06.真夜中の月と星(※ノエル視点)
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遅くなってすみません。
やがて夜になり、私は王都に出た。
宵闇が降りた街中を歩けば街明かりが目に沁みる。
このような夜半にローランの家を訪ねるのは久しぶりだ。
レティと婚約する前まではオルソンの入国を支援するために何度もここに通っていた。
彼の家は比較的賑わっている区画にある。
見慣れた建物を見つけてドアノッカーを叩こうと手を伸ばすと、触れる前に扉が開いた。
中から出て来たローランは驚愕に目を見開いている。
いつもの無表情でもなく、快活な同僚を演じるのでもなく、彼そのものの表情のようだ。
「あなたの気配がして驚きましたよ」
「今日で魔術省の仕事は最後だっただろう? 労いの言葉を掛けに来たんだ」
「なんとありがたいお気遣いでしょう。どうぞ、入ってください」
家の中は以前に増して質素になっていた。
元々、ローランの家には必要最低限の家具しか置かれていなかったのだが、今はベッドとテーブルセットくらいしか残っておらず、侘しい雰囲気が漂っている。
「改めて、お疲れ様。送別会を抜けるのは大変だっただろう? ローランはみんなから慕われていたからな」
「引っ越しの準備があると言えば渋々と離してもらえましたよ。……いい同僚に恵まれたものです」
ローランの口からそのような言葉を聞ける日が来るとは思わなかった。
今までの彼なら、同僚たちは任務を遂行させるための要素であり仲間だと認識していなかったはずだ。
何が変わったのか、どうして変わったのか。
その答えがウンディーネとの出会いに帰結する。
ウンディーネと出会ってからローランが変わったのを、間近で見てきた。
「本当に、このままでいいのか?」
「このまま、とは?」
「ウンディーネとのことだ。昨日は手酷くあしらったようだな」
「そんなつもりは……彼女がそう言っていたのですか?」
「いいや。しかし、ローランとのやり取りを思い出しては泣いていたよ」
「……」
ローランは壁に寄りかかると、小さく溜息をついた。
「私はノックスに残れないのに、どうしろと言うのです?」
「ウンディーネを連れて行けばいい。彼女に人間になってくれと請うんだ」
「そ、それはつまり――彼女に求婚しろと? もとより私の事など眼中に無いのに言えませんよ」
「さあ、どうだろうか。ローランの出立にあんなにも泣いているのは、単なる話し相手への想いではないと思うけどね」
そのような隠れた心の機微さえも普段のローランであるなら気付いているはずだが、目の前に居るローランはわかっていないようだ。
あのローランが心を読むのに手をこまねいているのはやはり珍しい。
逡巡する彼を見ていると、初めて出会った日の事が思い出される。
◇
ローランと出会ったのは、オリア魔法学園を卒業し魔術省に入った日。
偶然にも、魔術省舎の裏庭で彼を見つけた。
当時の私は先代の国王が何か仕掛けてくると予想し、始業前に魔術省舎全体を調べているところだった。
魔術が施されていないか、もしくは、国王の息がかかった人間が潜んでいないか。それらを調べるために裏庭を見ていた。
その最中に感じ取ったローランの魔力は強力で、思わず警戒してしまった程だ。
おまけに危うげな異国の魔術の気配も漂わせており、その魔術の特性から、敵国メルヴェイユと繋がりがある人物であるのがわかった。
ローランを敵だと認識した私に対して、彼の反応は想定外のものだった。
「――月だ」
そう呟き、静かに涙を零していたのだ。
「……大丈夫ですか?」
「お気遣いありがとうございます。懐かしくて安心するような心地がしてつい、取り乱してしまいました」
片手で涙を拭っていたかと思えば、次の瞬間には無表情になっている。
奇妙な奴だと思った。
不思議とこちらに敵意は無く、むしろ親しみの念を示された。
この人物は様子見としよう。
そう判断した私はとりわけ何か行動をとるのではなく、彼に挨拶だけしてその場を去ることにした。
同期だった彼は偶然にも同じ部署に配属となった。
以前見たような無表情は少しも見せず、気さくな人柄で瞬く間に周りに馴染んでいった。
あまりもの変貌ぶりに恐ろしさを感じたものだ。
そうして、敵国の内通者が入り込んでいく様を横目で見ていた。
世の中にはこんなにも人心掌握に長けた人間がいるのか、と密かに驚いていたものだ。
後にロアエク先生が呪いをかけられ、復讐心に燃えていた時、ローランから敵国メルヴェイユの側につかないかと打診され、今の関係に至る。
◇
「――彼女は私の事を、友人のように思っているのです。決して好いているのではありません」
「仮にそうだとしたらどうする?」
「絶対に在り得ませんよ」
頑なに可能性を否定し、彼は苦く微笑んだ。
「闇の王、お気遣いありがとうございます。あなたと過ごした日々の事を、これからも忘れることはないでしょう。あなたはやはり、星の力を持つ者にとって拠り所でありこの世に生を受けた理由でもあるのです」
「大袈裟だな」
「いいえ、ユーゴもあなたを見て涙を流したと聞いて確信しました。星の力を持つ者はあなたとの邂逅に深い安堵を覚えるのです」
ローランが言う通り、二人は初めて出会った時に同じ反応を見せた。
それが意味する事は何なのかわかれば、少しはこの力の謎を解明できるのかもしれない。
この力にはまだ、不可解な点がたくさんある。
「私は今後、この世界に散らばる星の力を持つ者たちに会いに行こうと思います。今までの私たちはバラバラで、目的もわからずただ存在していただけですが、集まればこの力の秘密に近づけるのかもしれませんので」
「それでウンディーネの事を忘れようとしていないか?」
「い、いいえ。そもそも彼女は今、話し相手が居なくなるのを寂しがっているだけです」
「どうだろうか。彼女が君の事を好いていているようにしか見えないのだが……」
「あり得ません。私は彼女の好みとは正反対の人間なのですから」
頑なに否定をしているが、それでもウンディーネとの別れを口にするローランは寂しげだ。
「ローラン、悩んだ末の決断だろうからとやかく言うつもりはないが、――君が深い後悔に苛まれることの無いよう祈っている」
「闇の王……」
彼の心に一石を投じることができたのならそれで十分だ。
複雑な感情を覗かせるローランを置いて、彼の家を去った。
次話、再びウンディーネです!




