01.ある少女の記憶【四】
澄み渡った空には魔法の花飾りが浮かんでいる。
学園内はどこもかしこも人がいっぱいで賑わっており、お祭り騒ぎだ。
どうやら今は学園祭の真っ最中のようだ。
そして【私】は真昼のオリア魔法学園の噴水広場にいて、立ち並ぶ露店に視線を巡らせている。
生徒たちは出店のコンセプトに合わせて、それぞれが衣装を身に纏い、楽しそうにお客様を相手している。
【私】は笑顔で学園祭を楽しむ生徒や招待客らを尻目に人気のない裏庭へ行った。
そこにはゼスラとイセニックがいて。
ゼスラは本を読んでおり、イセニックは何もせずにただゼスラの側に控えている。
【私】がうっかり足元にある木の枝を踏んでしまってパキリと音が鳴ると、イセニックがものすごい速さで反応して私を睨みつけてきた。
「おい、お前! ゼスラ殿下に何用だ!」
「ひ、ひえっ!」
ゼイセニックの気迫に呑まれた【私】は、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまう。
「イセニック、止せ。エリシャ殿は私に危害を加えぬ。彼女は敵意を持たぬ優しい心の持ち主だからな」
「しかし……」
「私の目を疑うのか?」
「そ、そのようなわけではございません! 俺はただ、ゼスラ様を邪魔する者をゼスラ様から遠ざけたいだけなのです!」
イセニックの言葉に、【私】の視線はゼスラが手に持っている本に移る。
呪いの解呪について書かれている、難しそうな本だ。
「あ、あの……読書の邪魔をしてごめんなさい」
「気にしないでくれ。私に用があって来たのだろう?」
優しい声音でゼスラが問いかけてくれて、【私】は黙ってコクリと頷いた。
「学園祭を見て回ろうと思っているのですが、ゼ、ゼスラ殿下も……ご一緒にどうですか?」
「お前とゼスラ殿下を二人きりになどさせぬ!」
「ももも、もちろん! ストレイヴさんも一緒に!」
イセニックの勢いに押されて、【私】は慌てて付け加える。
「私を誘いに来てくれたのか。異国から来た私を気遣ってくれたエリシャ殿の厚意に感謝する」
ゼスラはいつものように泰然と微笑んだ。
手に持っている本を閉じることなく――……。
「しかし、獣人の我らが出歩くと招待客たちが怯えてしまうやもしれぬ。だから私はここで読書に興じるから気にしないでくれ」
「だ、だけど……せっかくの学園祭だから、一緒に楽しみませんか? わたくし、ゼスラ殿下には一つでも多くの楽しい思い出をこのオリア魔法学園で作ってほしいです。も、もちろん、ストレイヴさんにも!」
「俺の名前をついでのように言うとは、やはりゼスラ様を狙っているのか! さてはゼスラ様の伴侶の座を狙っているのだな!」
「ちちち、違います! もっと仲良くなりたいだけです!」
慌てて首をブンブンと横に振る【私】だが、イセニックは警戒を解いてくれない。
彼はそうやっていつも、エリシャがゼスラに近づくのを警戒していたわね。
「私ともっと仲良く……か。そう言ってくれて嬉しいよ」
ゼスラは片手でイセニックを制すると、空いている方の手で本のページを捲る。
「しかし私ばかりが楽しい思いをしてはならないのだ。こうしている間にも苦しんでいる方を助ける為に」
「苦しんでいる方?」
きっと、故郷で呪いと戦っているお兄さんの事を話しているのだろう。
ゼスラは折に触れて、お兄さんが呪いで苦しんでいるのに自分だけが健康な体で学生生活を謳歌する事に後ろめたさを感じているのだ。
ゲームの中でその気持ちを打ち明けてくれるシーンがあるのだけど、それはまだ先の事で。
「……すまない。祭りにはふさわしくない話をしてしまったな。どうか私の事は気にせず祭りを楽しみたまえ」
「……わかりました」
【私】はしょんぼりとした足取りで踵を返すと、名残惜しさを込めて一度振り返り、ゼスラの横顔を眺めた。
いつもとは違い、寂しさを漂わせる彼を。
第十二章のスタートです!よろしくお願いします!
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