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13.ビゼー領のセラ(3)

更新お待たせしました!

「見間違い……よね?」


 そもそも、サミュエルさんから外出申請を受け取っていないから、他人の空似に違いない。


 気を取り直して回復薬を作っていると、一人の司祭が慌てた様子で病院の中に入ってくる。


「た、大変です!」

「落ち着いてください。何があったんですか?」

「聖遺物が無くなったんです!」

「なんですって?!」


 司祭曰く、どれだけ探しても見つからないそうだ。

 魔物が現れて混乱していた状況だったから、誰かが魔物を倒す為に持ちだした可能性がある。


 しかし、聖遺物の気配を感じ取れるジュリアンに聞いてみると、「気配がすっかりなくなった」と言っていた。もうこの街には残っていないようだ。


「もしかして、実はエルヴェシウス伯爵たちがここに来ていて、混乱に乗じて持ち去ったとか?」

「いや、その可能性は低い。父上たちはまだ旧ブロンデル侯爵領のセラを調査しているからここには来ていないはずだ」

「じゃあ、一体誰が持ち出したのかしら……?」


 魔物で混乱していた状況だったから、誰かが護身用に持ち出してしまったままセラを出ていった可能性もある。


 あくまで憶測だ。本当の事は、聖遺物を持っている人と女神様のみぞ知る状況だ。


「何はともあれ、聖遺物が盗まれたことが奴らの耳に入れば、ビゼー領が狙われることはないだろう」


 幸か不幸か、狙われる原因となる物が無くなったおかげで、エルヴェシウス伯爵たちがここを狙う理由が無くなった。


「あの聖遺物が悪用されていないといいのだが……」


 ジスラン様は聖遺物が置かれていた台座を見つめ、ぽつりと呟いた。

 

     ◇


 魔物が出現した翌日、私たちはまた聖堂に来た。


「司祭様、今日は資料の解説をよろしくお願いします」

「お任せください。この街の為に力を貸してくださった皆様のために知りうる限りの知識をお伝えします」


 司祭たちと約束しており、この街に伝わる民話を教えてもらう事になっているのだ。


 聖堂の奥にある保管室に案内してもらうと、そこには三枚のタペストリーが吊るされてあった。

 窓から差し込む光が真っ直ぐな線を描き、それらを照らす。仄かに暗い部屋を照らすその光が、私たちを導いてくれているように思えた。


「この三枚が一つの物語になっているのですか?」

「ご明察です。女神様とグウェナエルがこの地に現れた場面、女神様がこの街に豊穣の加護をくださった場面と、女神様がこの街の住民に短剣を授けた場面が描かれています」


 一枚は、女性と男の子が傭兵らしき男性に話しかけている場面だ。

 司祭が説明するには、女性は人間に変身した女神様で、男の子はグウェナエルらしい。


「女神様とグウェナエルがここを訪ねた時、最初は誰も正体がわからなかったと記述が残っています。他所の国から来た姉弟だと思っていたそうです」


 二人は宿を求めて傭兵に声を掛けた。二人とも長旅のせいか、ひどくやつれているように見えたのだ。


 親切な傭兵は、自分の家の一部屋を彼らに貸した。そして、二人が元気になってまた旅に出られるまで、ずっと住まわせていた。


 男の子は傭兵によく懐いた。

 傭兵が剣の鍛錬をしていると、自分にも教えて欲しいとせがんで剣術を習った。


『この子は飲み込みが早く、剣の筋がいい。私の弟子にしていいでしょうか?』


 傭兵の問いかけに、女性は首を横に振った。

 

『この子には為すべき事があるから、ここに長居できません。王国中を旅して沢山の人に会わなければならないから、一箇所に留まる訳にはいかないのです』


 傭兵は名残惜しく思ったものの、それ以上は何も言わなかった。二人にはどうしてもやり遂げないといけない事があるのだろう、と思ったからだ。


 やがて、二人はまた旅立つことになった。

 街の人々が見送りに集まると、女性の体が突然輝きだし、姿が変わった。光の環を冠した美しく神々しい女神の姿になったのだ。

 

 そこで初めて、街の人々は彼女の正体が女神様だったと知る。


『これまで私たちを仲間として迎え入れてくれてありがとうございました。お礼として、この街に豊穣の加護を贈りましょう』


 女神様が指先を動かすと、温かな光を含んだ風が街全体を駆け抜けた。それ以降、セラの街やその周辺では作物がよく実り、これまでに一度も飢饉が起きていない。


 そして、女神様は頼みごとがあると言った。彼女はどこからともなく短剣を取り出し、傭兵に渡した。


『この剣を、街の人々が集う場所に置いてください。人々の温かな心や声に触れさせて、この剣に込めた力を癒したいのです』


 そうして、二人は短剣を残して街を出た。


 剣を託された傭兵は街の中心に祠を建てて短剣を保管していたが、後にその場所は聖堂になる。


「――これが、この街に伝わる民話です」

「力が癒えるように……ね。女神様は、その力を癒した後どうするつもりなのかしら?」

「詳しくは残されていません。その力について研究している歴史学者が居ましたが、マルロー公が一部の歴史学者たちを厳しく糾弾し始め、その犠牲となってしまいました」

  

 神話についてはまだまだ不可解な点がたくさん残っているのに、いかんせん有識者が足りない。


 一刻も早くマルロー公たちを止めなければ、何も解明できないまま迷宮入りになってしまいそうだ。


(邪神に関係する神話だから、解明していきたいのだけれど……)


 がっくりと肩を落とすと、ノエルがそっと背中を撫でて励ましてくれる。


「他のセラに伝わる神話も聞いて手がかりを探そう」

「ええ、そうね」


 先回りして、他にもあるセラの街の神話を聞こう。

 そうすればついでに、マルロー公たちの企みを防げそうだ。


「ユーゴ、今日聞いたことをランバート博士に伝えてくれ。博士なら何かしら思い当たる事があるのかもしれない」

「わかりました! 返事がきたらすぐにお話しますね!」


 ユーゴくんはメアリさんに報告する事が出来て嬉しいようで、榛色の瞳をキラキラと輝かせている。


 こうして、ビゼー領での現地視察が終わった。

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