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14.変化

 ビゼー領から戻った翌日、魔法薬学準備室で明日の授業の準備をしていると、サミュエルさんが訪ねて来た。


「ファビウス先生、集めた課題を持ってきました」

「ありがとう。貰うわね」


 ノートを受け取ろうと手を伸ばしたその時、サミュエルさんの掌に火傷の跡のような傷が見えた。


「こ、これ、どうしたの?!」

「休日に火炎魔法の練習をした時に失敗してしまったんです」

「ぺルグランさんが失敗するなんて珍しいわね」


 文字通り優等生の彼は魔法を一通り使えるし、どれも精度が高いと教師陣の間で有名だ。


「医務室に行った方がいいわ。レイナルド先生なら時間が経った傷も治してくれるはずよ」

「ですが……」


 あまり医務室に行きたくないようで、返事を言い淀んでいる。


(もしかして、レイナルド先生が苦手なのかしら?)


 悪い人では――いや、敵国のスパイで悪い人ではあるのだけれど、生徒を傷つけるような人ではない。もしかしたら、何か理由があるのかもしれないけれど。


 治癒師を頼らないのなら薬師の出番だろう。傷薬に治癒魔法ほどの効力はないけれど、痛みを取り除けるはずだ。 


「そこに座って。今から傷薬を作るから待っていてね」

「作ってくれるんですか?」

「もちろんよ。大切な生徒が負傷しているのに放っておけないわ」


 魔法で道具を棚から取り出し、テーブルの上に置く。続いて、薬草棚を開けて傷薬に使う薬草を見繕う。


「痛みはある?」

「少しあります」

「わかったわ。痛み止めの効果がある薬草を入れるわね」


 すり鉢で薬草を潰し、薬草から抽出したオイルや蜜蝋と混ぜ合わせて鍋で加熱する。

 ベルクール領の薬師たちが鍋をかき混ぜながら陽気に歌を歌っていた事を思い出した。彼らの歌が懐かしくなり、口ずさむ。


「何の歌ですか?」

「実家が治める領地の薬師たちが時折、この歌を口ずさみながら作っていたのよ。薬の効果が高まるおまじないのようなものね」

「いい歌ですね」

 

 サミュエルさんは目を閉じて聴いてくれている。歌手でもない私の歌に対して、音楽鑑賞のように聴いてくれているから照れてしまう。


「いい具合に混ざってきたわ。色が変わる前に火を止めましょう」


 材料が混ざったら、火を止めて氷魔法で熱をとる。


「よしよし、我ながら良い出来ね」


 冷めた軟膏薬を皿に少量取り出し、サミュエルさんと向かい合うようにして座る。


(こうして改めて見ると、攻略対象並みのイケメンね)


 サミュエルさんは攻略対象ではないものの、なかなかの美形だ。いつも穏やかな優しい表情を浮かべているから、癒し系イケメンに分類されそうだ。


 メインキャラクターと言わずともサブキャラクターとして居てもおかしくないと思う。


「そう言えば、週末に訪ねたビゼー領のセラで、ペルグランさんに似ている人を見かけたのよ」

「僕に似ている人を……?」

「ええ、世の中には似ている顔の人が三人は居ると言われているけれど、そのうちの一人を見つけたようね」

「……そのようですね」

 

 薬を掌にのせて温度を確かめる。熱過ぎず冷た過ぎず、ちょうど良い温度だ。


「はい、手を出して。薬を塗布するから少し触れるわね」


 掌を前に出すと、サミュエルさんが掌を上に向けて重ねる。

 火傷の範囲は広くないけれど焼けただれた痕が痛々しい。


「傷薬だと痛みを和らげたり炎症を抑える事は出来るけれど、治癒魔法だともっとよく治せるはずよ。学園の外にある病院に行く?」

「いいえ、このままでいいんです」

「そう……、わかったわ。だけど、手が痛くなったり動かしにくくなったら言うのよ?」

「わかりました」

「よろしい」


 軟膏を手に取ってサミュエルさんの掌に塗る。風魔法で少し乾かしてから包帯を巻いた。


(応急処置したけれど、万が一のために理事長には連絡しておこう)


 頑なに治癒魔法を拒む理由を、理事長なら知っているのかもしれない。


「――あら、誰か来たわね」


 扉を叩く音が聞こえてきた。返事をすると扉が開き、ジュリアンが部屋の中に入ってくる。


「あら、こんにちは。今日はどうして学園に?」

「ファビウス先生に話があるから来た」

「私に?」


 ジュリアンはサミュエルさんの視線に気付くと、「部屋を出てくれるか?」と退室を求めた。

 もしかすると、聖遺物についての話があるのかもしれない。


「できません。また先生に無礼を働くのではないかと不安になりますから」

「サミュエルさん、私なら大丈夫よ」

「ですが……」


 訴えるように見つめられると申し訳なく思うけれど、サミュエルさんに聖遺物の話を聞かせられないから困ったものだ。


「それに、私には夫の使い魔が居るから何かあったらジルが助けてくれるわ」

「おう、任せておけ!」


 ジルは椅子の上で得意気に胸を張った。頼りにされて満更でもないようだ。


「……わかりました」

「心配してくれてありがとうね」


 一方で、サミュエルさんはしゅんと萎れたまま部屋を出て行った。

 私を心配してくれているのに追い出してしまい、申し訳なく思う。


「それで、話とは?」

「父上の事だ。ビゼー領の聖遺物が盗まれた話が父上らの耳にも入ったようだ。もうあの領地には用がないらしい」

「エルヴェシウス伯爵の狙いは聖遺物だけなんですね」

「神話も民話も、父上からすればおとぎ話に過ぎないから」


 聖遺物の中に込められている魔力だけにしか興味が無くてよかった。

 聖遺物が失われて残念だけれど、おかげでジスラン様が陰謀に巻き込まれる可能性が消えてくれた。


 ――きっと、エルヴェシウス伯爵は次のターゲットを定めるはずだ。

 

「次に狙われそうな家門はわかりますか?」

「可能性がある家門を絞っているところだ」


 幸いにもベルクール領とファビウス領にはセラと言う名の街は無い。


(だけど、安心できないわ)


 セラと言う名の街はこの国にいくつかある。そして、教え子たちの実家が治める領地にもセラと言う名の街があるのだ。

 あの子たちを陰謀に巻き込まれないよう、早くエルヴェシウス伯爵たちを止めなければならない。


「もう一つ伝える事があった」

「何ですか?」

「実は――おや、客人か?」


 忙しなく扉を叩く音が聞こえてきて、ジュリアンの言葉を遮った。返事をすると、一秒も経たずに扉が開き――ノエルが息を切らせて転がり込んでくる。


「あれっ?! ノエル、今日は早くに仕事が終わったのね?」

「まあね。軽い業務ばかりだったんだ」


 そそくさと私とジュリアンの間に座る。すると、椅子に座っていたジルがぴょんと飛び降り、ノエルの膝の上に飛び乗った。


(さては、ジルの密告ね。ジュリアンが来たと伝えたんだわ)


 つくづく、この小さなもふもふのスパイがいるとノエルに隠し事ができない。


「……束縛」

「ん? エルヴェシウス卿、何か言いましたか?」

「いや……何も」

 

 ノエルの笑顔の圧に押されたのか、ジュリアンは口をぎゅっと閉じてしまった。

 元・黒幕(予備軍)は続編の攻略対象にとっても強敵のようだ。

 

「そう言えば、先程言いかけていたことは何ですか?」

「ああ、魔法応用学の助手をする事になった。これからよろしく頼む」

「えっ? 助手に?」

「私が生徒たちと交流したいと申し出たら、ソラン団長が許可してくれた」


 もともとソラン団長から提案されていたことだけれど、当初は乗り気ではなかったらしい。しかし、ゼスラたちとの交流がよほど楽しかったようで、彼らともっと関わりたいと思ったそうだ。


(なんだかんだで、ゲーム通りになりそうね)


 だけど、ゲームとは違う事もある。ゲームの中のジュリアンはエリシャにしか心を開かなかったけれど、この世界のジュリアンは他の生徒たちとも上手く交流しているから――。


(きっと、いい方向に進んでくれるわ)


 そうなると信じて、私は私ができる事をやっていこう。


 拳を握って小さくガッツポーズをしていると、ノエルが両手で包み込んで邪魔をする。顔を上げると、彼は何故か捨てられた犬のように目を潤ませていて――。


「レティ、しばらく屋敷で授業をしないか? 生徒たちを屋敷に招けばいい」

「嫌よ。移動距離を考えたら非効率的だもの」


 と、突拍子もない提案をしてきた。

 ファビウス邸なら生徒たちを収容できるほどの部屋が沢山あるけれど、わざわざファビウス邸で授業をする必要は無い。

 

「くっ……、根回しをしていたのに別の手を打たれてしまった……!」

「ちょ、ちょっと……ノエル、大丈夫?!」

 

 ノエルはがっくりと項垂れて落ち込んだ。


「やっぱり束縛だ……前に似たような話を小説で読んだ事がある」


 そんなノエルを、ジュリアンは興味津々に観察するのだった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

第九章の本編はこれにて完結です。次回、ノエル視点の閑話を更新しますね!


また、いいねや広告下にある★★★★★で応援していただけると嬉しいです…!

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[良い点] ジュリアンがだんだんとギャグキャラに…w!
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