけないと思った私は、ミカに彼を見張らせた。
「遅かったな。そろそろ退屈だから外に出ようかと思っていた」
「お待たせして申し訳ございません。陛下が本をお持ちで良かったです」
さりげなく彼の手元にある本に視線を走らせると、そこにはオリヘンにある神殿で見かけた壁画に似た挿絵が描かれている。
(土着の神話について、自分でも調べているのか)
あの黒い影を使役する為に来たのだろう。
おおよその予想はついているが、念のため話を振って腹の内を探る事にした。
「どうしてこの学園に来たのですか?」
「理由が必要か? 祭りは皆で楽しむものだろう?」
「ここの祭りは招待された者だけが来られる場所ですよ。舞踏会と同じです」
ましてや先触れもなくまた国境を越えてくるとは、相変わらず常識や礼儀が通じない人だ。
「ノックス王国と仲良くしたくてこうして来ているのだから、良いではないか」
「それならなおさら、ノックスの国王陛下に先触れを出して来てください」
「そのような事をしたら、歓迎の宴や会談を設けられて自由に動けん」
国王なのだからしかたがないだろうと言いたいところだが、言ったところで理解してくれるお方ではないから反論する事を止めた。
「ところで、この学園の理事長があの黒い影を宥めたという話をレイナルドから聞いたぞ」
「……あれは偶然かもしれません」
「さあ、どうだろう? レティも今日、レイナルドの目の前であの黒い影を宥めたそうだな。悪い夢を見ないまじないを唱えただけで大人しくなったのだとか」
どうやら私から指示をしなくても、レイナルドが逐一報告していたようだ。
今度からは指示をした事だけを報告するように釘を刺しておこう。
「まだ確証はとれていませんから、あの黒い影が現れたら試してみます」
「ああ、そうしてくれ。それに、私も協力するから安心するといい」
そう言い、不敵に笑うメルヴェイユ国王を見ると、むしろ不安になる一方だ。
「……まさか、あの黒い影を使役するまで自国に帰らないおつもりですか?」
「そうしたいところだが、さすがに大臣たちを野放しにしたま長い間城を空けるわけにはいかないな」
「それを聞いて安心しました。何度も申し上げますが、ノックスの魔術省の人間として、不法入国を繰り返すあなたの行いに目を瞑るのにも限界がありますよ」
「理由があればいいのだろう?」
「それは……そうですが。もしや、正式にノックスを表敬訪問して黒い影について調べるのですか?」
「いいや。別の方向から攻めるようと思っている」
「別の方向?」
メルヴェイユ国王の真意を探ろうと、血のように赤い瞳を見据える。
非常に機嫌が良く、そして狡猾さを隠そうともしない瞳を。
「こちらにはヤニーナ・ドーファンという手札がまだ残っている。あれは聖遺物を使った実験をしていたのだから、関係者について洗いざらい吐かせると、目の上のたん瘤である貴族たちを取り除けるのではないか?」
「……その罪人は、素直に自白するのですか?」
「そうする為に自白魔術があるではないか」
どうやらメルヴェイユ国王は、表向きはノックス王国の平和の為にヤニーナ・ドーファンが持つ情報を持ち出して厄介な貴族を掃討する手伝いをしてくれるようだ。
ヤニーナ・ドーファンと関りのある貴族の中には、己の利益のために神話の秘密を隠そうと躍起になっている者たちがいるだろう。
そのような邪魔者を排除し、土着の神話の研究を円滑に進めさせて、黒い影の情報を対価に貰う算段を立てたようだ。
「そのお話、もう少し詳しく伺っても?」
「もちろん、満足するまで聞かせてやる」
メルヴェイユ国王はふっと笑みを浮かべると、手元にある本の表紙をさらりと撫でた。
第十二章はこれにて完結です。
次章の準備をしますので、再開までお待ちいただけますと幸いです。
(ただ今連載中の『同僚のよしみで薔薇騎士様の恋人役を拝命しました~奔放な国王に振り回されている隠密バディの両片思いが実るまで~』完結後に再開予定です)
引き続き黒幕さんをよろしくお願いいたします!




