06.小さな決断を重ねて
更新お待たせしました!
バタバタとしており、なかなか更新できずすみません…(;;)
エリシャは音楽室でミカに誓いを立てて以来、本格的に妖精を克服し始めた。
「ファビウス先生、お邪魔します!」
「あら、いらっしゃい」
彼女は毎日放課後になると魔法薬学準備室に来て、妖精たちに会うようになったのだ。
普段は人見知りの妖精たちだけれど、エリシャは大丈夫のようで。さすがヒロインは違うなと思う。
ちなみに、バージルが居ると妖精たちが隠れてしまうから、彼には離れてもらっている。
(まあ、どこかで待機してすぐに迎えに来るんだけどね)
いつもエリシャが帰る絶妙なタイミングでお迎えに現れるのだ。そんなところがノエルに似ており、兄弟だなと思う。
『あ~、エリシャだ~』
『握手する~? 大丈夫~?』
『今日は一緒にお喋りするだけにしておく~?』
妖精たちは「妖精への恐怖を克服するお手伝い」を新しい遊びだと思っているようで、ノリノリで協力してくれている。
(もちろん、無料で動いてくれている訳ではないのよね……)
この現金な生き物たちは、エリシャがいつもお菓子を持って来てくれているから彼女に協力的だ。
「き、今日は、皆さんにお菓子を手渡ししたいです……!」
そう言い、彼女はバスケットを取り出して蓋を開ける。
バスケットの中には美味しそうなマフィンやマドレーヌやクッキーが並んでおり、妖精たちが歓喜の舞を踊り始めた。
「どれも美味しそうね。もしかして、ミュラーさんが作ったの?」
「はい。養母が教えてくれたんです」
「わあっ! すごいわね。私も食べて良いかしら?」
「ぜひ! お口に合うといいのですが……」
もちろん、エリシャの特技がお菓子作りという事をゲームで予習済みだから知っている。
「美味しい!」
「ふふ、そう言っていただけて嬉しいです」
彼女が作るお菓子は攻略対象たちに人気で。私も一度は味わってみたいと思っていたから、食べるチャンスが巡って来て嬉しい。
『レティシアが先に食べるなんてずるい~!』
『僕たちも食べる~!』
食いしん坊な妖精たちは目くじらを立てて抗議し始めた。
「す、すみません! 今すぐみなさんにお渡ししますね!」
エリシャはふるふると震えるてで妖精たち一匹一匹にお菓子を配った。
そんなエリシャだけれど、満面の笑みでお礼を言う妖精たちを見ると彼らへの警戒心が和らいだようで。
「いっぱい作って来ましたのでおかわりもありますよ」
『わ~い!』
『さすがエリシャ~!』
『できる子~!』
喜ぶ妖精たちに、エリシャも笑顔を返した。
「ところで、音楽祭の練習はどう?」
「どうにか上手くいっています。ピアノの伴奏はゼスラ殿下がしてくれることになったので、今は練習に付き合ってもらっています。……バージル殿下とストレイヴさんが時々喧嘩して、てんやわんやしているんですけれど、概ね順調です」
「……そう。賑やかそうね……」
練習風景が目に浮かぶと、頭が痛くなる。
大方、エリシャと過ごす時間が減って拗ねているバージルがゼスラに八つ当たりをしたのだろう。そして、その様子を見たイセニックが激怒したに違いない。
(二人が穏やかになってくれるといいんだけれど……)
エリシャを一番に想うバージルと、主人が一番のイセニックがお互いに引かないから大変なのだ。
「ミュラーさん、楽しく歌えているかしら?」
「え、ええ……」
エリシャは曖昧に答えると、元貴族令嬢らしく優雅な所作でティーカップを持ち上げて紅茶を飲む。
ティーカップが下がると、浮かない表情が垣間見えた。
(表情が硬いわね。まだ気を張っていそうだわ)
学級代表としていい成績を残さなければならないと、プレッシャーを感じているのだろう。
けれど、そのような状態ではエリシャの本来の歌声を引き出せない。
(楽しく歌ってほしいな)
音楽祭は学級対抗行事ではあるけれど、一番大切なのは、学級のみんなが力を合わせて練習をすることだ。だからエリシャ一人で責任を抱えず、みんなと力を合わせて高め合ってほしい。
(そうだわ。まずは歌の楽しさを思い出してもらいましょう)
今は義務感で歌っているだろうけれど、本来の彼女は何よりも歌うことが大好きなのだ。その感覚を取り戻してほしい。
「ねえ、ミュラーさん。あなたの歌を聞きたいんだけれど、聞かせてくれるかしら?」
「えっ……今ですか?」
「ええ。どんな歌でもいいわ。あなたが一番好きな歌が知りたいわ」
エリシャは人差し指同士を突き合わせつつ、口をぱくぱくとして慌てている。
(いきなり歌ってと言ったから、戸惑ってしまったかしら……)
私は慌てて、
「もちろん、強要はしないから安心して。それに、歌に採点だってしないわよ? ただ、ミュラーさんの好きな歌を聞きたいと思っただけだから」
と付け加えた。すると、先程までお菓子に夢中だった妖精たちがわらわらと集まってくる。
『エリシャ歌うの?』
『僕たち歌聴くの好き~』
『早く歌って~!』
好奇心の塊である妖精たちは、遠慮なんて知らない。だからエリシャをぐるりと囲み、目を輝かせてエリシャの歌を待機している。
「わ、わかりました……! あまり上手くないのですが、歌います!」
エリシャは両手をグッと握りしめ、気合たっぷりに宣言する。
彼女は胸の前に手を組むと、深く息を吸い込んだ。そして、歌い始める。
(綺麗な声。それに、心が温かくなるわね)
エリシャの歌声は優しく、しっとりとしていて。
心に直接響いてくる。
『エリシャの歌好き~』
『心がね、あったかくなるの~!』
妖精たちはうっとりとした表情でエリシャの歌を絶賛している。
かつて歌の妖精がエリシャの歌声を聞いて現れたくらいなのだから、妖精たちにとっても素敵な歌声なのだろう。
『素敵~!』
『エリシャ上手~!』
妖精たちの声援が彼女の緊張を解したのか、エリシャの声はどんどんのびやかになってゆく。
そしてエリシャが歌い終わると、私と妖精たちは拍手したり歓声を上げたりと、忙しなく彼女を称えた。
「ありがとうございます……! みなさんにそう言っていただけると嬉しいです」
『エリシャ謙遜している~』
『もっと自信もって~』
妖精たちは机の上でピョンピョンと跳ね、エリシャに訴えかけている。
『それにね~、エリシャの声には特別な力があるの~』
『そう~! きっと光の力~!』
「ええっ?! わたくしの声に魔力が?」
エリシャは驚いて目を瞬かせている。思いがけず、ヒロインに歌声の秘密を教える役を、妖精たちがかっさらってしまった。
(ゲームでは理事長が教えていたけれど、今の二人は接点がないからこれでいいのよね……?)
きっと、エリシャの力が覚醒するための準備が、着々と進んでいるのだろう。
(音楽祭、何かが起こりそうね)
何が起こっても、生徒たちを守ってみせる。
私はそう決意しつつ、エリシャにアンコールを強請った。
すると、魔法薬学準備室の扉を忙しなくノックする音が聞こえ――。
「おい、もういいだろ?!」
扉がバンッと開きエリシャを待ちくたびれたバージルが部屋の中に入ってくる。
『きゃ~っ』
『ツンツンした王子~!』
『ジルが言っていた人間だ~!』
彼の姿を見た妖精たちが蜘蛛の子を散らすように消えてしまう。
「バージル殿下! 妖精たちが怖がって逃げてしまいましたよ!」
そして、エリシャに叱られると、バージルはしゅんとした表情になるのだった。