07.ジュリアン・エルヴェシウス
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獣化が解けたイセニックは休まず授業に出ており、ゼスラの護衛をしている。
ハプニングがあったものの、いつも通りの授業風景だ。
(いいえ、まるっきりいつも通りではないわね……)
当事者たちの間には変化があったようだ。
「イセニック、視線がリア殿に釘付けになっているぞ。今は授業に集中しろ」
「……っ! そ、そんなことありません!」
「ほう? 目が泳いでいるぞ?」
「くっ……! これは、俺の意思とは関係なく体が勝手にしている事です!」
これまでならゼスラの安全だけを考えていたイセニックだけれど、今は集中力が散漫で、時折リアを見つめているのだ。
もしかして、ではなく、明らかにリアを意識している。
リアの方もイセニックをチラチラと見ており、たまに視線が絡み合うと、二人とも勢いよく目を逸らしている。
お互いに気になるけれど視線を合わせられないなんて、少女漫画の一頁を見ているようで微笑ましい。
「いやはや、青春はいいな。じいやたちが勧める理由がわかる」
ゼスラは朝からずっとこの調子だ。
じいやたちはゼスラに青春を送って欲しいだろうに、当の本人は青春を見守る事を楽しんでいる。
ゲームではエリシャに好意を抱いていたゼスラだけれど、この世界のエリシャはバージルが完全包囲しているから恋が始まらなさそうだ。
(卒業まであと二年はあるから、この先どうなるのかはわからないけれど――)
ゼスラは護衛の恋を温かく見守っているだけで、自分が恋をしたいといった様子ではない。
彼にもいい出会いがありますように、と祈るばかりだ。
「せ、青春ではありません。俺はゼスラ様の護衛を任されているのですから、恋に現を抜かすわけがありません」
「素直になればいい。それに、どちらもすればいいではないか。私はイセニックが己の幸せを手にしてくれると嬉しいぞ」
「だ、だから俺は恋なんてしていません!」
と、口では言っているけれど、ゼスラの顔は真っ赤だ。
やはり、明らかにリアを意識している。
バレバレな反応を見せるイセニックに、自然と同級生たちが向ける視線は生温かいものになる。
すると、二人の会話に割って入る人物が現れる。
「――その青春とやらはそんなにも愉快なものなのか? 今一つ解せないな」
「なれば、エルヴェシウス卿も私と共に青春を学ぼうぞ!」
「それは学べるものなのか? 思うに、青春とは抽象的な概念であり――」
ジュリアンが何食わぬ顔で、ゼスラたちに話し掛けているのだ。
そう、変化と言えばもう一つ。
今朝から、ジュリアンが研修の名目で私の授業に参加している。
(学園長め……、また面倒事を勝手に引き受けて私に押しつけたわね……!)
一緒に来ていたソラン団長は午前中に王宮へ戻ってしまったが、ジュリアンはずっと残っており、生徒たちと一緒に学食で昼食をとったり、彼らと一緒に話しをしている。
「どうして青春に拘る? ゼスラ・ルドライトは青春の研究者なのか?」
「貴様! ゼスラ様を呼び捨てにするな! 殿下を付けろ! 殿下を!」
「イセニック・ストレイヴは短気だな。魔力は感情に影響されて体内抑制力が弱まる事が研究で解明されている。爆発的な感情は抑制せねば、そのうち体内の魔力回路が破裂するぞ」
「くっ……!」
「おお! イセニックが堪えた!」
ジュリアンの個性と言うべきか、人をフルネーム呼びしており、誰これ構わず呼び捨てになっている。
ゲームではそんなジュリアンを生徒たちは遠巻きに見ていたけれど、この世界では上手く馴染んでいるようだ。
(とりわけ、ゼスラと打ち解けているようね)
どんな相手にも丁寧に向き合う性格もあり、ジュリアンの質問に丁寧に答えているから好感が持てるのだろう。
ゼスラの方も、魔術の知識が豊富なジュリアンの話に興味深々だ。
二人が仲良く話していると、イセニックは主を盗られたと言わんばかりに不機嫌になっているが……概ね平和だ。
ジュリアンが加われば何か起こるのではないかと警戒していたが、案外そうでもないようで安心した。
「……」
「エルヴェシウス卿? いかがしましたか?」
ふと、ジュリアンの視線を感じた。
見つめ過ぎていたのだろうか。
「今朝から気になっていたが――レティシア・ファビウスから異質な魔力を感じる」
「えっ?」
もしかして、私に掛けられているノエルの魔法の事を言っているのかもしれない。
以前も、セルラノ先生やルスは私に掛けられてる魔法からノエルの魔力を感じ取っていたのだ。
(ジュリアンも魔力が強いから、月の力を感じ取れるのかしら?)
どう答えようかしら、と悩んでいると、隣に居るサミュエルさんが小さく咳ばらいをした。
「僕は魔力以前に、エルヴェシウス卿のその呼び方が気になります。少なくとも、ファビウス先生は呼び捨てにせず敬称をつけてください」
「……悪かった。努力する」
「ええ、そうしてください」
珍しく、サミュエルさんがピリピリとしている気がする。
ジュリアンも珍しく、押され気味の様子だ。
(気のせいかしら?)
いつも通りの穏やかな笑顔だけれど……、どことなく苛立ちのような感情が見え隠れしているのだ。
(ジュリアンと面識がある……? それにしては、ジュリアンの方は特に何とも思っていなさそうね)
ゲームの設定を辿ってみても、ジュリアンとサミュエルさんの繋がりがあるようには思えない。
そもそも、サミュエルさんはゲームに登場しない人物だから、描かれていないだけかもしれないけれど。
(何故だか引っかかるのよね)
服の釦を掛け違えた時に似た違和感を感じるのだ。
その違和感の招待はわからないけれど、どことなく居心地が悪く、胸騒ぎがする。
(きっと、いつもと違うサミュエルさんを見て、驚いただけよね……)
人当たりが良くて誰にも気さくで優等生なサミュエルさんがあのような反応を見せたから、気になっているのだろう。
そう自分に言い聞かせ、不安を取り払った。
◇
ジュリアンは放課後も学園に居座り続けた。
研修はとっくに終わったというのに、ゼスラたちと楽しそうに話している。
――ここ、魔法薬学準備室で。
何故かゼスラがジュリアンたちを誘い、一緒に訪ねてきたのだ。
生徒たちが気軽に訪ねて来てくれて嬉しいが、今日は人数が多くて座れない人も居る。
ゼスラとリアとイセニック、そしてエリシャとバージルに――サミュエルさんが遊びに来てくれたのだ。全員が揃うなんて珍しい。
「みんな、お茶を淹れたから召し上がれ」
「あ、ありがとうございます! 私が配りますね」
働き者のエリシャがテキパキと動き、お茶が入ったティーカップをみんな配ってくれる。
食堂で働いていた事もあり、手馴れているようだ。
お茶が行き届き、テーブルを囲んで話をしていると、またもやジュリアンの視線を感じた。
「どうしましたか?」
「やはり、レティ――ファビウス先生から感じ取る魔力が不思議だ」
「は、はあ……」
「これまで人間から感じ取ったことがない魔力だから気になる」
「……え?」
ゆっくりと、ジュリアンの手が伸びてくる。
「本当に、人間なのか?」
「それはつまり、どういう――?」
予想外の質問に動揺する。
着実に近づいてくるジュリアンの手を、ただ茫然と見つめ返すことしかできない。
あともう少しでジュリアンの手が頬に触れそうなところで、魔法薬学準備室の扉が開いた。
「ノ、ノエル?!」
魔術省の制服である紫紺色のローブをはためかせ、ノエルが部屋の中に入って来る。
凍てつくような氷の微笑を浮かべて、紫水晶のような瞳はしっかりとジュリアンを捕らえている。
「おやおや、どうしてここにエルヴェシウス卿がいるのでしょうか?」
それはこっちの台詞だと心の中で唱えつつ、いつになく早いお迎えに来た夫を見守った。
本話でようやく100話目になりました!
どんどん伏線を回収していきますので、これからも黒幕さんをよろしくお願いいたします。




