07.黒幕からの助言
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生徒たちを眺めていた理事長は、私の気配を感じ取るとすぐに視線をこちらに向けた。
冷たい氷を彷彿とさせるような瞳に射抜かれると足が竦みそうになるけれど、笑顔を取り繕って話しかける。
「理事長、いかがしましたか?」
「生徒たちの様子を見に来ただけなのでお構いなく。……ファビウス先生の学級は順調に準備できているようですね」
「ええ、概ねは……」
と、思わず濁してしまった。
シナリオも大道具も小道具も衣装も用意できている。
あとは、役者たちが演技に専念できたら贔屓目なしにいい演劇になりそうだけど……。
初めて演技する生徒たちが一朝一夕で役者のように振舞うのは難しいだろう。
すると理事長は、私の言葉に目敏く反応して片眉を上げた。
「何か問題があるのですか?」
「初めての演劇ですので、生徒たちが演じるのに恥ずかしがってしまっているんです」
「……ふむ。役に入りきれていないのですね」
理事長は顎に手を当てて何やら思案に耽る。
そして顎から手を離すと、おもむろに生徒たちの前に出た。
(えっ?! 何をするつもり?)
突然の事態に驚き、緊張感が体中を駆け巡る。
息を凝らして見守っていると、理事長はいつもの無機質な声で生徒たちに声をかけた。
「練習お疲れ様。初めての演劇で、慣れない事ばかりだけど頑張っているね」
それは、ゲームの中の理事長は絶対に口にしないような、労いの言葉で。
彼の意外な言動に驚かされるばかりだ。
(一体、どうして……?)
ゲームの中の理事長は、エリシャ以外の生徒に関心を持たず、接してこなかった。
なぜならこの学園にいる生徒の大半は、彼が嫌う貴族家の子息令嬢ばかりだから、彼らとの関わりを避けていた。
(それなのに、この世界の理事長は生徒たち全員に声をかけるなんて……ゲームの理事長とは別人のようだわ)
もしかして、ノエルが生き残って前作のシナリオ通りにならなかった影響が理事長に影響を与えたのかもしれない。
まだ推測の範囲内だけれど……そうであるのなら嬉しいわ。
理事長が生徒たちを大切に想うようになると、バッドエンドから回避できる確率が上がるのだから。
微かな期待を胸に、理事長と生徒たちの様子を見守る。
「演劇は単なる学園祭の出し物だと思わないでほしい。人は誰しも、演じなければならない場面に遭遇するものだからね」
養子になり、亡くなった公爵令息を演じてきた理事長が言うと、説得力があるわね。
私はゲームを通して彼の過去を知っているから納得できるのだけれど。
(生徒たちはどう思っているのかしら?)
そっと様子を窺うと、生徒たちは少し緊張した面持ちで理事長の話に耳を傾けている。
普段は関わりがない理事長が急に話しかけてきたものだから、緊張してもしかたがないわよね。
「侮られないよう余裕を見せる為に、もしくは大切な者を守るべく敵を威圧する為に、自分以外の人物を演じて困難を乗り越えなければならない時が必ず訪れる」
しかし、誰しも急に完璧に演じることは難しい。
だからこの演劇を成長の糧にしなさい、と生徒たちに話した。
「場数を踏むとすぐに演じられるようになる。――それはいつか、君たちの武器になるだろう。だから、羞恥を捨てなさい。恥ずかしいのは演じる自分ではなく、何も成さずにみすみす大切なものを失う自分だ。それを頭の片隅に置いて演技に集中しなさい」
生徒たちが元気よく「はい!」と返事をすると、理事長は彼らから離れた。
私は慌てて理事長の後を追う。
「生徒たちに言葉をかけてくださってありがとうございます。みんなの顔つきが変わって感激しました」
「それは――ファビウス先生があの子たちをそう導いてくれているからですよ」
「私が導いている?」
「ええ。生徒たち一人一人の心と向き合っているから、彼らも相手の心に向き合うようになったのです」
「わ、私には過分な評価をいただき恐縮です」
「いいえ、過分ではありません。――例えば、ゼスラ殿下とミュラーさんたちの為に国王陛下に書簡を送ったのですから、並大抵の教師にはない行動力があります」
「……!」
急にゼスラたちの話を持ち出されて驚いた。
(エリシャとゼスラたちの交流を、どう思っているのかしら?)
アロイスに手紙を送る前に説明しに行った時も、理事長は特に反対せず許可をくれた。
だけどゲームの世界の理事長は、エリシャに攻略対象たちが近づくのを警戒していて。
彼らがエリシャの力を利用するのではないかと疑っていたのよね。
(でも、この世界の理事長は特になんとも思っていないみたい)
チラッと理事長の顔を盗み見ると、意外にも彼は柔らかな笑みを浮かべていて。
「あなたが切り開く道が、この世界を変えてくれるといいのですが」
「えっ……?」
私の問いに答えることなく、踵を返して本館に戻ってしまった。
「どういう……事なの?」
頭の中で何度も理事長の言葉を反芻したけれど、その真意がわからなかった。
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