05.水の精霊の涙
翌日、ウンディーネの事が気になってラクリマの湖に行くと、泣き腫らして目を真っ赤にしたウンディーネが現れた。
会うなりすぐに抱きついてきて、声を上げて泣き始める。
「うぇ~ん! レティシア聞いて!」
嗚咽を漏らしつつ、昨晩の出来事を聞かせてくれた。
ウンディーネはダルシアクさんと話している内に自分の気持ちに気付いたらしい。しかし、ダルシアクさんを引き留めることができなかった為、悲しみに暮れている。
話によると、ダルシアクさんにあしらわれてしまったらしい。
もしかすると、ダルシアクさんはウンディーネの気持ちに気付いていないのかもしれない。
「ローランに会えなくなるなんて嫌よ。ローランの事が好きだと気づいたのに!」
「ウンディーネ……」
好きな人に想いを伝えることなく恋を終えるのは、どれほど辛い事だろうか。
だけど、ダルシアクさんは一時的にノックス王国の滞在を許されているだけで、この国に住むのは許されていない。
ノックス王国の平和を守ったとはいえ、敵国のスパイをしていた事を無かったことにはできないのだ。
今もダルシアクさんの周りには王室から派遣された見張り役たちがいるようで、ダルシアクさんに不審な動きがないか探っているらしい。
もしダルシアクさんと一緒に居たいのならば、ウンディーネに残された道は一つしかない。
それは、ダルシアクさんと一緒にノックスを出ていくこと。
けれどその選択をすれば、ウンディーネもまたこの国を去ることになる。
彼女が住処とし、水の調和を守る礎としているこの湖から離れることになるのだ。
皮肉なことに、ラクリマの湖の底には歴代のウンディーネたちが守ってきた水の魔法石があり、その魔法石に毎日力を注がなければならないのだと聞いたことがある。
そんな大切な魔法石があるのに、この国を離れるわけにはいかないだろう。
「――それなら一つだけ、提案がある」
これまで沈黙していたノエルが、不意に口を開いた。
気付けばノエルは私の肩をがっちりと掴んでおり、そのままウンディーネから引き離してしまう。
涙をいっぱい浮かべている目で睨みつけられてもどこ吹く風だ。
少しは傷心のウンディーネに配慮してほしいものだわ。
呆れていると、この甘えん坊な夫はお腹に腕を回してぴったりとくっついてきては、私の頭に頬を埋めてしまう。
お屋敷の中でならともかく、外でこんなにもべったりとするのはどうかと思う。
「何よ? どんな提案なの?」
すっかり機嫌を損ねてしまったウンディーネが、ぶっきらぼうな声で尋ねた。
「精霊を辞めるという事だ。精霊を辞めてローランについて行けば一緒に居られる。ただし、ローランと上手くいかなければ精霊としての力も住処も失ってしまうよ」
それはまるで、前世の世界で読んだ人魚姫のおとぎ話のようだ。
想いを寄せる相手の為に己の大切な物を対価に人間になる。
もし恋が実らなければ、彼女は何もかもを失ってしまう。
……となると、今この提案をしているのノエルはさしずめ悪役の魔女ならぬ魔術師といったところかしら?
「この状況を打開したいなら最善策だと思うが、どうだろうか?」
「……精霊を辞める、ね」
ウンディーネは俯いてしまった。悩んでいるのが見て取れる。
彼女は今、自分の恋と、精霊としての人生の間に揺れているのだもの。
それでも私は、ウンディーネの恋を応援したいと思う。
好きな人に想いを伝えられないまま恋を終わらせてほしくない。
できなかった後悔はこの先もずっと、心に影を落とすから。
「ウンディーネ、ダルシアクさんに告白してみたらどうかしら?」
「告白したところで結果は見えているわ。ローランは私に惚れてなんていないもの」
「さあ、どうかしら? 好きでもない相手の為に話を聞いてくれる人ではないわ」
ノエルやウンディーネならいざ知らず、私が悩んでいても飛んできてくれないのは確かだ。
誰を大切にしているのか、腹が立つほどわかりやすい人なのよね。
「……少し、考えさせて」
ウンディーネはそう言うと、湖の中に戻ってしまった。
水面に広がる波紋が、彼女の複雑な心境を表しているように見えた。
どのような状況でもレティを独り占めされたくないノエルでした。




