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このたび、乙女ゲームの黒幕と結婚しました、モブの魔法薬学教師です。  作者: 柳葉うら
第十一章 黒幕さんが、友情について考えています
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07.柔らかな気持ちになる夜

 ――夜。


 今日もまたノエルにとびっきり甘やかされた後、満ち足りてふわふわとした意識の中で、昼間の出来事を思い出す。


(ノエルとジュリアンが仲良くなって良かった)


 ゲームの中で、そしてこの世界でも孤独を抱えて生きてきたノエル。


 周りに集まってくる人を心から信頼する事ができず、さらに深い孤独の中に閉じこもっていた彼に、今では心を許せる仲間が増えている事が嬉しい。


 過去に負った傷はすぐに癒えないし、なかった事にはできない。

 だからこそ、少しずつでも傷の痛みを和らげられるような楽しい思い出を、仲間たちとたくさん作ってほしいわ。


(だけど、ノエルが友だちと過ごす時間が増えると、寂しくなるかもしれないわね)


 今は仕事やそれぞれの趣味の時間を除くとほとんど一緒にいるから、ノエルが隣にいない時間が増えると落ち着かなくなるかもしれないわ。


(それなら、今のうちに甘えておかないといけないかもしれないわね)


 ノエルの胸元に顔を寄せ、少しだけ頬擦りをした。

 頬に触れる温かさと、規則正しい心音が聴こえてくるのが心地よい。


 どさくさに紛れてノエルを抱きしめると、ノエルがくすりと笑う声が聞こえてきた。


「レティ、何を考えているんだい?」

「昼間の事よ。ノエルに新しい友だちができて嬉しいの。これからはジュリアンと二人で出かけてみるのもいいと思うわ」

「レティと一緒にいられる時間が少なくなってしまうよ?」

「そうね。ジュリアンに嫉妬するかもしれないわ」

「妻にそんな思いをさせてしまうなら、止めておこうかな」

「ええーっ?! せっかくできた友だちなのに」


 なんだか私がノエルの友情を邪魔しているような気がしてならないわ。

 

 私はノエルに楽しい思い出をたくさん作ってほしいのに。


「それなら、レティも一緒に来てくれるかい?」

「いいの? お邪魔になるかもしれないわよ?」

「むしろ、いてくれないとレティが足りなくなるから困る」

「ちょっとよくわからないわ」

「いつかこの気持ちをわかってくれるといいんだけどな」


 まるで私が鈍感な人間であるかのような言い草だ。


 睨んで抗議してみたけれど、ノエルは柔らかく微笑んではぐらかしてきたのだった。


「これから、ジュリアンと協力してランバート博士を王都に招く手筈を整えるつもりなんだ。もしかすると、邪魔者の処理に追われて一緒にいられる時間が減ってしまうかもしれない」

「じ、邪魔者の処理」


 この国を邪神から守る為の事とはいえ、言い方が元・黒幕(予備軍)らしいから悪だくみをしているように聞こえてしまう。


「私も協力するのだから、一緒にいられるはずよ」

「レティは生徒たちの側にいてあげてくれ。何が起こるかわからないから」


 邪魔者の中にはマルロー公と、たぶん理事長も含まれているはずだ。


 今のところ理事長がどう出てくるのかわからないけれど、続編の黒幕なのだから注意しないといけないわ。


「……そうね。ノエル、お願いだから無茶しないでね?」


 ノエルは目を瞬かせると、ふわりと花が咲くように美しく微笑んだ。


「ああ、心配してくれてありがとう。上手く片をつけるから安心して」


 私を安心させる為なのか、ノエルはゆっくりと私の頭を撫で始めた。


「そう言えば、生徒たちの関係性も変わっているようで安心したよ。ゲームとやらではゼスラ殿下がミュラーさんたちをルドライト王国に招くことはなかったのだろう?」

「ええ、なんやかんやで、メインキャラクターたちが仲良くなっている事も嬉しいわ」

「シナリオとやらに負けない絆ができたようだね」

「その絆をずっと大切にしてくれるといいのだけれど……」


 正直に言うと、不安もある。


 サラが光の力でジュリアンを治癒できなかった時のように、ゲームの抑止力がいつどこで発動するのかわからないから。


「大丈夫。レティの教え子たちならきっと、大切にできるよ。アロイスたちがそうなのだから」

「ええ……そうね。そうなるように、見守っていくわ」

 

 ノエルから手を離してガッツポーズをして見せると、今度はノエルに抱きしめられた。


 紫水晶のような瞳がとろりと蕩けて私を見つめてくると、心臓がとくとくと駆け足になる。


「そういえば、ミュラーさんに頼って解呪してもらうようジュリアンを説得をできたらご褒美をもらう予定だったね?」

「あ、そっ……そうね。そうだったわね」


 ノエルの眼差しに黒幕然とした妖しさが宿っており、私の心臓はドキドキしてばかりで止まらない。


「な、何が欲しいの?」

「子守唄を聞かせて」

「えっ?! こ、子守歌?」

 

 全く予想できなかった要望に、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。


「もしかして、最近寝つきが良くないの?」

「いや、レティの子守唄を聞いてみたい」

「……むう。私の歌を……ね」


 先に言っておこう。

 私はさほど歌が得意ではない。


 一人で作業中に口ずさむ程度ならいいのだけれど、人前で歌うのが恥ずかしいのよね。


「人に聞かせられるような歌声ではないわよ? 私の子守唄のせいで悪夢を見て、眠れなくなってしまうかもしれないわ」

「それでもいいよ。その時はレティを抱きしめて寝るから」


 そしてノエルは、「約束を守ってくれるよね?」と言いたげな圧のこもった笑みを浮かべてくる。


 ご褒美に子守唄を強請るなんて変わっているわ。だけど、約束は約束だからしかたがないわね。


「……わかったわ。絶対に笑わないでね?」

「約束する。笑った時はひっぱたいてくれ」

「言質はとったわよ?」


 こうして私は、夫に子守唄を聞かせることになった。


 ちなみに、お腹をポンポンと叩こうかと聞いたところ、それは遠慮されてしまった。


「それでは、レティシア歌います……!」


 ノエルに宣言した私は、実家のベルクール領に伝わる子守唄を口ずさんだ。

 

 久しぶりに歌うから歌詞も音程も合っているのかはわからないけれど。

 目の前にいるノエルがうっとりとした眼差しになっているから、たぶん上手く歌えているはずだわ。


「さ、さあ! 子守歌も歌ったことだし、寝るわよ!」


 歌い終わった私は気恥ずかしくなり、ノエルに背を向けて丸くなる。


 そんな私をノエルは後ろから抱きしめて、「素敵な歌声だったよ」と甘い声で囁くのだった。

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