16.音楽祭(四)
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魔法印が消え、魔物たちが消え去った後、ディディエとセルラノ先生が負傷者の治療にあたった。
それからほどなくして、音楽堂の魔物退治を終えたグーディメル先生によって生徒と招待客ら全員が招集された。
「今回の魔物は人為的に召喚されたものと判明しました。そこで、宮廷魔術師団のソラン団長とルーセル師団長の指揮のもと、現場検証を始めます」
生徒と招待客たちは音楽堂の中に入り、魔物が現れる前と同じ座席に座るようソラン団長から指示される。
そして到着した宮廷魔術師団の魔術師たちによって一人一人の魔力が確認された。
これから魔法印の痕跡に残された魔力と照合し、犯人を特定するそうだ。
音楽堂に居る全員が緊張した面持ちで各々の席についている。
その様子を眺めていると、とある違和感に気づいた。
(あら? マルロー公とエルヴェシウス伯爵が居ないわ。それに、いくつか空席があるなんておかしいわね)
犯人たちが魔物が現れた時に、混乱に乗じて逃げたのかもしれない。
それなら早く探し出さなければならない。
「ジル、容疑者たちが居ないとノエルに伝えて」
「おう、わかった!」
ジルはヒゲをピクピクと動かしてノエルの心に話し掛ける。
すると程なくして、ヒゲの動きが止まった。
「心配ない、とご主人様が仰っている。何か作戦があるようだ」
「そ、そうなの?」
一体、どのような作戦なのだろうか。
疑問と焦燥で悶々としていると、不意にバンッと音が立ち、音楽堂の扉が勢いよく開いた。
振り返ると、満面の笑みを浮かべるセザールと、数人の騎士たちが中に入ってくるではないか。
「――お待ちください。こちらのお客様方が道に迷っていましたのでお連れしました」
セザールが示す先には青白い顔色になっているマルロー公とエルヴェシウス伯爵、そして彼らの仲間らしき男たちが居て。
全員が騎士たちに包囲され、震えている。
(この騎士たち――王国騎士団だわ!)
その中にはカスタニエさんの姿もあり、どうやら彼らは学園のどこかに控えていたようだ。
(も、もしかして、マルロー公たちが逃げるとわかっていて、わざと泳がせて捕まえたのかしら?)
わざわざ騎士団一つを動かすとは、なかなかの気合の入れようだ。
(そういえば、セザールはニコラ様が襲撃で怪我を負ってから、血眼になって犯人たちを追いかけているとオルソンから聞いたわ)
大切な兄を襲った犯人たちを簡単には許さないだろう。
犯人たちに対して同情するつもりは微塵もないが、これから彼らが経験するであろう過酷な復讐劇を想像すると背筋が凍る。
(ううっ、考えるだけで恐ろしい)
マルロー公たちは騎士たちに包囲されながら席に案内され、震えながら腰かけた。
それからの展開は言わずもがな、魔法印に残された魔力の痕跡がとある招待客の魔力と一致したため拘束された。
しかし、拘束された招待客はマルロー公でもエルヴェシウス伯爵でもない。
――恐らく、エルヴェシウス伯爵が引き連れている下っ端の魔術師なのだろう。
(今回もあの二人の下っ端が捕まるだけで終わるのかしら……)
犯人は学園内に用意していた部屋に連れて行かれ、取り調べを受けることになった。
その間に残りの生徒と招待客たちも、念のため魔力を調査される。
「まだ取り調べしているようね。まさか、犯人がまだ潜んでいる可能性があるのかしら?」
隣の席に座っているルドゥー先生が不安げに呟く。
実際にこの会場には犯人が二人残っているから私も不安で仕方がない。
「それにしても、取り調べにセルラノ先生が協力するなんて意外ね。治癒師が捜査に加わるなんて聞いたことがないわ」
「え、ええ。そうね。何か特別な事情があるんじゃないかしら?」
ソラン団長とルーセル師団長は、今回の犯人も誓約魔法をかけられていると推測して、解除要員としてセルラノ先生に協力を求めた。
二人の読みが当たったようで――。
「エルヴェシウス伯爵、ご同行願います。犯人たちにかけられていた誓約魔法から、先程調べたあなたの魔力が一致しました」
エルヴェシウス伯爵は騎士たちに包囲され、そのまま拘束された。
「誤解だ! わ、私はマルロー公から指示されて――」
「なんだと! 私に罪をなすりつけようとはけしからん!」
「と、とぼけるな!」
言い争う二人の前に、ジュリアンが現れる。
「――エルヴェシウス伯爵には他の嫌疑もかかっている。禁術に触れた罪を償う時が来たんだ」
彼は自分の胸元に手を当て、エルヴェシウス伯爵を睨んだ。
「これまでに没落した貴族たちの領地で起こっていた事と、この体に刻まれた呪いの痕跡を解析すれば、お前の罪が明るみになる。――これ以上、犠牲者を出すつもりはないから心しておけ」
「ジュリアン! 貴様、実の父親を陥れるのか?!」
「陥れるのではない。告発だ。お前の私利私欲を満たす為に犠牲となった人々の為に償ってもらおう」
それに、とジュリアンは言葉を続ける。
「私の親はアレクシア・ソランだ。アレクシア・ソランは私を実験台になんてしないし、地下室に閉じ込めなかった。――もちろん、刺客を送って殺すこともしない。私を、人間にしてくれた人だ」
「――っ、な、何のことを言っているんだ! お前を産み、育ててやった恩を忘れたのか!」
「お前たちは私をこの世に呼び寄せ、実験の為に生かしたに過ぎない」
ジュリアンの水色の瞳が音楽堂を見回す。
ゼスラたちの姿を捕らえると、その目を柔らかに細めた。
その刹那、寂しさや感傷に似た感情が、ジュリアンの表情に落ちる。
「ここに居る生徒たちと交流して気付いた。人とは本来、対等に会話してもらう対価として魔術を発明して渡す必要も、己の身を削る必要もないのだと。生徒たちは何の対価を求めず私を受け入れ、仲間として接してくれた」
誓約の魔法は、幼い頃のジュリアンがエルヴェシウス伯爵に気に掛けてもらうために編み出した魔法だったようだ。
当時のジュリアンの気持ちを想うと、どうしようもなく胸が締め付けられる。
「私はもうお前に縛られない。そして、お前に与えられていた猶予はもう無くなったんだ」
ジュリアンは魔法でエルヴェシウス伯爵を拘束した。
そしてエルヴェシウス伯爵は騎士団に連行されて音楽堂を出る。
調査はその後も続いたが、マルロー公が連行されることはなかった。
(結局、マルロー公は逃げのびてしまったわね)
実際に今回の事件は彼が直接手を下したわけではないから、証明しようがないのだけれど。
それでも、まだこの極悪人を野放しにしてしまうのが悔しい。
(だけど、バッドエンド回避に向けてまた一歩前進したのは間違いないわ。これからも気を引き締めて、あいつから生徒たちを守りましょ)
そう決意して、マルロー公を睨みつける。
――結局この日は音楽祭が中止になり、後日改めて再開することになった。
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