06.友だちとしてならいいでしょう?
「ミュラー殿、ジュリアンの呪いと後遺症を治癒してくれてありがとう。改めて感謝する」
よほどジュリアンの体調を気にかけていたようで、ソラン団長は何度もエリシャにお礼を言う。
宮廷魔術師団の団長――王国随一の魔術師から感謝されたエリシャは、恐縮してあわあわとするのだった。
「ミュラー殿の声は呪いを治癒するのか……」
ふと、ゼスラがいつになく神妙な声で呟きを零した。
その言葉に隠された思いに気づいたのか、イセニックが瞠目する。
「ゼスラ様、まさか……」
「ああ、そのまさかを考えている」
二人は訳あり気な表情で顔を見合わせた。
「ソラン団長、そしてミュラー殿に折り入って頼みたいことがある」
「ほう。ゼスラ殿の頼みとは気になりますね」
獣人国の王子からの頼みとなると並みの事ではないと判断したのか、ソラン団長の表情が再びきりりとする。
お互いが相手の出方を窺っており、ぴりと張り詰めた空気になった。
「私の近しい者が厄介な呪いにかかっていてな、呪いを解呪する方法を探しているのだ」
「ふむ……。その呪いはルドライト王国の治癒師や魔術師では解呪できなかったのですか?」
「ああ。国中の有識者を集めても解呪できない、忌まわしい呪いだ」
ゼスラはその人物の容態をつぶさに説明した。
名前もゼスラとの関係性も明かしていないけれど、お兄様の事よね。
「ミュラー殿にはぜひルドライト王国に来てもらいたいのだが……ノックス王国の大切な光使いを私の勝手で連れ出すわけにはいかないな」
そう言い、眉尻を下げる。
いつもは泰然としているゼスラらしからぬ表情に、胸の奥がチクチクと痛む。
ゼスラが言う通り、ノックス王国がルドライト国に光使いを送ったとなると、他国に詮索されるだろう。
これを機に光使いの派遣を求めてくる国が現れるかもしれない。
また、王子が呪われているルドライト王国にありもしない噂が立つ事や、足元を掬われるきっかけにもなりかねないわよね。
「う~む。是非力になりたいところですが、我々だけで決められることではないな。国王陛下の判断を仰がなければなりません」
「そうだな。後日謁見を申し出よう」
王族として育てられてきたからこそ、一つの行動に多くのしがらみが伴う事を理解しているのだろう。
ゼスラは期待半分、諦め半分といった様子で頷く。
すると、エリシャが遠慮がちにソラン団長の前に進み出た。
「と、友だちとして招待してくれるなら大丈夫なのではないでしょうか?」
「ミュラー殿……! 私を友と認めてくれるのだな!」
友だちと言ってもらえた事がよほど嬉しかったようで、ゼスラが感嘆の声を上げる。
一方で、イセニックはエリシャに「ゼスラ様に馴れ馴れしいぞ」と相変わらず面倒くさいことを言う。
主に友だちが増えることはいい事よ。それなのに嫉妬していると、そのうちゼスラに愛想尽かされてしまうわよ?
「み、認めるなんて恐れ多いです。友だちとは認めるではありませんから」
慌てて弁明するエリシャがあまりにもおろおろしているから、イセニックは恨み言を言うのを止めた。
さすがにそのような様子を見せられると、馴れ馴れしいとは思えないらしい。
「もちろん、治療の願いではなくてもミュラー殿を我が国に招待させてほしい。もちろん、ジュリアンやルーセル殿、そしてバージル殿下もな」
それに、とゼスラは言葉を続ける。
「ファビウス先生とファビウス侯爵にもぜひ来ていただきたい」
「え?! 私たちも?!」
驚いて聞き返すと、ゼスラは満面の笑みで「そうだ」と肯定するのだった。
まさか私たちまで招待してもらえるとは思わなかった。
(招待してくれるほど信用してくれているのかしら?)
そう思うとくすぐったいような気持ちになる。
生徒に心を開いてもらった瞬間というものは、いつも私の心を温かくしてくれる。
(エリシャたちがゼスラの故郷に招かれるなんて、ゲームにはなかったスペシャルイベントだわ)
とはいえ、やはり外交問題に発展しそうだから、この件はノエルとソラン団長を通してアロイスに相談することとなった。