04.黒幕さんの思惑
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急にノエル――夫が音楽室に現れたものだから、浮かれた生徒たちがひゅうひゅうと囃し立ててくる。
そんな中、部屋の隅に居たエリシャがおずおずとノエルに歩み寄って来た。
「あ、あの……ファビウス侯爵にお願いがあるのですが……」
「ん? どうしたんだい?」
エリシャはとても緊張しているようだ。両手を胸の前に組み、ぎゅっと力を込めている。
何やら重要な話がありそうだ。
「わたくし、音楽祭の歌唱部に出場するんです」
「おや、学級代表に選ばれるなんてすごいね。応援しているよ」
「ありがとうございます。それで……あの……、図々しいとはわかっているのですが、お願いがありまして……」
「気にしないで、言ってごらん?」
皆が見守っている中、エリシャは決意した顔になると、
「ミカ様を、音楽祭に招待してもよろしいでしょうか?!」
と、音楽室中に響く声で叫んだ。
「わたくし、ミカ様の為に歌いますので、ミカ様に聞いていただきたいんです……!」
いつもは大人しいエリシャの積極的な行動に、同級生たちは「おおっ!」と感嘆の声を上げる。
私も恋する乙女の行動力に感激し、気付けば手が勝手に動いて拍手していた。
「なるほど。ミカを音楽祭に連れてきたらいいんだね?」
「あ、あの……もしミカ様のお仕事の邪魔にならなければ、そうしていただきたいです」
「ミカの予定は私が何とかするから気にしなくていい」
と、ノエルはエリシャのお願いに前向きのようだ。
「――ミカ、話は聞いただろう?」
ノエルがそう呟くと、彼の隣に光の粒子が現れる。
キラキラとした光が消えると、そこには犬の姿をしたミカが居た。ノエルが呼び寄せたようだ。
「はい、全て聞かせていただきました。ご主人様から許可をいただけるのであれば、是非とも音楽祭に招待いただきたいです」
ミカは粛々と答える。人間の姿の時と変わらず洗練された佇まいで、ノエルの側に控えている。
しかし、ミカがどんなに侍従らしい振舞をしても、周りから見ると行儀がいい犬にしか見えない。
(ど、どうしよう……。エリシャは人間の姿をしたミカしか知らないのに!)
ノエルもミカも、ミカがエリシャの前で犬の姿になっている事を気にしていないようだけれど、私は大いに気にしている。
今から誤魔化すべきか迷っていると――。
「いいよ。私も気になっていたから二人で行こう」
「畏まりました。それでは、当日に向けての仕事の予定を調整しますね」
二人はどんどん話を進めている。
(エ、エリシャは大丈夫かしら?)
急に犬の姿のミカが現れたのだから、さぞかし混乱しているだろう。
エリシャの様子を窺ってみると、愕然とした表情で犬の姿のミカを見つめていて。
好きになった人が人間ではなく妖精だったのだから、しかも、犬の姿をして現れたのだから、驚くのも無理もない。
「ミカ様が……犬の姿に?」
「正しくは犬ではなく、犬妖精です。私は使い魔としてご主人様に仕えています」
「――っ!」
妖精と聞くや否や、エリシャはプルプルと震え始めた。
たとえ相手がミカであったとしても、妖精はやはり怖いようだ。
(ええっ?! もうエリシャにカミングアウトするの?!)
そうするつもりなら、あらかじめ私にも言ってほしかった。何事にも心の準備が必要なのだから。
「ずっと騙していて申し訳ございません。本当はもっと早くにお伝えするべきだったのですが、エリシャ様を怖がらせるわけにはいかないと思い、隠していました」
ミカは人間の姿になると、エリシャに頭を下げて謝罪の意を示した。
心優しいミカは、エリシャの怯えている表情を見て心を痛めているらしい。眉尻を下げ、悲痛な面持ちでエリシャを見つめている。
(急にミカの正体を明かすなんて……ノエル、一体何を企んでいるの?)
ノエルを睨みつけると、ノエルはただ微笑みを返してくるだけ。何か企んでいるようだけれど、思惑を掴めないでいる。
「ミュラーさん、私からも謝罪させて。ミカの正体をいつ伝えようか迷っていたの」
「いいえ、先生たちはわたくしを想って隠してくださっていたのですから、謝らないでください」
大きなショックを受けているだろうに、エリシャは弱々しく微笑んで許してくれた。そして、彼女はゆっくりと震える足を前に進め、ミカに歩み寄る。
彼女がどうしてミカに近づくのかわからず、ただ黙って見守った。
「妖精って、恐ろしい生き物だと思っていました。いきなり現れて悪戯してきますし、気分屋ですし――」
魅了の呪いに苦しめられ続けたエリシャにとって、妖精はとても恐ろしい存在だ。それでも彼女は、ミカから逃げようとしない。
「でも、ミカ様のような心優しい妖精もいるんですね」
「エリシャ様……」
「わ、わたくし……、妖精を怖がらないようになります!」
「え?」
「ミカ様、わたくし頑張るので、どうか待っていただけませんか?!」
「待つ……ですか?」
「はい! 妖精への恐怖心を克服したら、ミカ様に告白させてください!」
予想外の事態に、思考が一瞬停止してしまった。
エリシャは妖精が苦手で、ミカは妖精で……それなのに何故、エリシャはミカに告白しようとしているのかわからない。
「私に、告白を……?」
「ええ、たとえミカ様が妖精であったとしても、この想いは消えませんから伝えさせてください……!」
相手が人間ではなくても、そして自分が苦手とする存在であったとしても愛せるなんて、恋の力って偉大だ。
苦手意識を克服してまで告白しようとするなんて……、「恋がヒロインを強くする」という乙女ゲームの法則が、思わぬ方向に作用してしまった気がする。
(でも、ミカはどうするつもりなのかしら?)
ミカはエリシャを恋愛対象として見ていない。彼にとってエリシャは、「人間」の内の一人だから。
しかし、ミカは慈愛に満ちた微笑みをエリシャに向けて。
「それでは、僭越ながらエリシャ様の告白をお待ちしております」
と言い、厳かに礼をとるのだった。
ミカの紳士的な対応に、エリシャの好感度がさらに上がったような気がする。
◇
休憩が終わり、音楽祭の練習が再開した。
生徒たちは出場する部門ごとに分かれて練習をしており、歌唱部に出場するエリシャは、サミュエルさんのピアノに合わせて歌っている。
「完全に想定外の事態だ……」
隣に居るノエルがポツリと呟いた。
「ノエルにも当てが外れる事ってあるのね」
「ああ、ミュラーさんがあんなにもミカに惚れているとは思わなかったよ」
「愛ってすごいわねぇ」
片想いの相手の為に全力なヒロイン。そんなエリシャは、いつになくやる気に満ち溢れているような気がする。改めて、愛の強さを思い知った。
「ミカが妖精と分かれば諦めて、バージルに機会が巡ってくると思ったのだが……」
「何か企んでいると思ったら、そんな事を考えていたのね」
そう言えば、以前エリシャに掛けられた呪いを解くため『恋煩いの花』を採集しに行った時も、ノエルはバージルにアドバイスをしていた。
なんやかんやで血の繋がりがあるバージルを気に掛けているのかもしれない。
(バージルは大丈夫かしら……?)
ずっと想い続けているエリシャが目の前で告白に近い宣言をしたのだから、相当ショックを受けているだろう。
チラッと様子を窺ってみると、バージルは部屋の隅で茫然と立ち尽くしている。ちゃんと息をしているのか心配になり、声を掛けた。
「バ、バージル殿下、大丈夫……?」
「な、なんだよ。別に落ち込んでなんかいないからな」
「……頑張って。応援しているわ」
「……」
強がっているバージルを見ていると涙が出る。
エリシャを一途に想い奔走しているのだから、いつかその努力が報われて欲しい。
しかし、現実は厳しく――。
「ミカ様、ぜひ音楽祭に来てくださいね!」
「ええ、ご主人様の付き添いでお邪魔します」
「嬉しいです! 一生懸命練習します!」
バージルに追い打ちをかけるように、エリシャとミカが微笑ましいやり取りをしている。さすがに心からバージルに同情した。
「何はともあれ、エリシャが前よりのびのびと歌えているから良いのかしらね」
前回は緊張とプレッシャーでビクビクとしていたエリシャだけれど、目的ができた今は楽しそうに歌っている。
(ヒロインの歌声に宿る特別な魔法……か)
エリシャの歌声は、続編の物語の鍵となる。それは光使いの力と似たような性質を持っており、闇に呑まれた理事長を倒す為の切り札となった。
今のエリシャのはまだ覚醒していないけれど、もしかするとこの音楽祭が覚醒のきっかけになるかもしれない。
ゲームでは、音楽祭のイベントでエリシャの力が覚醒するから――。
エリシャの歌声に聞き入っていると、不意にピアノの音が止まった。次いで、鍵盤がめちゃくちゃな音を立てて部屋の中の調和を乱した。
「ぺルグランさん?!」
エリシャの悲痛な声が聞こえてくる。
声がした方を見てみると、サミュエルさんがピアノの上に伏せている。
「何があったの?!」
慌てて駆け寄ると、サミュエルさんは青白い顔で力なく目を閉じていた。




