11.ビゼー領のセラ(1)
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私たちはジスラン様の邸宅で休憩をとった後、馬車でセラに移動した。
セラは領主邸から近い場所にあり、そこそこ栄えている街だ。
聖遺物は、この街の聖堂で保管されているらしい。
「久しぶりにレティたちに会ったけれど、相変わらずで安心したよ」
ジスラン様の視線が私の横に向けられる。私の横に居て、しっかりとがっしりと私を抱き寄せている夫に――。
「今や王国内で一番仲が良い夫婦として社交界に知れ渡っているからね」
「いつの間にそんな事になっているの?!」
「ファビウス侯爵の溺愛っぷりを見ていたら誰だってそう思うだろう?」
本人たちが知らない称号が与えられていたようだ。
社交に出る度に周囲から生温かい眼差しを向けられていた事は知っているけれど、噂までは知らなかった。
「私がこのままレティに話し掛けていたら嫉妬されてしまいそうだから、そろそろ聖堂を案内するよ」
「……揶揄っているわね?」
「まさか。幼馴染が大切にされているから安心しているんだよ」
幼馴染と言うより、妹のように思っている事は知っている。
ジスラン様はいつだって私を気に掛けてくれていたのだ。
(まさに、妹を想う兄のように、ね)
片想いをしていた頃は、ジスラン様のそのような優しさにじれったさを感じていた事もあった。
だけど今となっては、その優しさを素直に受け取ることができる。
(ノエルのおかげだわ)
ノエルと契約して婚約者になり、二人で過ごして来た日々が、失恋を思い出にしてくれたから。
「レティは私が一生涯幸せにするのでご心配なく」
「ええ、ファビウス卿になら安心してレティを任せられます。つい先日、フィルマン様とそう話していたところです」
「お兄様と何の話をしていたのよ?!」
「レティには幸せになって欲しいと話していたんだよ」
王国騎士団の治癒師をしているジスラン様は、昔から何かとお兄様と連絡を取り合っている。
きっと、二人でお茶をしながらのんびりと私のことを話していたに違いない。そんな様子を容易に想像できる。
(あら? どうしたのかしら?)
一歩引いてひっそりと私たちの会話を聞いているジュリアンの瞳に光が宿る。
これまでに見た事がないくらい期待に満ちた生き生きとした眼差しになっているのだ。
「三角関係……?」
「へ? 私とノエルとジスラン様が、ですか?」
ジュリアンが黙ったままこくこくと頷いたものだから、頭を抱えたくなる。
「違いますよ。私とジスラン様はただの幼馴染ですから」
「しかし、ゼスラ殿下が貸してくれた恋愛小説に似た場面があった。だからこれもまた青春だろうか? ゼスラ殿下に聞いてみよう」
「いつの間に本の貸し借りをする仲に?!」
「ゼスラ殿下の思考は面白いから話したくなる」
いつかまたゼスラに会う日を楽しみにしているようで、ジュリアンは遠足を楽しみにしている子どもの如く浮かれている。
「お前が人間に興味を持つなんて珍しいな。最近やたらと恋愛小説ばかり読んでいるには友人の影響か」
長年ジュリアンと一緒に仕事をしているソラン団長からしても、今のジュリアンの浮かれようは珍しいようだ。
目を丸くして驚いていたが、ジュリアンに友人ができた事は嬉しいようだ。
ジュリアンがゼスラの事を話している間ずっと、目を細めて彼の話を聞いていた。
◇
ジスラン様の案内で街の聖堂の中に入る。
聖堂の中は静まり返っており、外に居る街の人々の声が聞こえてきた。
静かだが寂しい場所ではなく、程よく街の喧騒を感じられる場所だ。
「あの短剣が聖遺物だよ」
ジスラン様が教えてくれた短剣は祭壇の前に飾られている。
その見た目は簡素で、どこからどうみても普通の短剣だ。特別な力や神聖さを感じられない。
「民話によると、女神様がグウェナエル様とここを訪れた時に、この街を守っていた傭兵に託したんだ」
「訪れる……ねぇ。前から気になっていたのだけれど、女神様はなぜ王国中を歩いて旅していたのかしら?」
神様なのだから、歩かなくても効率よく移動する手段があったはずだ。
それなのに、敢えて歩いて旅をしていた事が引っかかる。何か理由があるように思えるのだ。
「確かに、冬星の祝祭日では姿を現わさずに少女に力を授けた女神様が、わざわざ王国中を練り歩いたのは不思議だね」
「他のセラにある神話を調べてみればわかるだろうが、マルロー公たちが外部に漏れないよう手を回していそうだ」
すると、ソラン団長が短剣にぐっと顔を近づけた。まじまじと眺めた後、小さく溜息をつく。
「やはり聖遺物からは魔力の気配を全く感じられないな。私は魔力が強い方だが、私を凌駕するほどの魔力が宿っているのだろうか。これでは、偽物にすり替えられていても気づけない。ジュリアンはわかるか?」
「わかる。この短剣を見ると胸騒ぎがするし――声が大きくなる。本物の聖遺物だ」
そう教えてくれるジュリアンの顔色が悪い。呪いに苦しめられているのだろう。
ゲームの中では、ジュリアンはエリシャの歌声に癒されるまでは呪いに悩まされ続けていたから――。
この世界のジュリアンも、エリシャの歌声を聞くまでは呪いと向き合うしかないのかもしれない。
「声は何と言っている?」
「……苦しい、悲しい、人間を許さない――と言っている」
「なるほど。男神と人間の間に何かしらの諍いがあったのかもしれないな」
二人の会話を聞いていると、若い司祭たちが走ってきた。
司祭たちが慌てているなんて珍しい。何か良からぬ事態が起こっているのだと察した。
「皆さん、街に魔物が現れたので避難してください! 避難場所に案内しますからついて来てください!」
「ま、魔物が?!」
窓の外を見ると、黒く大きな影が蠢いており――背筋が凍った。
本日の夜もう一話更新予定です!