12.国王陛下の決断
映像を見終わると、アロイスから「オリア魔法学園の近況を聞かせてほしい」と言われた。
「ファビウス先生が今受け持っている生徒たちとの日常を知りたいんです。些細な事でも構いませんので、思いつく限り教えてください」
「わかりました。とても長くなりますよ?」
「ファビウス先生が話してくださるのなら、ずっと聞いてられます」
それに、とアロイスは付け加えた。
「派閥争いまみれの会議で一日を終える日もありますので、長時間のお話は慣れています」
ノエルから話を聞いたけど、アロイスは日々、自分よりもうんと年上の貴族たちと腹の探り合いをして大変らしい。
若くして国王を務める彼の、苦労が垣間見えた。
「それでは、今受け持っている生徒たちが入学してから今日までにあった事をお話しますね」
私は、エリシャやバージルたちが入学してきてからの出来事を話した。
最初はみんなお互いの様子を窺っていた事。
少しずつ蟠りをなくしていった事。
突然現れたジュリアンが、ゼスラと意気投合して友人になった事。
そして、今ではマナバイソンと呼ばれるようになった事――。
思い出は際限なく現れ、私は次から次へと話した。
まだ一年も経っていないのに、本当にたくさんの出来事があったものだとしみじみと思う。
アロイスは私が話している間ずっと、懐かしむような表情で耳を傾けてくれている。
彼は私の話を通して、自分の学生生活を思い出しているのかもしれない。
絶え間なく話していたせいで喉が渇き、私はティーカップに口をつけて芳醇な香りの紅茶を堪能した。
「ファビウス先生の新しい受け持ちの生徒たちは、種族も年齢も超えて、交流しているのですね」
「ええ、いつの間にか、そうなってくれていました」
初めはゼスラたちと他の同級生たちの間には溝があったけれど、お互いに少しずつ歩み寄って、今は手を取り合っている。
「私は、仲間の為に行動しようとしている生徒たちに諦めを説きたくありません。彼らの思いやりと、行動する勇気を踏みにじるような事ですから」
「だから私を説得するために手紙を書いてくださったのですね」
「ええ。生徒たちの願いを叶えてあげたいのです。大切な人を救いたい生徒と、そんな同級生の為に力になりたいと思っている生徒たちの願いを」
「……ファビウス先生らしい考えですね」
アロイスは呪文を唱えて羽ペンと紙を取り出すと、紙になにかを書きつけ始めた。
書き終わると、今度はどこからともなく玉璽を取り出して押す。
紙に捺印された王家の紋章が眩い光を放ち、ほどなくして消えた。
その様子をじっと見つめていた私に、アロイスは紙を差し出してくれる。
条件反射のごとく受け取って中身に目を通すと、一番上の行に許可証と書かれている。
「ずっと悩んでいました。これまでに光使いを派遣する要望を受け入れなかったノックスが、ルドライト王国に光使いを遣わせ獣人たちと手を組むと、両国は周辺国を制圧するかもしれないという噂が流れるのではないかと、慎重になっていました」
アロイスの言う通り、ノックス王国の光使いは、周辺国にとって喉から手が出るほど欲しい存在だ。
その光使いを他国に――それも、これまでは鎖国していたルドライト王国に派遣するのは、相手国の軍事力を借りる程の取引があったのではと推測される可能性がある。
ノックス王国はこれまで、光使いたちを他国への派遣した例がないから、それほど両国が特別な関係であると示す事になるのだ。
「しかし、今日ここに来て踏ん切りがつきました。ゼスラ殿下に招待された者たちががルドライト王国へ行くことを承認しましょう」
「え、ええと……承認していただけて嬉しいのですが……その理由を伺ってもいいですか?」
承認してもらえた喜びよりも、疑問を強く感じた。
アロイスに見聞きしてもらった生徒たちの親交と、他国の牽制が全く結びつかない。
「実は今日、演劇を観ている間に他国の魔術師たちが潜伏しているという報告を影から聞きました」
「せ、潜伏?!」
予想外の答えに、思わず息を呑んだ。
「学園祭は招待制なのに、どうして部外者が……」
「内通者が招待状を渡すと、部外者でも入ってこられるのでしかたがありません。生徒たちを信じるファビウス先生には言いたくない事ですが、ここにいる生徒たちが全員、善良な生徒だという確証はないのです。中には、ノックスのスパイとして紛れている者もいるでしょう」
「……」
元敵国メルヴェイユのスパイだったオルソンの前例があるから、否定できなかった。
「情けない話ですが、今のノックスは先代の国王がしてきた暴政を正していかなければならないので、周辺国に攻め入られる可能性もあります。だから私は切り札を増やしたいのです」
「それが、ルドライト王国との交流なのですね」
「ええ、ルドライト王国には治癒の対価として有事の際の軍事支援を求めます。そうした方が、エリシャ・ミュラーを利用しようとする他国の人間を牽制して――結果的に、彼女を利用しようとする人間から守れるでしょうから」
「お気遣いありがとうございます」
「打算もあっての決断ですから、お礼を言っていただくような事ではありません。それに、生徒たちの様子を見る限り完全に打ち解けているように見えましたので、彼らをただの親善交流として送り出すつもりでいます。光の力による治療は――他言無用にしますから」
アロイスは口角を緩く持ち上げ、為政者らしい泰然とした表情になる。
「表向きは、ノックス王国とルドライト王国の親交の架け橋として赴いてもらいますから、よろしくお願いしますね?」
それは、氷の王子様だった頃の彼とも、同級生たちと打ち解けてから見せる彼とも異なる表情で。
この学園を卒業してから彼が重ねてきた歴史が、その表情を作り上げたのだと思わざるを得ない。
ほんの一年前まではこの学園の学生だった彼は、今ではすっかり国王らしくなった。
その成長を喜ぶ反面、教え子があっという間に私の知らない大人になっていく事への寂しさもある。
(成長を喜ばないと、頑張って前進している彼らに対して失礼よね)
私は右手を自分の胸に当てて、アロイスを見つめた。
ノックス王国でこの仕草は、相手に誓いを立てる事を意味する。
「必ずや、二国間の架け橋となる交流をしてまいります」
アロイスは黙ったまま頷くと、ふっと力を抜いて長椅子の背に寄りかかった。
「今更なのですが、私たちだけの時は以前のように話していただけると嬉しいです」
「えっ?」
「ファビウス先生と兄上には……その、弟のように接してもらいたいので」
「……っ!」
推しのはにかむ表情に萌え死にそうになったのは内緒だ。
いや、ノエルには気づかれているのだけれど。
その後しばらく雑談をした後、アロイスは仕事を片付けるために王宮に帰ることになった。
アロイスは馬車に乗り込む前に、こっそりと私に耳打ちする。
「ファビウス先生、今日は兄上をたっぷり褒めてあげてくださいね」
「えっ?!」
「私が学園祭に来るよう説得しに来たのです。ファビウス先生の為に、陰ながら奔走していたんですよ」
「ええ~っ?!」
衝撃の事実に驚き、茫然とした状態でアロイスを見送る私に、ノエルがそっと寄り添った。
「承認されて良かったね」
「え、ええ……あの、ノエル、アロイスを説得してくれたの?」
「ああ、学園祭に来てくれるよう説得したよ」
そう言って、紫水晶のような瞳をきらきらと輝かせて私を見つめる。
その様子はまるで、飼い主に褒められるのを待つ犬のようで。
「ありがとう。ノエルのおかげで助かったわ」
思わず私は、ノエルの頭をわしゃわしゃと撫でた。
ノエルは髪を乱されているのにもかかわらず、幸せそうに破顔したのだった。
次話、ノエル視点です。
久しぶりにあのお方が現れます。




