11.ご褒美お茶会
演技が終わり、次に発表するクラスが控えている為、私は生徒たちと一緒に音楽堂の外に出た。
「みんな、お疲れ様。とてもいい演技だったわ」
生徒たちに労いの声をかけていると、なぜかみんなの視線が私の背後に集まっている。
何があるのかと思いつつ振り返ろうとしたのだけれど、私の背後にいるその人物が私の身動きを封じ込めてくるものだから、叶わなかった。
相手が動くとふわりと漂ってくる香水の匂いで分かった――ノエルだ。
「ノエル、いきなりどうしたのよ?!」
「レティの事が心配で心配で……、堪らなかったから……」
飼い主に怒られた犬のようにしゅんとした表情で言われると、これ以上咎められない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、生徒たちがひゅうひゅうと言って冷やかしてくる。
「マナバイソン、俺たちはいいからファビウス侯爵と一緒に学園祭デートしてきなよ」
「先生、夕方からの演劇お疲れ様パーティーには来てくださいね!」
「み、みんな……ちょっと待って!」
少しも弁明の余地を与えてくれないものだからどうしようもない。
(ううっ……こうなるとわかっていたから、生徒の前では止めるように言っていたのに!)
照れくささに耐え切れなくなった私はノエルの手を引き、逃げるようにしてその場を後にした。
きっと演劇お疲れ様パーティーでもネタにされてしまうだろうと思うと、泣きたくなった。
「全く、ノエルは心配性なのよ。一度医者に診てもらわなきゃいけないわ」
「診せたところで、手のつけようがないと言って匙を投げられるのがオチだよ」
「そういう事、自分で言う?」
先ほどまではしおらしかったノエルは、今ではすっかりいつも通りに戻っている。
私の手を引き、アロイスが待つ場所へと案内してくれているところだ。
「演劇の公演中、レティが黒い影と戦っているとジルから聞いたよ。駆けつけられなくてすまない」
「気にしないで。ジルが助けてくれたし、どうにか対処できたから」
「ああ、ジル。約束を守ってくれてありがとう」
「約束?」
「ジルが、必ずレティを守るから信じてくれと言ってくれたんだ。公演中に私が席を立つと、周囲の注目を集めて演劇を中止する事になるかもしれないと危惧してくれていたんだ」
「ジ、ジル……そこまで考えてくれていたのね!」
お礼を言うと、ジルは尻尾をパタンと動かしつつ、照れくさそうにそっぽを向いた。
「中止になったら、小娘がぐずぐずと泣き言を零すだろうから、面倒になると思っただけだ!」
「ええ、そうね。でもジルのおかげで無事に演劇が終わったわ。本当にありがとう」
いつも私に対してツンツンしているジルだけど、大切に想ってくれているのだと改めて実感できて嬉しい。
胸がじーんと熱くなり、思いきりジルを抱きしめて頬擦りした。
ふわふわの毛並みが頬に触れて幸せな気持ちになる。
「な、なんだ! 小娘! 急に抱きしめるなと、いつも言っているだろう!」
「例外を設けましょう! 今は仕方がないの!」
「ううっ……ご主人様の目の前でなんて事を……」
ジルが腕の中でもぞもぞと暴れているけれど、お構いなく抱きしめ続けた。
「生徒たちが無事で良かったけれど、黒い影騒動のおかげで全部を見る事ができなくて残念だわ」
「ああ、その事だけど、アロイスが水晶玉に演劇を記録しているから、後でお茶を飲みながら一緒に観ようと言っていたよ」
「ほ、本当に?!」
本音を言うと、舞台袖で控えているとみんなの演劇を見られないから惜しいと思っていた。
客席にいるアロイスが記録してくれているとは大変ありがたい。
「レティならきっと客席から見たがっているだろうから自分が記録するんだと言っていたよ」
「ううっ……優しい子……!」
私を気遣ってそこまでしてくれるなんて、やっぱりアロイスは王子様だ。
今はもう、王子ではなく国王なのだけれど。
私たちは、軒を連ねて並ぶ出店の賑わいようを眺めつつ歩みを進めて、応接室に辿り着く。
扉の前に立っているラングラン侯爵が、扉を開けて中に入れてくれた。
部屋の中に入ると、天鵞絨張りの長椅子に座っているアロイスが、こちらに向かって微笑んでくれる。
なんとありがたいファンサービスなんだろう。疲れがあっという間に吹き飛んだわ。
「国王陛下、学園祭に来てくださってありがとうございます。国王陛下の訪問を心からお待ちしておりました。そして、お茶会のご招待をありがとうございます」
「こちらこそ、学園祭の招待状を送ってくださってありがとうございます。おかげでいい息抜きになりました」
それから私とノエルは、アロイスに勧められて彼の差し向かいの長椅子に座った。
私たちの間にあるテーブルの上には、ケーキやパンなどの軽食に、紅茶が並んでいる。
生徒たちの演劇の付き添いで私が昼食をとれないのではないかと心配したアロイスが、王宮から持って来てくれたらしい。
推しの尊い心遣いが心に沁みる。
「それに、バージルの演劇を見られて良かったです。同級生たちと馴染めているようで安心しました」
「ええ、今では冗談を言い合えるほど同級生のみんなと仲良くなっていますよ」
私たちはお茶を飲みつつ、アロイスが水晶玉に記録してくれた演劇を鑑賞した。
アロイスは始終、穏やかな表情で演劇を眺め、特にバージルが出てくると目元を綻ばせて嬉しそうにしていた。
やがて映像が終わると、アロイスは水晶玉を厳めしい装飾の小箱の中に入れて、ラングラン侯爵に託す。
バージルの思い出を記録した水晶玉だから、王宮の宝物庫に入れて大切に保管するそうだ。
(弟想いなのはいいけれど、さすがにやり過ぎじゃないかしら?)
バージルがこの事を知ったら、照れて水晶玉を持ち出して自分の部屋に隠しそうね。
というのも、宝物庫には王族に伝わる貴重な品が並んでおり、後世に残すために保管されている。
その中に自分が学生の頃の演劇の記録が保管されているのはさすがに恥ずかしいだろう。
(だけど……アロイスが嬉しそうにしているから、まあいいか)
推しの幸せに水を差したくない私は、止めない事にしたのだった。