03.ファビウス夫妻の緊急対策会議
それから私は、ダルシアクさんとウンディーネの事が気になって仕方がなかった。
居ても立っても居られず、ノエルが迎えに来てくれるなりすぐに相談した。
「ノエル、このままだとダルシアクさんとウンディーネが離れ離れになってしまうわ! なんとかして二人をくっつけましょう?」
「そうはいっても、ウンディーネがあの調子だと難しくないか?」
「ううっ……」
言わんとしている事はよくわかる。
ウンディーネがダルシアクさんを恋愛対象として見ていないのにくっつけるのは難しいだろう、ということよね。
ノエルも今までに何度も、ウンディーネに恋バナを聞かされているダルシアクさんを目撃しているから、勝算は無いと踏んでいるようだ。
「でも、ウンディーネは事あるごとにダルシアクさんと一緒に居るのだから、それなりに好いていると思うのよ。気付くきっかけが必要なのだと思うわ」
私たちの結婚式のときはずっと二人で居たし、お祭りがあればダルシアクさんと一緒に見て回っていた。
ウンディーネは全く気付いていないようだけど、当たり前のようにダルシアクさんを呼んで二人で遊びに行っているのよね。
……無自覚なのが厄介ね。どうしたらウンディーネに気付いてもらえるのかしら?
うんうんと唸っていると、目の前に紅茶が出された。
いつの間にかノエルが紅茶を淹れてくれていたようで、ふわりと甘い果物の香りがティーカップから香る。
「今日はずっとその事で悩んでいたようだね。紅茶を飲んで気分転換すればいい」
「……ありがとう」
紅茶を一口飲むと、じんわりと体が温かくなる。
熱過ぎず温くない、ちょうど良い温度で淹れてくれている。
ノエルらしい気遣いが感じられ、胸の中が温かくなった。
ホッと一息ついたその時、準備室の扉が勢いよく開く。
「レティシアー! 遊びに来たわよー!」
ノックもせずに入って来たのはウンディーネだ。
噂をしたから呼び寄せられたのだろうか、と偶然の出来事に驚いてしまった。
「ウンディーネ!」
「二人が帰る前に会えてよかったわ。実はさっきまで街に居たんだけど、気になる人を見つけて今すごくドキドキしているの!」
衝撃的な告白を聞いてしまい、後頭部を殴られたような衝撃を覚えた。
この恋多き精霊は、つい先週失恋したばかりなのに、もう新しい恋を見つけてしまったらしい。
唖然としている私なんてお構いなしで、いつもの如く恋バナを始まってしまう。
ダルシアクさんがこの国を去るというのにちっとも寂しそうではないわね。
確かにこの状態だとダルシアクさんの勝算は……見込めないのかもしれない。
途方に暮れつつウンディーネの話を聞いていると、不意にノエルが私の手を握ってきた。
どうしたのかしら、と不思議に思って振り向けば、ノエルは黙って頷いてみせてくるだけで。
もしかして、「俺に任せろ」と言いたいのかしら?
ノエルは育ちがいいから、「俺」とは言わないだろうけど。
「一体、どんな騎士を見つけたんだ?」
「逞しくて豪快な人よ!」
「へぇ、ウンディーネの好みそうな人だね。ローランには話したのかい?」
「いいえ。話したかったのだけど、家に行っても居なかったのよねぇ」
「ああ、引っ越しの準備に追われているんだろうね。週末にはこの国を出ていくから、必要な物を揃えたりしているんじゃないかな?」
「え?」
ウンディーネはきょとんとした顔になり、首を傾げた。
そんな彼女に釣られ、私も首を傾げてしまう。
もしかして、ウンディーネはダルシアクさんがこの国を去るのを知らないのかしら?
すると、ノエルは穏やかな笑みを浮かべて、
「行き先はまだ決まっていないようだけど、ここからうんと離れた国に行きたいと言っていたよ。そうそう会えなくなるから寂しいものだな」
なんて、いけしゃあしゃあと嘘を吐いている。ダルシアクさんがどの国に行くのか知っているくせに。
おまけに、茫然とした表情のウンディーネに対して、「もしかして、何も聞いていないのか?」と問いかけてあざとく小首を傾げた。
「だ、誰がこの国から出ていくのよ?」
「ローランだ」
「嘘よ。一昨日会った時にはそんな事、全く言っていなかったわよ!」
頬を膨らませて抗議するウンディーネだけれど、瞳が揺れて頼りなげだ。
こんなにも気弱そうな彼女を初めて見た。
「嘘ではない。明日には魔術省を辞めるから、今は後任に付きっきりで引継ぎをしているところだよ」
「何で、私に話してくれなかったの……?」
ウンディーネの顔は驚愕に染まり、続いて泣きそうな顔になり、そして最後には、眉を吊り上げ怒りに震え始める。
くるくると表情が変わるものだから、私もノエルも言葉を掛ける暇がなかった。
「私に黙っていなくなるなんて許さないわ! ローランを問い質してくる!」
百面相を見せてくれた後、彼女は準備室を飛び出してしまった。
バタンと扉が閉まる音がすると、途端に静寂が落ちる。
「嵐のようだったな」
ノエルはぽつりと呟き、立ち上がって紅茶を淹れ直し始めた。
「レティが心配しなくても、あの二人は上手くいくと思うよ」
「そうだといいのだけど……」
ノエルは確信しているようだけど、私は未だに不安でいっぱいだ。
あの二人にはこれからも一緒に居て欲しいと願ってしまう。
ダルシアクさんはウンディーネの事が好きで、ウンディーネもまたダルシアクさんの事がそれなりに好きなのだと思うのよね。
騎士が好きだと公言しているけれど、ダルシアクさんと話している時の方がウンディーネは生き生きとしているし楽しそうだ。
意中の騎士に好きになってもらおうと努力しているウンディーネは素敵だけど、親友としては、ありのままの彼女を好きになってくれる人と幸せになってもらいたいのが本音だ。
その点、ダルシアクさんはありのままのウンディーネに惚れてくれているから、いい相手だと思うのよね。
これまで碌でも無い騎士に引っかかって来たウンディーネには今度こそ、誠実な人と結ばれて欲しいもの。
何か良いアイデアがないかと頭を捻っていると、頬に柔らかな熱が触れる。
気づけば差し向かいの席に座っていたノエルが隣に居る。いつの間に移動したのやら……。
ちゅっと音を立ててキスする仕草がわざとらしく、且つ甘ったるい。
「レティ、あまり余所見ばかりしないでくれ。独り占めしたくて堪らなくなる」
「ひえっ」
次いで砂糖を煮詰めたような甘い言葉を聞かされ、むせそうになった。
手下に悲恋が待ち受けているかもしれないのに、ちっとも気にしていないように見える。
ノエル、少しは手下の事を考えてあげなさい。
私はこっそりと溜息をついた。
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