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08.秘密

 ノエルからひやりとした空気が漂っているが、ジュリアンはまったく気にしていない。


「あ、ノエル・ファビウスだ」

「ソラン団長の右腕と名高いエルヴェシウス卿が私をご存じとは、光栄です」


 礼儀正しいノエルは条件反射のように社交辞令を述べており、笑顔で取り繕っているが、少しも嬉しくなさそうだ。

 そんなノエルを見ているとハラハラとする。


「まずはその手を下ろしていただけますか? 妻に触れないでください」


 そう言うよりも先に背後から私を抱き寄せ、ジュリアンの手から遠ざける。

 生徒たちが居る目の前でなんて事をと言いたいところだが、今は生徒たちは逃がす事が先だ。


 二人の間にそこはかとなく不穏な空気が漂っているから、このまま二人の会話を聞かせる訳にはいかない。


「み、みんな、そろそろ寮に帰りなさい。夕食の時間までに宿題をしておくのよ」

「……宿題よりも心配する事があるだろ」


 バージルは心配して居残ろうとしてくれている。

 いつもはツンツンとしているバージルが心配してくれるなんて意外だ。

 もしかすると、それなりに信頼してくれ始めたのかもしれない。


 ――しかし、感動は長く続かなかった。


「ミュラー殿も勉強会に参加しないか? みんなでやれば早く終わるだろう」

「え、えっと……わたくしは……」


 ゼスラがエリシャを勉強会にさそう話し声が聞こえてくると、顔色がサッと変わる。


「おい、エリシャに馴れ馴れしく近づくな!」

「バ、バージル殿下! せっかく誘ってくれているゼスラ殿下に失礼ですよ!」

 

 大人たちの事なんてさっぱり忘れ、エリシャの事しか見ていない。

 そのまま寮に帰ってしまった。先ほどまでの感動を返してほしい。


(まあ、これでいいわ。生徒たちに見せる訳にはいかないもの)

 

 ため息をついて振り返ると、サミュエルさんがまだ残っていた。


「ぺルグランさん、どうしたの?」

「あの……ここに残ってもいいでしょうか?」

「えっ? ここに?」

「エルヴェシウス卿がまたファビウス先生に無礼な態度をとらないか心配ですから」


 名前を呼び捨てにされる事くらい、私は何とも思っていないのだけれど……。

 優等生のサミュエルさんからすると許せないようだ。

 銀縁メガネの奥にある赤い瞳は、冷ややかにジュリアンを一瞥する。


(随分と警戒されているわね)


 ノエルにもサミュエルさんにも警戒されているけれど、ジュリアンは対して気にしていないようだ。

 ゲームの中でもそうだったが、彼は自分が他人にどう思われようが気にしていない。そういった話題に無頓着なのだ。


(そうなるしか、選択肢が残されていなかったから……)


 父親に実験台にされ、他の家族に助けてもらえなかったジュリアンは、心を閉ざし、感覚を鈍らせることで、自分を守ってきた。


「心配してくれてありがとう。ぺルグランが注意してくれたから、きっともう大丈夫よ」

「……わかりました」


 まだまだ不満そうな表情だが、そのまま魔法薬学準備室から出て行った。

 パタン、と扉が閉まる音がすると、部屋の中は静かになる。


 生徒たちが居なくなり、この部屋には私とノエルとジュリアンの三人だけしか居ない。

 おまけに私はノエルに後ろから抱きしめられているままで――かなり気まずい状態だ。


「邪魔者が居なくなったから本題に入ろう。ノエル・ファビウスに話したい事がある」

「本題、ですか」

「ああ、無関係な人間が居ると話せない事だ」

「厄介なお話のようですね」


 ノエルは話の内容に予想がついているのか、警戒している。

 私は未だに内容を測りかねているが、生徒たちには聞かせられないとなれば、あまりいい話ではないだろう。


 緊張してしまい、ごくりと唾を飲み込んだ。


「複雑で……厄介だ。私が苦しめられてきた事でもあるし、ノエル・ファビウスもまた、苦しめられてきた事だろう」

「私たちに共通点があると?」 

「そうだ。私もノエル・ファビウスも――月の力に苦しめられているだろう?」


 月の力は、ノックスの王族にしか受け継がれないはずの魔力だ。

 その昔、初代国王であるグウェナエルが女神から授かった力だから、彼の血を引く直系の子孫のみが持つとされている。


(だけど、ノックス王族なら必ずしも受け継がれるものではない)


 先代の国王は自分に受け継がれていない事に劣等感を抱き、力を受け継いだノエルを執拗に傷つけたのだ。


 ――この力の事を知っているのは、ごく一部の人間のみ。


「ノエル・ファビウスは女神から月の力を受け継いだ正当な王位継承者だろう? 師団長から聞いたことがある」

「……国家機密を漏らすとは、いけませんね」

「先王からノエル・ファビウスの身を守る為にルーセル師団長から共有されていた。宮廷魔術師団は私とソラン団長とルーセル師団長だけが知っている」


 それにしても……、王族のみが受け継ぐとされている月の力をジュリアンが持っているなんて、ゲームには出てこなかった内容だ。


 ジュリアンがその力を持つという事は、ジュリアンに知られざる過去があるのかもしれない。


「月の力を持っているという事は――、エルヴェシウス卿も先代の国王の隠し子、ですか……?」


 あの国王なら十分にあり得る。

 学園祭で見た先代の国王の顔を思い出すと、沸々と怒りが込み上げてくる。


 ノエルとロアエク先生を苦しめ、アロイスが心を閉ざす原因になったあのジジイは、処刑された今でも許しがたい。


「いいや、私は先天的なものではない。したがって、ノックス王族の血を引いてはいない」

「そう……でしたか。勘違いをしてすみません」

「レティは悪くないよ。本来ならグウェナエルの血を引く者に受け継がれる力だからね」


 ノエルはそう言うと、小さく溜息をついた。


「エルヴェシウス卿は禁術によって月の力を得た――という事ですね?」

「えっ?!」

「そうだ。父上とヤニーナ・ドーファンが手を組んで編み出した禁術によって、微量の月の力を取り込んだ」 

「ええっ?!」


 かつて先代の国王と手を組んでいたドーファン先生こと魔術師のヤニーナ・ドーファンは、オリア魔法学園に治癒師として身を潜めていた。


 先代の国王の手引きでメルヴェイユ王国の監獄から脱走した彼女は、ロアエク先生に呪いをかけ、ノエルに禁術を使い、罪を重ねた。

 学園祭の後、拘束した身柄をメルヴェイユ王国に引き渡している為、どうなっているのかはわからない。


(オルソン曰く、「兄上の事だから、死ぬよりも苦しい罰を与えているだろうね」と言っていたわね)


 もう彼女の名を聞く事は無いだろうと思っていたけれど、想像以上に多くの罪を重ねているようだ。


「恐らく私は、ノエル・ファビウスに使うつもりの魔術の実験台にされたらしい。学園祭での事件の後、報告書に記載されている魔術の痕跡が私が経験した禁術のそれと似ていた」

「あなたはその力を使えるのですか?」

「使えない。ただ持っているだけで、私の心身を蝕むだけだ。私は持つに値しない器だから」


 もしかすると、ジュリアンを苦しめている呪いや後遺症とは、月の力の事なのだろうか。


(でも、おかしいわ。同じ力を持っているのに、ノエルは声が聞こえると言った事なんて一度もない)


 そもそも、聖遺物に込められていた月の力とは、どのような物なのだろうか。

 受け継ぐ力と、物に込められていた力。

 同じ「月の力」でも、ノエルが持つ力とは、似て非なるもののようにも思える。


「正直に言えば、こうして対峙しなければノエル・ファビウスの月の力に気付かなかった。私が持っている力は非常に弱いようだから、ノエル・ファビウスの力を感知する事もままならない」

「……その力を手放すつもりは?」

「できるものならとっくの昔に手放している」

「なるほど、方法を探っているという事ですね?」


 ノエルの問いかけに、ジュリアンは無言のまま首肯する。

 感情が読み取れない表情で、深く頷いた。


「我々にその話をするという事は、父君であるエルヴェシウス卿を告発するつもりですか?」

「そうだ。私は今、ノエル・ファビウスに協力を求めている」

「その見返りは何ですか? エルヴェシウス伯爵家を相手取るのはあまりにも危険ですから、得る物が無ければ動きません」

「……父上たちが隠してきた神話について教えよう」 


 それは、ゲームでは語られていなかった事実で。

 ゲームの中に登場したジュリアンは、神話の事なんて何も言わなかった。

 シナリオには関係なかったから、と言えばそれまでなんだけれど。


「私には月の力の一部を埋め込まれている。しかしその力の性質は、王族に受け継がれる力とは異なるものだ」

「それは月の力と言えるのですか?」

「正真正銘、月の力だ。元を辿れば同じ神が持っていたが、私が得たのは闇の性質が含まれている微量の力だ。父君たちが隠した神話では、『邪神の力を弱めるために女神が分けて聖遺物に閉じ込めた』とされている。それを、女神はグウェナエルを連れて王国中を旅してばら撒いた」


 私はゲームを通してこの世界の事を良く知っているとばかり思っていたけれど――。

 実際には知らない事ばかりなのだと、思い知らされた。

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