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このたび、乙女ゲームの黒幕と結婚しました、モブの魔法薬学教師です。  作者: 柳葉うら
第十二章 黒幕さん、一緒に交渉しましょ!
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10.ヒロイン救出大作戦

 エリシャの足元に落ちる陰から顔を出した黒い影を見て、背筋が凍った。


「どうしてあの影がここに?!」

「オドオドしているガキんちょの歌声に込められた光の力を辿って来たのかもしれんな」


 ジルが言うには、あの黒い影にとってエリシャの歌声が持つ光の力は自身を脅かす脅威であるから、排除したいのではないかという事だ。


「今すぐエリシャを助け出すわ!」

「待て。小娘が飛び出したら、あの黒い影が逃げる可能性もある。そうすると、小娘は演劇の最中に乱入してきた不審者になるぞ!」

「ううっ……それは勘弁だわ……」


 せめて舞台上にいる他の生徒が気づいてくれたらいいのだけれど、誰も気づいていないようだ。


 客席からは遠くて見えないだろうから、観客が気づいてくれるとも思えない。


(どうしよう……何か方法はないの?)


 悩んでいる間にも、影は憎らしいほどゆっくりと移動して、エリシャに近づいている。


 あの黒い影を刺激して逃がしたくないけれど、このまま何もしないままでいると、エリシャの身に危険が及んでしまう。


「どうしよう。やっぱりこのまま舞台に乱入すべきなの?」

「うむ……ここはひとつ、俺様が華麗にダンスしながらさりげなくあの黒い影の気を散らすしかない!」

「ジルが躍り出た時点で注目を浴びてしまうわよ!」

「くっ……俺様の高潔さがこんな時に裏目に出てしまうとは……!」

「いや、そういう事ではなくて……」


 的外れな事を言っているジルに突っ込みを入れていると、背後からくすくすと笑う声が聞こえてきた。


 振り返ると、そこにはセルラノ先生がいて。


「あの影に飛びかかろうだなんて、ファビウス先生は肝が据わっていますね。メルヴェイユ国王が気に入っている理由がわかりました。あなたを見ていると、退屈しなくて済みますものね」

「え、ええと……どうしてセルラノ先生がここに?」


 本来なら彼は医務室にいて、怪我人が出た時に備えて待機しているはずだ。


 まさか、生徒たちの演技を観たくなったのだろうかという考えが過ったけれど、彼の瞳を見ているとその予想は瞬く間に霧散した。

 

 今、目の前にいるセルラノ先生は、柔らかな笑みの下に底知れぬ不穏さを隠していて。

 オリア魔法学園の治癒師ではなく、メルヴェイユ国王のスパイの顔をしている。

 

「メルヴェイユ国王があの黒い影の情報を欲しているので、集めに来ました」

「どうして、ここに現れると思ったのですか?」


 問いかける自分の声が、我ながら笑いたくなるほど掠れていた。

 嫌な予感をに心臓が忙しなく脈を打ち、背中には汗が伝っている。


「エリシャ・ミュラーが光の力を込めて歌うと、あの黒い影が現れると思ったからですよ。音楽祭では、あの子が歌うといきなり現れましたからね」

「……っ!」

「安心してください。生徒たちに危害を加えるつもりはありませんから、どうか睨まないでくださいな」


 とはいえ、彼はエリシャの歌声に込められている力と黒い影との関係を観察しに来たのだから、助けてくれないだろう。


 情報を集めるのに、わざわざ黒い影の邪魔をしないはずだ。


 そう思うと、沸々と怒りがこみ上げてきた。


「あなたは直接手を下さない、だけですよね?」

「おやおや、随分と悲しい事を仰いますね。もちろん、オリア魔法学園の治癒師として生徒たちを守りますよ。情報収集のついでですけれどね」


 よくもまあ、聖人のような顔でそのような事が言えたものだ。


「本当ですよ? ファビウス先生が情報を一つくださるなら、エリシャ・ミュラーの安全を保障しましょう。あの子には傷一つ負わせません」

「情報……?」

「ええ。音楽祭での出来事を教えていただきたいのです」


 セルラノ先生は、音楽祭で理事長が黒い影を抱きかかえた時の話を持ち出した。


 あの時、セルラノ先生は舞台から離れた場所にいた為、詳細を知りたいのだと言う。


「理事長はあの黒い影に対して、どのような呪文を唱えていたのですか?」

「……悪夢を見ない為のおまじないです」

「へぇ、おまじないで大人しくなったのですか。魔法は効かないのにおまじないは効くとは不思議ですねぇ」


 彼は人差し指を頬に添えて考える素振りを見せたが、すぐに手を離して、再び聖人のように微笑んだ。


「まあ、いいでしょう。それでは、私があの影を刺激して囮になるので、ファビウス先生はそのおまじないとやらであの黒い影を無力化させてください」

「ええっ?!」

「では、いきますよ」


 セルラノ先生は待ったなしで呪文を唱えると、舞台の床に添わせるように治癒魔法をかけた。


 治癒魔法は、淡い光の粒子を伴い、瞬く間に舞台上を覆いつくしていく。


 そうしてエリシャの足元にも治癒魔法の光が届き、黒い影がびくりと跳ねた。


「やはり、光の力に近しい属性の治癒魔法が苦手なようですね」


 予想が当たって嬉しいのか、いつになく弾んだ調子の声でセルラノ先生が呟く。


 そのを聞いた刹那、黒い影はエリシャの足元の影の中に溶け込み――気付いた時には、舞台袖まで移動していた。


(ひえっ!)


 襲いかかられると思って身構えたけれど、黒い影は私を無視して、セルラノ先生の首に巻きつく。

 あっという間に窮地に立たされたセルラノ先生が、苦し気に呻き声を上げた。


 ジルが私を庇うように目の前に立ちはだかりつつ、振り返る。


「小娘、とりあえず例のまじないを唱えてみろ!」

「え、ええ……」


 私は逃げ腰になりながらも、黒い影に近づく。


月の槍と(サリーサ)闇夜の棍棒と(ペルティカ)星の剣(グラディウス)月の槍と(サリーサ)闇夜の棍棒と(ペルティカ)星の剣(グラディウス)。お願いだから、その人から離れてあげて」


 本当におまじないなんかが効くのだろうかと、半信半疑で唱えたのだけれど。

 黒い影はセルラノ先生の首を絞めるのを止めて、するすると離れた。


 そのまま影の中に溶け込み、姿を消してしまった。


「嘘でしょう……?」


 悪夢を見ない為の、そして、魔術による精神干渉から身を守る為のおまじないのはずなのに。


(それにしても、おかしいわ)


 おまじないを聞いた黒い影は、苦しむ様子を見せない。

 ただ大人しく、闇の中に帰るだけだ。


「わからない事が、まだまだ多すぎるわ……」


 不安や疑問がまだまだ残っているけれど、ひとまず、生徒たちを守れて良かった。


 セルラノ先生はぐったりとしていたけれど、自分に治癒魔法をかけて回復すると、魔術を使って転移してしまった。


 こうして、密かな戦闘があったものの、生徒たちは無事に演技を終えたのだった。

素敵なファンアートをいただきましたので、活動報告に掲載させていただきました。

とても可愛いレティとノエルのイラストをご堪能ください。

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