閑話:ある男の記憶【一】
更新お待たせしました!
新章のスタートです!
音楽室からエリシャ・ミュラーの歌声が聞こえてくる。
彼女はもうじき開催される音楽祭に出場するらしい。
エリシャ・ミュラーとは、復讐を終えて燃え尽きかけていたあの日に出会った。
そんな彼女が、少しずつだが学園に馴染んでいる。
「よかった……――うっ」
あの子の歌声に呼応するように、体内の魔力が暴走し始めた。刺すような痛みと熱が体中を支配する。
先王への復讐の為に体内に宿したあの化け物は、私の魔力を糧にして力を増しているようだ。
――忌々しい声だ。
――黙らせろ。
――息の根を止めてしまえ。
頭の中で低く禍々しい声が響く。声の主は私の手の感覚を奪おうと、意識を取り込み始めた。
「まだこの体を渡せない」
今ここで意識を手放せば、この体はすぐにあの子を殺してしまうだろう。
そうなる前に、あの子の歌声に宿る力で止めてもらわねばならない。
「最後に守ろうとしている者の手で葬られなければならないのか。皮肉なものだな」
あの子の歌声には光使いと似た力がある。
だからあの子がその力を自在に操れるよう能力を開花させると、いつかはこの身に宿る化け物を浄化できるようになるだろう。
その時には私も、この化け物と同じように光の下では生きられない体になっているはずだ。
――苦しい。
――憎い。
――人間なんて許せない。
泣いているような声に変わった。子どものような声だ。
「私も人間なんて許せないよ。大切な人たちを見殺しにしたのだから」
それでも、エリシャ・ミュラーだけは幸せになって欲しいと願う。
「君とあの人の姿を重ねてしまったんだ。だから君だけは幸せにするよ」
かつてあの人が歌っていた歌を聞かせてくれた彼女のおかげで、私は最後の希望を手に入れたのだから。
「復讐する前に出会っていたら、どうなっていたのだろうか?」
もっと早くにあの子に出会えていたら、あの禁忌に手を出さずに済んだのかもしれない。
もっと早くにあの子に出会えていたら、血塗られた道を選ばなかったのかもしれない。
今となっては永遠に手にできない選択肢だ。
「選ばなかった道を想うことはあるが、後悔はしていない」
この力が無ければ、あの愚王と忌まわしい魔術師を屠れなかっただろう。
――許せない。
――許せない。
そう、許せなかったのだ。たとえあの人が望まずとも、あの人とその子どもの仇を討ちたかった。
「今やり残した事と言えば、あの子の成長を見届けることくらいだ」
この体があの化け物に取り込まれるその日まで、君だけは幸せになれるよう見守っている。
「エリシャ・ミュラー、君はこれからもっと変われるよ」
だから、早く強くなって――。
私を殺し、この世界の破滅を止めてくれ。
「――おや、バージル殿下ではありませんか。このようなところで何をしているのですか?」
「げっ、理事長……!」
音楽室の窓に近い木に登ろうとしている生徒を見つけた。
あの忌まわしい愚王に似た面影の王子だ。彼の顔を見るだけで父親を思い出して憎しみが募る。
「べ、別に……」
「……答え方がなっていませんね。王族でも問題を起こせば処分を受けてもらいますので心してください」
――ああ、忌々しい。




