08.不安を分け合って
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(また、だわ……)
ビゼー領から戻ってから程なくして、ノエルの心配性に拍車がかかっているのだ。
というのも、ビゼー領で魔物が現れた時にジュリアンが聞いた声の内容がノエルを不安にさせている。
(邪神が、何もかも奪うと言ったから――)
声の主――邪神は本来自分が持っていた月の力をノエルに奪われたと主張しているらしい。
その仕返しとして、ノエルから何もかも奪うと言っていたそうだ。
「心配してくれてありがとう。きっと大丈夫よ。私たちには仲間が居るんだから」
先代の国王と立ち向かう際に、沢山の仲間ができた。
家族や義家族、そして教え子たちや――ルーセル師団長やカスタニエさんたちのような仲間が。
「ノエルが大切なものを奪われるのを黙って見ていられない仲間たちが、たくさんいるのよ。だから、そんな悲しい顔をしないで」
もちろん気休めで言っているのではない。彼らは何があっても絶対にノエルの味方でいてくれるし、ノエルの敵を許さないとわかっている。
ノエルはもう、孤独を抱え、復讐に燃える黒幕(予備軍)ではない。
「あなたには私がいるし、私だけではなくて、沢山の仲間がいる事を、忘れないでね」
「――ああ」
ノエルは何かを噛み締めるようにゆっくりと頷く。
そして長く繊細な睫毛が伏せられ、ノエルの目元に影が落ちた。
拭いきれない不安を抱えるノエルに少しでも安堵を感じてほしくて、彼の首に腕を回して抱きしめる。
「大丈夫。もう何者にも、ノエルから大切なものを奪わせないから」
「ありがとう。悲観ばかりではないんだ。私たちには光の力を使える強力な切り札がある。どのみちこの先、ノックス王国としても邪神との対峙は避けられないだろう。その際にリュフィエとミュラーさんの力が邪神を退けてくれるはずだ」
「そう……ね」
ノエルの考えも一理ある。この世界ではヒロインたちの力に勝るものはない。
――彼女たちが宿した力は、この世界を治める女神様の力なのだから。
(だからきっと、大丈夫よ)
正直に言うと、あの子たちを危険に晒したくない。しかし今、あの子たち以外に対抗できる力が無いのだ。
(あの子たちに頼るしかないなんて我ながら情けないわ)
来たるべき日まで彼女たち守り、それと同時に他の対抗策を見つけ出さなくては――。
「まだまだ問題が山積みね。目の前の事からでも解決していかないと行き詰まってしまうわ」
「ああ、まずは――そうだな。ミュラーさんの件を解決しなくてはならないだろう?」
ノエルの表情にいつもの穏やかさが戻り、胸を撫で下ろした。
これまでに沢山悲しい思いをしてきた彼には、これ以上不安や悲しさを抱いて欲しくないのだ。
「ええ、あの子の力の覚醒に、妖精への恐怖心の克服に、――ミカやバージル殿下との関係もあるわね」
「大忙しだ」
「あと、音楽祭を無事に終える事もあるわ」
何気なく挙げて、ふと気づく。音楽祭にはエリシャとバージルの重要な場面がもう一つあるのだ。
(今のあの子たちは一年生だから、ゲーム通りの行動を起こすかわからないけれど……)
音楽祭でホールに立って歌う事に緊張と不安を抱くエリシャの為に、バージルが外出日に歌を聞かせに音楽堂へと連れて行く場面がある。
(もしバージルが行動を起こすとしたら、今週末の外出日だわ!)
そこで歌手の歌声に魅せられるエリシャに、バージルは「俺はエリシャの歌声が一番心に響く」と言い、彼女を勇気づける。
(……そう言えば、音楽祭の帰りに理事長に会うわね)
知り合いに招待されていた理事長はエリシャを見つけ、声を掛ける。
――『音楽祭の勉強に来たのかい?』
理事長はエリシャにそう問いかけた。
コクリと頷くエリシャは、自分ではあの歌手のように堂々と歌えないと不安を零す。すると一瞬だけ、理事長が微笑みを見せた。
――『歌は人の心を揺り動かす。時として治癒魔法のように人の心を癒すんだ。先ほどの歌手の歌声が幾人もの心を癒しただろう。――初めて君の歌声を聴いた私のように』
彼の言葉にエリシャは息を呑んだ。あの日、理事長が声を掛けてくれたのは一重に彼女の歌声に魔法が込められているからだけだと思っていたから驚いたのだ。
――『音楽祭に訪れる観客の中にも、君の歌声が必要な人が居るかもしれない。だから他者の目が気になるのであれば、あの食堂で歌っていた時ように誰かの為に歌えばいい。そうすれば外野の視線も、余計な雑音も気にならないだろう』
理事長の言葉を聞いたエリシャは使命感を覚え、音楽祭の当日、覚悟を決めて舞台に上がる。
そのような出来事もまた、この週末に起こり得るかもしれない。
(う~ん、気になるわね)
とはいえ、エリシャとバージルに直接週末の予定を聞くわけにもいかない。
あれこれ探られるのは嫌だろう。
そこでふと、閃きが舞い降りる。
(私とノエルが、偶然その場に居ればいいのよ!)
二人で居れば、偶然鉢合わせしても、週末にデートで歌を聴きに来たと言えばいいだけだ。
我ながらいい作戦を思いついたものだ。
その名も、【ブルー☆スプリング見守り作戦】!
さり気なく青春を見守ろう。それなら、すぐに入場券を手に入れる必要があるから今日中にでも動いた方が良さそうだ
「ねえノエル、今週末、一緒にデートに行きましょう?」
「――ゴホッ」
優雅に紅茶を飲んでいたノエルが、いきなりむせてしまった。
「だ、大丈夫?!」
「ああ、幸せ過ぎて紅茶が気管に入っただけだ」
「どんな理屈なのよ?!」
幸せでむせるなんて聞いたことなんてなく、夫の身に起きる超常現象に不安を覚える。
そんな私の心配をよそに、夫は片手で頬杖をつき、目を甘く細めて私を見つめる。
「どこに行きたいのか決まっているのかい?」
「ええ、王都の音楽堂に行きたいの。丁度、有名な歌手が来ているでしょう?」
「……ふむ。その他に行きたい場所は?」
「特にないわね」
「それならレストランを予約しておこう。夕方までは公園を散歩して植物を見るのはどうかな?」
と、ノエルは瞬く間に予定を立てていく。
ただデートに行こうと提案しただけで、あっという間に完璧な予定を立ててくれる。さすがは仕事の出来る元・黒幕(予備軍)だ。
「す、素敵な案ね。ただ……上演が終わった後はしばらく音楽堂の周辺に居ても良いかしら?」
「音楽堂の周りで何かあるのかい?」
さすがにノエルは訝しんだようで、形の整った眉を顰める。
「あのね、エリシャとバージル殿下が音楽堂に居るかもしれないのよ。ゲームでは二人が外出日に歌を聴きに行く場面があったから……!」
「それはつまり……、デートという口実で生徒たちの様子を見に行きたい、という訳か」
「まあ、そう言うことになるわね」
「……そうか、生徒たちを、ね」
「ノエル?」
夫は目を閉じ、悟りを開いた修行僧のような穏やかな顔つきになる。
「生徒たちの……ついで……か。珍しくレティから誘ってくれたから浮かれてしまった……」
そして聞き取れないほどの小さな声で唱え始めた。経典でも唱えているのだろうか。
「いつになったらレティの一番になれるのだろうか……」
そう言い、ノエルは机の上に突っ伏してしまった。