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このたび、乙女ゲームの黒幕と結婚しました、モブの魔法薬学教師です。  作者: 柳葉うら
第十章 黒幕さん、一緒に青春を見守りましょ!
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13.音楽祭(一)

更新お待たせしました!

「いよいよ音楽祭が開幕するわね。緊張するわ」


 私は目の前に聳え立つ音楽堂を見上げる。


 今日は音楽祭当日。今は入場が始まり、生徒や招待客たちが会場内に入っている。

 その様子を遠くから見守っていると、サラたちの姿が見えた。――そしてマルロー公とエルヴェシウス伯爵の姿も。


(できる事なら、あの二人を音楽堂から締め出してやりたいわ)


 魔物にイザベルを襲わせる上に、生徒たちの晴れ舞台を邪魔するなんて許せない。


 しかし残念なことに、まだ何も起こっていないから彼らを咎められない。

 悔しいけれど、彼らが問題を起こす瞬間を捕らえるしかないのだ。


「絶対にイザベルを守り抜くわ!」

「やい、小娘。余計な事はするなよ。ご主人様や俺様が居るんだから、小娘は小娘に与えられた役目だけこなせばいい」

「な、なによ。私がいつも余計な事をしてばかりのような口ぶりね」

「本当の事だろう」

「何ですって!」


 ギロリと睨んでも、ジルはどこ吹く風だ。退屈そうに大きな欠伸をしている。


「ご主人様がどうにかするのだから、小娘は小娘が与えられた仕事を全うしろ」

「わかっているわよ。生徒たちの安全を第一に行動するわ」

「その舌の根も乾かぬうちに何かやらかしそうでならんな」

「失礼ね。勝手に決めつけないでくれる?」


 まだまだジルに言いたいことがあったが、音楽祭の開幕時間が迫っているから言い合いは後だ。


 私は音楽堂に入ると教員用の席に座り、周囲を見回した。するとすぐ近くにノエルを見つけた。

 ノエルは人間の姿をしたミカと並んで座っており、二人で何やら話をしている。


(一体、何の話をしているのかしら?)


 二人とも穏やかな表情だ。楽しい話をしているのかもしれない。

 しかしミカは話を中断して体を捻り、背後に視線を向ける。彼の視線の先に居るのは――エリシャだ。


 どうやらエリシャはミカをじっと見つめていたらしい。その視線に気付いたミカに見つめ返されてしまい、戸惑っているようだ。顔を真っ赤にしている。


(ふふ、甘酸っぱいわね)


 エリシャの可愛らしい反応に微笑ましくなるけれど――彼女の隣でショックを受けた表情を浮かべているバージルを見ると、思わず彼に同情した。


(頑張れ、攻略対象――……)


 いつか彼の片想いが成就するよう祈った。それは同時にエリシャの失恋を願う事でもあるから、彼女には申し訳ないのだけれど。


「ああ、もう始まるわね」


 客席を照らす魔法灯の光が落とされて暗くなり、対照的にステージを照らす灯りが煌々と明るさを増す。


 司会者らしき生徒が中央に歩み寄り、音楽祭の開幕を告げた。


「まずは演奏部からだわ。その次が合唱部ね」


 するとジルは足元でゴロリと横になる。その場でクネクネと体を床に擦りつけた。


「これがずっと続くのか。退屈だな」

「ジルもミカのように少しは芸術を嗜みなさい」

「ふん。そんなものは力の足しにならんから必要ない」

「芸術は心を養えるのよ」

「俺様は力が欲しいんだ。何者にも負けない力しか要らない」


 ジルと言い合っているうちに演奏が始まった。

 演奏は学年順で、今は一年生が演奏している。


 初めの楽器は竪琴だ。ステージの中央に置かれた竪琴は、演奏者により音色の雰囲気を変えていく。

 奏でられた音色が会場中に響き渡り、心地よい空間を作り出す。


(いつものように音楽祭を楽しみたいのに、今回はマルロー公たちのせいでゆっくり聴けないわね。本当に残念だわ)


 演奏を聴きつつ、横目でマルロー公爵たちを盗み見る。彼らがいつ魔物を呼び寄せるのかわからないから、注意を払っていないとならないのだ。これでは全く音楽に集中できない。


 そっとため息をつくと、不意に足元に居るジルが膝の上に乗ってきた。

 ジルが自ら膝の上に乗るなんて珍しい。彼は自分を「高潔な猫妖精だ」と主張し、私の膝の上には乗りたがらないのだ。


「ジル、どうしたの?」


 小声で問いかけると、ジルは神妙な眼差しで私を見上げた。

 ノエルと同じ、紫水晶のような瞳で。


「小娘……来るぞ」


 緊張感が孕む声で、そう言った。その次の瞬間、客席の中央部分に不気味な光が迸り、魔法印を描いた。


(魔物の召喚が始まったんだわ!)


 私はジルを抱えて立ち上がり、声を張り上げて出入口付近に居る警備員に指示を出した。


「出入口を開けて!」


 警備員たちは弾かれるようにして扉を開ける。これで左右と後方の逃げ道を確保できた。


「近くにある扉から外へ避難して。音楽堂から出た後は防御魔法で自分の身を守りなさい!」


 悲鳴が上がる前に指示できてよかった。あと一歩遅れていたら、悲鳴とどよめく声にかき消されてしまっていただろう。


「魔物だ!」

「魔法印から魔物が出てくるぞ!」


 魔法印が現れた方を見ると、大人の男性ほどの大きさの鳥の魔物が姿を現わした。

 赤く光る瞳が四方八方を見回す度に、騒めく声があちこちから上がる。


(まさか……イザベルを探しているの?)


 その動きはまるで、主人から教え込まれた対象を探しているようにも見えてゾッとする。

 魔物は貴賓席に居るイザベルの姿を捕らえるや否や、大きな翼を動かして彼女に襲い掛かる。


「セラフィーヌさん!」


 彼女を守ろうと駆けだしたその時、ルーセル師団長とソラン団長が結界を張った。

 結界は魔物を弾いているが、魔物は何度も結界に突進してイザベルを攻撃しようとしている。


(ルーセル師団長とソラン団長の二人が守っているのだから、大丈夫よ……)


 自分にそう言い聞かせていると、腕の中に居るジルが尻尾で私のドレスを叩く。


「ほら、言わんこっちゃない。あの澄ました小娘の事は魔術師たちに任せておけ。小娘は小娘の役目を全うしろ」

「ええ……そうね。体が勝手に動いてしまったわ」


 もふもふの見張り役が叱ってくれたおかげで気持ちを切り替えられた。生徒たちの周りに防御魔法を展開し、魔物から守る。


「みんな落ち着いて避難して! 魔物は教員たちで対処するから安心して!」


 声を張り上げている所為で喉がひりつく。痛みのあまりむせていると、セルラノ先生が治癒魔法で喉を癒してくれた。

 セルラノ先生の手から放たれた光が喉の中に消えていくと、痛みがすっと引いていく。


「ありがとうございます。喉が潰れそうだったので助かりました」

「主の大切な方のお役に立てて嬉しいです」


 それにしても、とセルラノ先生が言葉を続ける。


「あの魔物は明らかにセラフィーヌ公爵令嬢――次期王妃を狙っていますね。犯人は何を目論んでいるのでしょうか。彼女を殺めて空席になった王妃の座に己の娘を就かせたいのか、それとも即位したばかりの国王を王座から引きずり下ろす手始めとして次期王妃を襲い、セラフィーヌ公爵家と王族の結託に綻びを作ろうとしているのか……」


 ――マルロー公たちがイザベルを狙う理由。


 それをマルロー公たちから直接聞いていないが、私は彼らがセラフィーヌ公爵家を没落させる為に動いているものだと思っている。


 セラフィーヌ公爵家が没落すれば、ノックス王国の公爵家は二つだけとなり、マルロー公爵家は威厳を取り戻せる。そしてエルヴェシウス伯爵はセラフィーヌ公爵領にあるセラの聖遺物を手に入れられるから――。


「暴君だった父王を殺して即位した、国民想いで正義感のある王は多くの国民に期待を抱かせていますね。その期待はいいものばかりではないでしょう」


 セルラノ先生の青みがかかった銀色の瞳がノエルの姿を映すのを見て、どことなく違和感を覚えた。


「即位して間もない若い国王なら屠れるかもしれないと虎視眈々と彼の首を狙い、国中を引っ掻き回して玉座から引きずり下ろし、次代の王を座らせようとしているのやもしれません」


 セルラノ先生はおとぎ話を語るような淡々とした口調で恐ろしい未来予想図を口にする。

 そして夢想に耽るような眼差しで、ノエルを見ているのだ。


(どうして今、ノエルを見ながらそのような話をするの……?)


 確かにアロイスは、一部の貴族たちから命を狙われたり彼を陥れる罠を仕掛けられたりしている。

 その未来はゲームで予習済みで。理事長やマルロー公たちがその陰謀に加担しているのだとわかっている。

 

 けれどセルラノ先生の話を聞いていると――ゲームには無かった展開が動き出してしまったような気がして、不安に駆られるのだ。


(今のセルラノ先生はまるでノエルが次代の王になればいいのにと、思っているように見えるのは……気のせい、かしら?)


 そしてなぜか、戴冠式の日に理事長がノエルに王笏を渡した時の事が思い出された。


(あの時、理事長はノエルに――)


 記憶を手繰り寄せていると、突然指に痛みが走った。


「痛っ――ジル、何てことするの!」


 手を見ると、ジルが噛みついていたのだ。力加減をしてくれたのか血は出ていないけれど、突然の事で驚いた。

 

「やい、小娘。今日はいつも以上に集中力が欠けているぞ。さっさとガキんちょたちを守れ」

「そ、そうね。レイナルド先生、今は推理する前に生徒たちの安全を優先させましょう」

「……ええ、そうですね。非常時に雑談を持ちかけてすみません」


 セルラノ先生は穏やかに微笑むと、生徒たちに声を掛けて怪我人が居ないか確認をし始めた。


「小娘、今はあいつの言葉を全て忘れろ。ガキんちょたちを守りたいんだろ?」

「ええ。怒ってくれてありがとう、ジル」


 私はジルをぎゅっと抱きしめると、生徒たちの誘導に専念した。

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