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12.ビゼー領のセラ(2)

いいね・ブクマ・評価をありがとうございます!

本日二話目です!

「魔物なら私の出番だろう。ジュリアンもついて来い」

「わかった」


 ソラン団長はとジュリアンは出入口に向かって足を進める。

 さすがは宮廷騎士団の団長と言うべきか、魔物の出没に少しも動揺を見せない。


(ソラン団長はともかく、ジュリアンは呪いのせいで本来の力を発揮できないと思うわ……)


 いつものように飄々としているように見えるが、あの聖遺物が近くにある以上、それなりに影響があるように思える。


「私も一緒に戦います。魔法薬学教師なので、もし怪我人が出たら治療に当たれますので連れて行ってください!」

「レティ、危険だから安全な場所に避難してくれ」

「これまでに何度も魔物と戦った事があるから、私だって力になれるわ!」


 怖い思いをしている人たちが居るのに、安全な場所でただじっと隠れている事なんてできない。

 ノエルの心配を無下にするわけではないが、今ここで避難してしまえば、後で絶対に後悔する。


「ノエルも知っているでしょう? ただ守られているだけは嫌なのよ」

「……ああ、わかっているよ。だけどもし、レティがとても怯えているのに、無理をして誰かの為に自分を犠牲にしているのなら、止めるべきだと思っている」


 きっとノエルは、私の微かな心の機微も全て読み取っているのだろう。

 街の人たちを助けないといけないと思う前に抱いた恐怖心さえ、感じていた筈だ。

 つくづく、ノエルに隠し事はできないと思い知らされる。


「ノエルが居るから大丈夫よ」

「嬉しい事を言ってくれるね。それなら、けっして私の側から離れたらいけないよ?」

「ええ、約束するわ」


 手を伸ばし、ノエルと手を繋ぐ。

 ノエルは瞠目して驚いていたが、すぐに目を細めて微笑んだ。


「決して離さないからね」

「な、なんだか、違う意味に聞こえるんだけれど……」

「違わないだろう?」


 ノエルはあざとく小首を傾げると、そのまま指を絡めてくる。けっして解けないように、しっかりと。


「あのぅ、お二人とも、そろそろ外に出ていいですか?」


 ユーゴくんの声が聞こえてきて顔を上げると、ユーゴくんとジスラン様とソラン団長がニマニマとしてこちらを見ていた。


「いい雰囲気のところ申し訳ないけど、魔物を早く止めないといけないから続きは後でにしてね?」

「ファビウス侯爵夫妻は噂以上に仲がいいらしいな。口から砂糖を吐きそうだ」

「あわわ……みなさん、どういう解釈をなさっているんですか……!」


 今の私が何と言いおうと、みんないいように解釈して笑みを深めるばかりだ。

 いたたまれなくなって、ノエルの手を引く。


「さ、さあ! 早く魔物を退治しましょ!」


 皆の視線から逃げるべく、ノエルを引きずって聖堂の外に出た。


     ◇


 街に出てみると、怒声と悲鳴が聞こえてくる。


「随分と大きな魔物ね。もともとは魔獣だったのかしら?」


 魔物は巨大な水牛のような見た目をしており、禍々しい空気を辺り一帯に充満させている。

 赤い目が怪しく光っており、今にもこちらに気付いてしまいそうで足が震える。


(私たちに気付いたら、突進してくるのかしら?)


 目に付いた建物に突進して破壊しており、その破壊衝動は止まらなさそうだ。


「今までセラには魔物が出なかったのに……一体、何があったんだ?」


 ジスラン様が隣に居る司祭に魔物が出現した当時の様子を聞いてみたところ、何もないところからいきなり現れたらしい。


「調査は後だ。今は奴の制圧に集中しよう」


 ソラン団長の重みのある声が、緊張した心を落ち着かせてくれる。

 初めは怖そうな印象が勝っていたが、ジュリアンを見守っている姿や、私たちを気遣ってくれているところを見ると、厳しさと優しさを併せ持つ理想的な統率者だと思えた。


「まずは奴の動きを止めるぞ。ファビウス侯爵と夫人とユーゴ殿は身動きを止めてくれ。私とジュリアンが魔術で仕留める」

「それでは、傭兵団には住民の避難を指示しましょう。私は怪我人の救護にあたります」


 ジスラン様は司祭と一緒に住民たちの避難場所へと向かった。

 幸いにもジスラン様は王国騎士団の治癒師をしているから、このような緊急事態は慣れている。


「それじゃあ、早速魔物の身動きを封じましょう」


 私とノエルとユーゴくんは拘束魔法の呪文を唱える。魔物の身動きを封じた後、捕縛魔法で魔物に鎖を付けた。


 魔物は拘束魔法に怯んだものの、すぐに藻掻き始める。


「あまり魔法が効いていないわ」

「よほど強い魔力を持っているのかもしれないね」


 それとも、と言いかけて口を噤んだ。何も言わない代わりに、繋いでいる手を引いてくる。


「ノエル? どうしたの?」

「嫌な予感がするからこのままでいて」

「このままって……」


 肩がピッタリとくっついている状態で、どこからどう見ても戦闘態勢ではない。

 だけど、ノエルが不安そうにしているから、そのままにしておいた。


「三人とも、そのまま耐えていてくれ」

「わかりました! 頑張って粘ります!」


 ソラン団長とジュリアンが魔物の前に立ち、呪文を唱える。

 各々に得意とする魔術があるようで、ソラン団長は魔法で地面に魔法印を描き始め、ジュリアンはどこからともなく弓と矢を取り出した。


「さすがは宮廷魔術師団ね。気迫が違うわ」


 二人が発動させた魔術が轟音を伴いつつ魔物に近づく。そのまま魔物を飲み込んでしまった。


 上手く仕留めたに違いない。そう思っていたのに、魔術が放つ光が消えると、ケロリとした魔物の姿があった。


「バカな! 魔術が効いていないだと?!」


 ソラン団長は素早く次の魔術を展開して魔物を攻撃するが、それもまた傷一つつけられていない。

 魔術が効かない魔物なんて、今までに聞いたことがない。


(もしかして、王宮で見た黒い影と関係があるのかしら?)


 それなら、どれだけ攻撃しても倒せないだろう。一刻も早く、光使いであるサラを呼ぶしかない。


(でも、どうやって?)


 今から呼んでもらったところで、サラがここに到着するには少なくとも一日はかかる。

 それまでに持ちこたえられるかが心配だ。


(他に方法はないのかしら? 思い出せ……思い出すのよ!)


 うんうんと頭を捻っていると、目の前に居る魔物が急に咆哮を上げた。次いで、空気を裂くような音を立てて魔法が破られる。


「レティ、こっちへ!」


 ノエルが繋いだ手を放して私を抱き寄せた。


「ノエルさん! レティシアさん!」


 ユーゴくんの泣きそうな声が聞こえてくる。

 私は何が起こっているのかわからず、その場に立ち尽くして動けない。

 視線を動かすと、ノエルの肩の向こうに魔物の姿が見えた。

 魔物はこちらに向かって突進しているところで、ものすごい速さで近づいてくる。


「二人とも逃げろ! 防御魔法が破られると危険だ!」


 珍しく、ジュリアンの声に焦燥が入り混じっている。


(でも、このままでは逃げきれないわ)


 それなら、できる限り攻撃を防ぐしかない。防御魔法の呪文を唱え、魔物を睨みつけた。


(く、来る……!)


 足に力を入れ、衝撃に備えて踏ん張る。踏ん張ったところで、あの魔物に衝突されたら一瞬で吹き飛んでしまうのかもしれないけれど。


「さあ、来い!」

「レティ、挑発してはいけないよ」

「ふ、二人とも前を見てください!」

 

 言われた通りに前を見ると、魔物が動きを止めてその場に倒れてしまった。


「苦しそうにしているわ」

「妙だな。足の先から消え始めている」


 魔物の体は足から順にゆっくりと消えていく。そして、最後には何も残らなかった。


「逃げた……?」

「いや、蒸発したように見えたぞ」

「いずれにせよ、魔物を仕留められなかったな」


 私たちは茫然と、魔物が消えた地面を見つめていた。


     ◇


「皆さん、魔物を退治してくれてありがとうございました。ビゼー領の領主として、ぜひ礼をさせてください」

「その前に、街の復興が先よ」


 ジスラン様と合流した私たちは、魔物に破壊されたセラの復興の為、あちこちを駆け回った。


 私は救護担当で、病院で回復薬や傷薬を作って配布していた。そこには治癒師であるジスラン様と――なぜか、ノエルも居る。


 初めはジスラン様から建物の修復を頼まれていたのだけれど、「魔物に遭遇して恐ろしい思いをした妻から離れる訳にはいきませんので」と言い訳してずっと側に居るのだ。


(ロアエク先生から薬の作り方を仕込まれているから手際がいいけれど……他にもできる事はあったわよね?)


 鼻歌でも歌い始めそうなほどご機嫌な夫を見ていると、理由は他にあるのではないかと思う。

 はぁ、とため息をついたその時、窓の外に馴染みのある顔が見えた。


「サミュエルさん……と、理事長?」


 旅人のような簡素な服装の親子が、颯爽と通り過ぎる。

 よく見ようとして窓辺に駆け寄った時には、二人の姿は消えてしまっていた。

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