18.宝物の恋
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音楽祭が終わると、エリシャは庭園へと駆けて行った。
そこが、音楽祭後にミカと会うために約束していた場所らしい。
(覗き見はよくないのだけれど、これもヒロインの動向を探るため……。仕方がないわ!)
罪悪感を抑えつつ物陰に隠れていると、ガサリと物音がして隣にバージルが姿を現わす。
その手には花束が握られている。恐らく、エリシャに渡そうと追いかけてここに来たのだろう。
「バージル殿下、今はお取込み中だから後で――」
「し、静かにしろ! ここに隠れているのがバレるだろ!」
彼はエリシャの告白を邪魔するつもりはなく、見届けるようだ。
「……はぁ。本当はすぐに渡すつもりだったんだけどな」
そう言い。自嘲気味な笑みを浮かべて花束を握りしめる。
好きな人には一番に花束を手渡したかっただろうに、彼はエリシャの気持ちを優先して駆けてゆく彼女を引き留めなかったのだ。
不器用だけれど健気で優しい彼の想いに泣きそうになる。
このところ涙腺が緩みがちなのが悩みどころだ。
「エリシャ様、本日はご招待ありがとうございました」
ミカはエリシャの姿を認めると、魔法で花束を取り出して差し出した。
「本日の歌姫であるエリシャ様に、お祝いの花束を贈らせてください」
「――っ、あ、ありがとうございます! 大切に飾りますね!」
エリシャは両腕でそっと花束を抱きしめ、嬉しそうに花束を見つめる。
まさか好きな人から花束を貰えるなんて想像すらしていなかっただろう。
心の底から嬉しそうにしている彼女を見て、ミカは優しい笑みを浮かべた。
そんな二人を見守っていると、不意にエリシャが一歩前に出て、ミカに近づいた。
「あ、あの。手に触れてもいいでしょうか?」
「ええ、喜んで」
ミカは膝を地面に突き、美しい所作で手を差し出した。
そうして二人の目線の高さが同じになる。
するとエリシャは、緊張した面持ちでミカの手にそっと触れた。
顔は真っ赤になっており、今にも頭から湯気が立ち昇りそうだ。
「わたくし、妖精たちへの恐怖心を乗り越えられました。魔法薬学準備室に居る妖精さんたちに手伝ってもらって、彼らと交流して――気付いたんです」
これまでに何度も魔法薬学準備室の妖精たちと交流し、少しずつ信頼関係を高めていった。
妖精が怖いエリシャと、人見知りな妖精たち。
そんな彼らが歩み寄っていく様子を、私はただ見守っていた。
信頼関係は、誰かの言葉を鵜呑みにして相手を信じるよりも、自分自身の力で築いてこそ揺るぎないものになると考えていたから。
「全ての妖精たちが呪いをかけてくるわけではない、と。妖精も人も、個性がありますから。そう思うようになってから、あまり恐ろしさを感じないようになりました」
そして築き上げた信頼関係こそが、今後エリシャを後押しする力となってくれると思っている。
(この世界がどんな困難を用意していても、乗り越えられるように成長したと思うわ)
今回の経験を通して、自分は無力ではないと、そう思えるようになったと信じている。
気弱だった彼女が、いくつもの勇気を出して導いた成果なのだから。
「それなのに、妖精が怖いと怯えていて申し訳ございませんでした。勝手に決めつけられて、きっと気分を害されたことでしょう」
「謝る必要はありません。もちろん、妖精の中にはよからぬことを考えている者もいますのでお気を付けください」
ミカが気遣うように顔を覗き込むと、エリシャは小さく飛び上がってしまう。
好きな人の顔が間近にあるから、とても緊張しているに違いない。
「あ、あの……」
「なんでしょう?」
エリシャは深呼吸をすると、
「ミカ様をお慕いしています。わたくしにとって、ミカ様は特別な方です」
と、か細く震える声で伝えた。
「わたくしは幼い頃からずっと魅了の呪いに悩まされ続けていました。私の目を見た異性はことごとく呪いの魔力に操られ、病的なほどに私を追い求めるのです。ですのでもし好いた相手が呪いのせいで私に好意を抱いていたらと思うと悲しくて、恋愛に臆病になっていました」
当時の様子は、ゲームでエリシャの回想を見たから知っている。
呪いに動かされてエリシャを追いかける令息や大人の男性から逃げ隠れ、震えて泣いていた姿や、異性からの好意に疑心暗鬼になっている姿を。
呪いの発動に怯える日々や、相手を信じられないもどかしさは、きっと私が想像している以上に辛かっただろう。
「呪いを防ぐメガネをかけるようになってからも恋をできませんでした。ミカ様に会うまでは」
エリシャ曰く、乱暴な客からエリシャを助け出し、その後彼女の養家族に対して分け隔てなく紳士的に接している姿を見て惚れたらしい。
呪いの事を忘れて片想いをしたものだから、より一層ミカに特別な感情を抱くようになったそうだ。
「初めての感覚に、ずっと浮かれていました。私は臆病な性格ですが、ミカ様のことを考えると勇気が出て、頑張ろうと自分を奮起させられたのです」
だからミカは特別な存在なのだと言い、照れくさそうに俯いた。
「――ありがとうございます。エリシャ様に想ってもらえるとは身に余る光栄です」
ミカはエリシャの手の上に自分の掌を重ねる。
「しかし私はご主人様に身と心を捧げると決めております。心の中ではいつもご主人様のことばかり考えております。そのような私があなたの想いを受け取れば、それはあなたの気持ちを裏切り、踏みにじるようなことになるでしょう」
それは恋とは異なる愛の形。
忠誠とも言えぬ、まだ名前のない想い。
ミカの愛情は、ノエルにしか向けられない。
「優しく気高い心の持ち主であるあなたは、愛されるべきお方です」
だから、とミカは言葉を続けた。
「僭越ながら、あなたにはあなただけを愛する方と結ばれてほしいのです。あなたを誰よりも大切に想っている方がいますから」
「――っ」
エリシャはきゅうっと唇を引き結んだ。
俯いたエリシャと、そんなエリシャを悲痛な眼差しで見守るミカ。
二人の間に沈黙が横たわる。
――ややあって、エリシャが口火を切った。
「……そのような方に、いつか出会えますでしょうか?」
「ええ、すぐにでも出会えるでしょう。いつもあなたのすぐそばで見守っていることを、知っていますから」
そう言い、ミカは視線を私たちに向ける。
上手く隠れていると思っていたけれど、彼には気づかれてしまっていたようだ。
(さ、さすがは元・黒幕(予備軍)の使い魔ね)
不意打ちで視線を投げかけられたものだから、心臓が飛び出してしまいそうなほどバクバクと脈打っている。
(い、いけない。エリシャを見守らないと……!)
暴れる心臓を落ち着かせつつ視線をエリシャに戻すと、彼女は悲し気な笑顔を浮かべている。
その健気な姿に、胸を締め付けられているような痛みを覚えた。
「ミカ様を想って過ごした日々は、わたくしにとって宝物です。素敵な時間をくださってありがとうございました……!」
エリシャは見事なカーテシーをすると、逃げるようにミカのもとから去った。
(ヒロインの恋が必ず実るとは限らないなんて、手厳しい世界ね)
柔らかな髪をふわりと靡かせて去ってゆくエリシャの後姿を見つめていると、隣に居たバージルが走って追いかけてゆく。
彼が手に持っている花束から花弁が零れ、風に乗って宙を舞う。
(次の恋は、上手く実りますように)
エリシャを一番に想い、大切にしてくれる人の存在に気付いて、惹かれ合うことを願って。
私はその場を後にした。
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