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このたび、乙女ゲームの黒幕と結婚しました、モブの魔法薬学教師です。  作者: 柳葉うら
第十章 黒幕さん、一緒に青春を見守りましょ!
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03.青春が目に沁みる

 続編の黒幕から呼び出しがあった後は、平穏な時間を過ごした。


 午後の授業を終えて放課後になり、差し入れを入れたバスケットを持って音楽室へ行く。差し入れの大荷物を運んでもらうために、ジルには人の姿になってもらった。


「みんな、差し入れを持ってきたわよ!」


 音楽室にはクラス全員が揃っていた。みんなで協力して練習しているようだ。


「わーっ! ありがとうございます!」

「い、いいのですか……?」

「もちろんよ。頑張っているみんなを応援したくて持ってきたんだもの」


 バスケットをトントンと指で叩くと蓋が開き、中からティーカップとソーサーが出てくる。

 生徒たち全員にいきわたると、今度はティーポットを取り出して全員のカップの中に紅茶を注いだ。


「あの、ファビウス先生。隣に居る方は誰ですか?」


 リアがコテンと首を傾げて尋ねてくる。

 彼女の視線の先には、人の姿をしたジルが居る。他の生徒たちも気になっていたようで、みんなの視線がジルに向けられた。


「彼はジルよ。お菓子を運んでもらうために人の姿になってもらったの」

「ええっ?! あの猫ちゃんが?!」

「やい、ガキんちょ! 俺様は猫ではないぞ! 高潔なケットシーだ!」

「す、すみません」

「うむ、わかったならそれでいい」 


 ジルは満足そうに頷いた。そして、バスケットの中からお菓子を取り出してリアに手渡す。


「お菓子も用意しているから、ジルから受け取ってね」

「おい、ガキども。お菓子は俺様が配るから取り合いするなよ」


 生徒たちは喜んで列を作り、ジルからお菓子をもらう。ただ一人、エリシャを除いて――。


「あちゃ~。人の姿であっても妖精は苦手だものね」

「失礼な奴だ。俺様は下等妖精とは違い、人間に力をひけらかしたりしないぞ」


 たとえジルがそうであっても、妖精に呪いを掛けられたエリシャからすると、とてつもなく恐ろしい存在に思えるのだ。

 彼女の心を深く抉ったトラウマは、時間をかけて癒していくしかない。


「おい、俺がエリシャに渡すから二人分寄越せ」

「仕方がないな。俺様が見ていない所で二人分食べるんじゃないぞ?」

「勝手に食いしん坊に仕立て上げるなよ」


 バージルはジルからお菓子の入った包みを受け取ると、踵を返してエリシャに歩み寄る。


「ほら、エリシャ。俺が持ってきたから食べろ」

「ご、ごめんなさい。私の所為で迷惑をかけてすみません」

「別に。迷惑とか思ってないから気にするな」

「で、でも……」

「お、俺が自分の為にしたことだ。エリシャが食いっぱぐれているのに自分だけ食べていたら、菓子が不味くなるだろ」

 

 相変わらず素直ではないが、エリシャの為に懸命に言い訳を考えているバージルがいじらしい。


「さっさと食えよ。でなきゃ練習の続きができないだろ?」


 バージルは包みを開けてお菓子を取り出すと、エリシャの口元に近づける。


(て、手ずから食べさせる……だと?)


 親友を通り越し、もはや恋人同士な雰囲気を醸し出すバージルに視線が釘付けだ。

 乙女ゲームらしいシチュエーションを目の前にして心が躍る。


「え? バージル殿下?」

「ほら、口を開けろ」

「だけど……」

「いいから食え」

「~~っ!」


 エリシャは戸惑っているようで、バージルの手と顔を交互に眺める。

 いくら仲が良いバージルとはいえ、異性に食べさせてもらうのは気が引けるのだろう。


「食べ終わるまで逃がさないからな」

「い、いただきます」


 意を決したエリシャは目を閉じると、バージルが持っている焼き菓子にパクリと噛り付いた。小動物のようにもぐもぐと食べている姿が可愛らしい。


(良かったね、バージル……って、ええっ?!)


 バージルは瞠目してエリシャを見ており、次第に顔から耳に掛けて赤く染まっていく。


(あれだけガンガン押してていたのに、いざエリシャが手から食べてくれると照れてしまうのね。可愛いなぁ)


 この世界に転生してようやく、ヒロインとヒーローの甘酸っぱいシーンを堪能できて感無量だ。


「これが青春なのね!」

「そう、これが青春だ!」

「ゼスラ殿下?!」


 いつの間にか隣にゼスラが居て。

 彼は目を輝かせてエリシャとバージルを観察している。


「以前、似たような場面を恋愛小説で読んだ事があるぞ!」


 予習はバッチリな攻略対象の彼だが、果たして実践はいつになるのだろうか。

 恋に恋してしまわないか心配だ。


「……なるほど、これも青春なのか」

「エルヴェシウス先生?!」


 そして、何故かジュリアンも現れた。いつの間に現れたのだろうか。


「実際に見ると微笑ましく思うな。バージル殿を応援したくなる」

「そうでしょう? 青春っていいわね」

「エリシャ・ミュラーの反応を見ると脈が無さそうだが、何か対策を用意せねばならないのでは?」


 ジュリアンは冷静に分析しており、二人の状況を的確に言い当てている。


「ファビウス先生は学生時代に好いた者は居たのか?」

「え、……まあ、そうね」


「もしや、ファビウス侯爵か?!」

「私は夫が卒業してから入学したから、学生生活は一緒に過ごしていないのよ」


 それでも、ノエルが残した伝説は知っている。恐ろしく美形で、卒業旅行でセイレーンたちに追いかけられた卒業生が居たと、噂で聞いたのだ。


「先生の恋愛話をぜひ聞かせてほしい」

「わ、私の話は、聞いても面白くないと思うわ!」

「――そんなことはないよ。私もぜひ、その話を聞きたいな」

「え?」


 ここにはいないはずの人物の声が背後から聞こえてきた。

 振り返ると、黒幕然とした表情の夫が、背後に立っているのだ。


「ノ、ノエル、どうしてここに?」

「どうしてだと思う?」

「迎えに来てくれたのね」

「……ああ、早く妻に会いたい一心で迎えに来たよ」


 ノエルは恐ろしいほど美しい笑顔を浮かべて、

 

「後でゆっくり、レティの青春の話を聞かせてね?」

 

 耳元でそう囁いたのだった。

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