閑話:胸の内に秘めている(※ノエル視点)
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音楽祭の後、レティに頼まれてバージルとミュラーさんの後を追った。
本当はレティも二人を見守りたいようだが、教師としての仕事が残っている。
だから私に託し、自分は持ち場に戻った。
(……ここに居たか)
二人の魔力を辿り、回廊で見つけた。二人とも人目に付かないよう柱の陰に隠れている。
ミュラーさんは両手で顔を覆っており、その隣でバージルが立ち尽くしている。どう声をかけたらいいのかわからなかったのだろう。
「ん。これやるよ」
バージルがミュラーさんに花束を差し出した。
差し出すというより、押しつけると形容した方が適切な所作で。
「……最優秀賞、おめでと」
「え、ええと……」
顔を上げたミュラーさんの目は潤んでいる。声は震えており、今にも泣きだしそうだ。
「受け取ってくれ。いらないなら捨てていいから」
「し、親友からの贈り物を捨てません!」
「……そうかよ」
ミュラーさんは両手で目元を押さえると、花束を受け取った。
先ほどミカから受け取った花束を脇に抱え、バージルから受け取った花束に顔を近づける。
「ありがとうございます。いい香りの花ですね。心が安らぎます」
そう言い、花の香りを嗅いでいる。
バージルは苦虫を嚙み潰したような表情で、そんな彼女を見つめた。
「泣きたいならここで泣けばいい。俺が居れば誰も近寄ってこないから」
「……」
「俺は背を向けておくし、適当に昼寝しているからよ」
「でも、戻らないとホームルームが――」
「あのマナバイソンならわかってくれるだろ」
(どうしてここでマナバイソンの名前が出てくる?)
マナバイソンとは巨大な牛の姿をした草食の魔獣だ。
普段は温厚な性格だが、敵を前にすると目にも留まらぬ速さで突進して吹き飛ばす。
「……それ、ファビウス先生の事を言っているんですか?」
「俺たちに何かあったら真っ先に突っ込んで助けてくれるだろ?」
「ええ……そうですね。だけど貴婦人に対してそのあだ名をつけるのはいかがなものでしょうか?」
「向こうは気にしないだろう。――ほら、マナバイソンは早くエリシャを祝いたくて待っているだろうから、ここで泣いてスッキリしてから会いに行こう」
「……はい」
ミュラーさんの瞳から一筋の涙が零れて光る。それが呼び水となり、涙が溢れ出た。
声を押し殺して泣く彼女に、バージルはハンカチを手渡して背を向ける。
――泣いているミュラーさんを誰にも見られないよう、隠しているのだろう。
(バージルは先王と違うのだな)
何度失恋しても諦めずに一途に想う君なら、あの愚かな男のような末路を辿らないだろう。
「バージル、……兄さんは応援しているよ」
もう二人の様子を探らなくてもいいだろう。レティへの報告内容は十分集まったのだから。
(さて、今日レティに贈る花束を買いに行こうかな)
だから二人を残して王都へと向かった。
その後、バージルがレティにつけたあだ名は瞬く間に学園中に広まった。
レティは「牛の魔獣に例えられるなんて遺憾の意だわ!」と文句を零していたが、生徒にあだ名をつけてもらえた事は嬉しいようだ。
◇
花束を買ってから学園に戻ると、回廊でぺルグラン公と出会った。
レイナルドの治療がよかったのか、人に支えてもらわずとも歩けるようだ。
「音楽祭では妻を助けてくださってありがとうございました。あなたが庇っていなかったらと思うと肝が冷えます」
「あの時は間に合ってよかったです」
「どう礼をすればいいか……」
「礼など不要です。ファビウス先生にはいつもサミュエルを気に掛けていただいていますから。むしろ恩返しできてよかったです」
ぺルグラン公の助けがあと一歩遅かったら、と想像するだけで恐ろしくなる。
がむしゃらに走ってもレティに手が届かなかった。あの時に抱いた焦燥と絶望が今も胸の内で燻っているのだ。
「妻から聞いたのですが――あの黒い影に悪夢を見ないためのおまじないを聞かせていたそうですね?」
「ええ。苦しそうにしていたので」
「苦しみを和らげようと?」
「ええ。どのような存在であれ、苦しい時は救いが必要でしょう?」
「……」
レティの話では、あの黒い影はぺルグラン公が召喚した存在。
彼は自分の体にあの黒い影を宿して操っていたと聞いていたが――。
(音楽堂で見た様子だと、まだ宿していないようだった)
それぞれが個々の存在として成立していた。
つまり――別の何者かが体を依り代にしてあの黒い影を操っていることになる。
(それでは、ぺルグラン公の立場はどちらだ?)
敵か、そうではないのか。
それさえも、今目の前に居る彼を探ってもわからない。
我々の敵であるのなら、レティを助けなかったはずだが。
それでも味方と断定するには証拠が足りない。
「何故、体を張ってまで妻を守ってくださったのですか?」
「――大切な人を失い傷つく君を見たくなかったからだ」
「……え?」
目の前に居る人物は今、なんと言ったか。
レティを助けたのは私の為だと。別段親しい間柄でもない私の為に危険を顧みず助けたと言ったのか。
「あなたは――」
「おや、すみません。うるさい客人が待っているので失礼します」
ぺルグラン公は薄く笑い、これ以上の会話を拒むように立ち去った。
頭の中では先ほどの言葉が反芻する。
ぺルグラン公は何を思って発言したのか。
私と彼に何の繋がりがあったというのだろうか。
疑念ばかり浮かび上がってくる。
「……何が狙いなんだ?」
私と彼との共通点は、この世界が用意した黒幕だということくらいであるのに。
第十章はこれにて完結です。
長い章でしたがお付き合いいただきありがとうございました!