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すきです(しろくろバージョン)

桔梗楓さんの「すきです」https://ncode.syosetu.com/n7199cz/ を

私の文体で書かせてもらいました。

多分、楓さんの作品を読んでもらわないと、こっちの話は意味不明なとこもあると思います。

おんぶにだっこですいません。だって包容力がしゅごい。


楓さんにも私の作品を楓さんの文体で書いていただいています。

(恐れ多いけど、嬉しい!!!)

「どういうつもり?」


 きょとんと首を傾げる朝比奈に対し、幸彦は少し苛々したように彼女を睨んだ。

 朝比奈清花は俺、夏目幸彦の務める会社の後輩だ。

 会社では地味で目立たない女性社員で、会話も少しする程度の関係。

 その関わりが少ない女社員が、自分のプライベート空間に出現し幸彦はイライラしていた。


 にゃんこメイドカフェ『まじっく☆きゃんぱす』


 そこで彼女がにゃんこメイドとして登場して以来、幸彦の日常が崩されたのは大袈裟な表現でもなんでもない。


 まず初めに公言しておく。

 幸彦はイケているメンズではない。

 身長は170そこそこ。少し釣り目で小太りのどこにでもいるごく普通の男だ。

 30歳目前にもなって、ゲームやアニメが好きと大きな声では言えない趣味をもっているが、悪い事をしているわけでもなしにと幸彦は開き直っている。


 いい歳なんだからそろそろ大人になれ?

 余計なお世話だっつーの。

 しかし、余計なお世話をする奴はいるもんで。

 会社でもヒソヒソと俺のオタク趣味について噂をする女子社員は一定数いるのも現状だ。


「実際の女に興味を示さないのってさーアニメの女の子が好き~とか言ってるからでしょ」

「うわー30前でオタクとかヤバくない? リアルでロリータ嗜好に目覚めないといいけどー」


 暇人め。聞こえてるし。

 そして、俺はアニメの女の子が好きとか言ったことないし。ロリコンでもねぇし!

 マジで現実の女はクソ。

 彼女たちに俺の趣味を理解してもらおうとも思わない。

『全て誤解だ。アニメの女の子が好き? 君たちの考えは非常に短慮で軽薄じゃないかな。そもそも世界におけるアニメとは――』なんて語ってみろ。

 何十倍にも打ち返されては、話に尾ひれ背びれに羽までつけられて嘘を(まこと)にし、社会的にも殺しにくる。

 よって俺は、賢い貝になるしかない。女社員からの男社員への虐めに対してもっと社会問題にするべきじゃねぇかな。ハラスメント悩み相談窓口に電話したい。

「オタクって女子から陰口言われています」

「オタクを悪口と思う方が問題では?」

 わーい。りっふじーん。もしかして世間はオタクのブ男には人権がないと思っているとか?

 ありうるかも。


「これ、俺の分も出しておいて。それから今日仮契約書が取れる予定だから、本契約書の用意していて。念の為に二枚」

「わかりました」


 女社員でも無害な朝比奈に書類を託して、さっさと仕事にでる。

 今日はこのまま直帰したいな。ダメか。水曜じゃないし。


「なにあれ、相変わらずえっらそーなデブ男よね」


 はいはい。うっせぇ。うっせぇ。

 現実はクソ。

 はっきり、わかんだね。


「お料理に魔法をかけますにゃん!」


 可愛いねこみみメイドたち。

 ノー残業デーの水曜日。

 幸彦にとっての癒しの曜日となるのも必然。


「ご主人様に目いっぱいのハッピーとセラピーをあげますにゃーん!」


 そこで働く彼女たちの愛嬌、しぐさ、そして笑顔、サービス、全てが幸彦を癒したのだ。

 噂好きの会社の女たちとは違って女の生々しさがないのがいい。

 虚像である彼女たちと作られた設定の中でコミュニケーションをとるのはシミュレーションゲームに似ていて、もう楽すぎでワロスワロス。


「さぁご主人様もご一緒に!私がくるくる~って回りますから、ご主人様はお手手でくるくる~っとハートマークを作ってほしいにゃん。そして最後は一緒に『はーとふるきゅんきゅん』って言うにゃん!」

「はーとふるきゅんきゅん♡」

「上手にゃん!」


 あ゛ーーーーーーー。

 癒される。


 毎週水曜日は俺の癒し。


 仕事はちゃんとしているんだし、文句を言われる筋合いはないだろ。

 そう、文句を言われる筋合いはない。ない。

 ないのに――目の前の女 朝比奈清花は自分の領域に土足で踏み込んできて、冒頭に戻るのである。





「朝比奈は、ああいう店で働く趣味でもあんの、って聞いてるんだよ」

「しゅ、趣味ってわけじゃないですけど、あの……」

「メイドカフェに来る客層なんて超限定的だろ。いわゆるオタクって呼ばれるヤツが多いじゃん。朝比奈って、実はアニメとかそういうのが好きなヤツなの?」


 幸彦の不穏な空気を感じながらも、朝比奈は控えめに首を横に振っている。


「そ、その、アニメ……とか、萌え? とかは正直わかりません。た、ただ、私……」


 何かを言おうとぐっと拳を握る朝比奈を冷めた目で眺める。

 幸彦は癒しの水曜日をこの女に壊された事に怒りが収まらないのだ。


 はぁ?????

 アニメもわからない?

 だったら、なぜメイドカフェで働く?

 衣装が可愛いから? 猫耳ついてるけど? そういう趣味なわけ?


『癒しを求めてメイドカフェに行ったら、会社の後輩が働いていた件について』


 なろうでもランキング圏外だろ。こんなクソタイトル。


 アルバイトは規定違反ではないか……と苦し紛れな嫌味を言うと「会社はちゃんと規定に就業後、もしくは休日のみならアルバイト許可って書いてあるにゃん!」と、不自然に語尾に『にゃん』をつけて答えがかえってきた。


 偶然だと思いたかった幸彦だが、これから毎週水曜日。

 朝比奈のたどたどしい接待をうけることとなった。



 ちりりんと鳴るドアベルの音が決戦の合図だ。

 そして黒いしっぽの鈴をリンリン鳴らして、朝比奈が駆け寄ってきたら戦いが始まる。


「まじっく☆きゃんぱすにようこそご主人様!」

「はぁ~~」


(勘弁してくれ)


 癒しの水曜日を避ければ? って思うじゃん?

 土日も働いているんだよ!! コイツ!!

 金か? 金に困ってシフトをいれているのか?!


「はぁ……はーとふるハンバーグのセット」

「かしこまりましたにゃん。セット内容はごはんでいいですにゃん?」

「……っ、ごはん、で」

「わかりましたですにゃー! 少々お待ちくださいませにゃんっ」


 少し可愛いと思った自分にもムカつく。


 俺は通うのを辞めない。

 行かなければいいと思う奴もいるだろう。

 行かなかったら行かなかったで、負けたみたいでむかつく。

 俺は何も悪い事をしているわけじゃないんだし、オタク趣味が悪いなんて法律あります?

 幸彦は半ばやけくそで通いだした。


(どうせ俺を影で笑うためのネタ探しなんだろ)


 リボンやフリルをあしらった、かかとの高い黒のローファーに黒のニーハイ。

 赤いミニスカートの中には沢山の白いフリル。

 胸元がバルコニーになった白いブラウス、バルーン型の半袖。腰をぎゅっと締めるのは茶色の編み上げコルセット。

 そして欠かせないふりふりエプロン。

 コルセットの後ろに留めた黒いしっぽの先にはリンリンと鳴る鈴。

 頭に嵌めた黒い猫耳カチューシャ。


「らぶきゅんまじっくでメロメロにしちゃうにゃーん!」


 そんな可愛っ……恥ずかしい格好で、にゃんにゃん、俺に媚びなんかうってさ。

 メロメロになるわけねーし。メロメロになるわけねーし!!!(復唱)


 マジで何を考えているかわかんねぇ。


 決着をつけるために、直接本人に聞くことにした。

 店の外で待つのも気を遣う。こういう店って、ストーカーとか多そうだし。

 うわ、ごみ捨ての人と目が合った。こっちみてニヤニヤしている。

 ち、違うんです。ボク悪いサラリーマンじゃないよ! ただのキモオタだよ!

 裏口から出てきた時、ホッとしたのと同時にこっちを見てニコニコ笑う朝比奈にどうしようもない気持ちが勝って、自分でもびっくりするくらい低い声がでた。


「会社の知り合いがああいう猫耳つけてさぁ、語尾ににゃんとかつけて。見ていられねえよ。限界なんだ。俺に嫌がらせしてるつもりならやめてほしいし、好きでバイトしてんなら俺はもうあの店には行かない。頼むから、俺の領域に踏み込んでくるな」


 領域どころか頭の中にまで踏み込んできてるし。

 なんで俺が会社の後輩を意識しないといけないの。

 意味わかんないんですけど?


「なっ、夏目さんが、こういうの好きだって聞いたから……っ!」


 後ろめたさも混ざった様な、あたふたとした声に冷や水を浴びせられた気になる。

 は、は、はぁ……うわっ……まって。え、もしかして。俺って。

 キモっ。俺、めっちゃキモい。

 もしかして、朝比奈って俺の事? なんて心のどこかで期待なんてしていたわけ?

 キモい。キモけら。キモけらしー。意味不明なキモ進行形を活用しちまったよ。

 期待するだけ馬鹿って、わかっていたはずだろ。何年人間やってるの。人間やめろよ。豚。

「お兄ちゃん、いつ結婚するの? あ、ごめんねできないんだった。人間じゃないもんね。ブヒブヒ」

「死ね」

 先日実家に遊びに来ていた愚妹が脳内で俺を笑う。

 甥っ子、姪っ子は天使だけど、あいつは悪魔だ。エロイムエッサイム エロイムエッサイム。

 さっさと地獄に帰れ。


 さっきまでメイド服を着ていた朝比奈は今は普通の会社帰りのOLみたいな恰好をしていて、幻想から(うつつ)へと目が覚めていく。

 平日は毎日会社で事務員としての大人しい朝比奈。

 メイドカフェではねこみみメイドのラブラブキュンキュンな朝比奈。

 服装は違うけれど、どっちも一生懸命仕事をする姿に――ひょっとして俺を笑う為じゃないんじゃないって願望みたいなのを踏みにじられた気がして。


「ははっ。あーーはいはい。そういうことね」

「夏目、さん?」

「噂は本当だよ。俺はまぁ、オタクってやつ。アニメとかゲームとか好きな奴。だけどそれのどこが悪いんだ? 趣味なんだからほっとけよ。仕事はちゃんとやってんだろ」


 やべ。ダサすぎなのに泣きそう。

 こんなに純粋そうな顔をして、やる事が鬼畜すぎるだろ。

 さん、はい。『現実の女はクソ』

 何度も脳内で復習しないとコロって騙されるわ。気をつけよ。


「メイド喫茶通ってる俺を笑うためにわざわざバイトしてんの? そこまで暇人じゃないよな。だけど、それならなんで朝比奈はあんな所でバイトしてんの? 痛いんだよマジで。やめてほしい」


 痛いのは30歳手前でメイドカフェにハマっている俺だってわかっている。

 高校時代に少しいいなと思っていた子が、陰で俺を笑っていた事がフラッシュバックして――

 ヘロートラウマ(あいぼう)。バイバイキーン。

 俺はトラウマ克服検定1級だから涙は流さないが、2級だったら号泣していた。

 年下の女の子に詰め寄って、いい歳した男が何をしている。


「会社の知り合いがああいう猫耳つけてさぁ、語尾ににゃんとかつけて。見ていられねえよ。限界なんだ。俺に嫌がらせしてるつもりならやめてほしいし、好きでバイトしてんなら俺はもうあの店には行かない。頼むから、俺の領域に踏み込んでくるな」


 領域どころか頭の中にまで踏み込んできていたからね??

 なんで俺が会社の後輩を意識しないといけないの。

 この歳で勘違いしてマジ恋とかさせられてみ?

 俺、簡単に壺とか絵画とか買っちゃうよ? 喜んでラッ×ンのイルカの絵を寝室に飾っちゃうし。

 実家暮らし独身男の小金持ちぶりをなめてもらったら困るよ。


 俺ってば多感な年頃なの。男独身の実家暮らし。子供部屋おじさんと揶揄われていて、個人の事情もお構いなしに世間の風は厳しい向かい風。

 家族との団らん中。

 言葉を脳に通すのを忘れた母親の「幸彦と趣味があう子がいたらいいわね」のカウンターに「アニキが結婚?? そんな慈善事業団体ないわよ」と、実家に遊びに来た愚妹の会心の一撃。親父は我関せずとナイター鑑賞。

 湯呑をつかみつつ「俺だってな!」と言って頭によぎったのは誰だ?


『ご主人様!』


「……うっせぇし」「はぁ??? 痩せろよ。キモオタ豚」「あらあら」


 いいたい事を言った俺は、朝比奈の脇を通り過ぎて駅へ向かう。

 その時、朝比奈がどんな表情をしていたかなんて。

 自分の事しか考えられない俺は知る由もなかった。





(俺は負けず嫌いなんだ)


 土曜日のランチタイム。

 店の入り口につけられている鐘が憎らしい。


『まじっく☆きゃんぱす』


 何度も行くのを辞めようかと思ったさ。

 会社でも凡ミスをして叱られている朝比奈の姿を思い出したら、財布とスマホを持って駅に向かっていたのだ。

 あの日以来、朝比奈はハリウッド映画デビューした雷ネズミみたいに萎れた顔なんてしちゃってさ。

 ミスを連発で係長に小言を言われているしおしおしい姿に、目をそらす毎日。


 しおしお。しおから。しおからすぎー。

 なんなの? 俺のせいなの? メイドカフェで働いている時みたいにバカみたいな笑顔していればいいのに。

 雨雲背負って。湿度が高くて無性にイライラする。ミスをしたら周りに助けてもらえばいいのに。

 一人で頑張ってさ。不器用にも程があるだろ。


 ミスで小さくなった朝比奈の背中が目に入る。

 小さい背中。こんな朝比奈の姿、9月頃にもみた。

 深夜までしおしおした顔をPCに向けているから、声をかけたのだ。

 いくら警備員が在中しているオフィスでも、女一人が居残り仕事をするのは危ないだろうと。

 終電がなくなるまでに早く帰れと言おうとしたら、朝比奈は弱り切った声で営業報告書でポカをしたことを話しだした。


 8月の営業報告書に9月分の報告書もずっと打ち込み、気付いたのは18日。

 毎月の締め日である20日までに修正しなければ営業マン全てに迷惑がかかってしまうと深夜にまで残って修正をしているのだ。

「係長や課長を通して経理に回されるから早くしないと、歩合給が減ってしまうんです」

 つまり、今のままでは一ヵ月分の歩合がゼロになってしまうの。私のせいで。

 あくまで事務レベルのミスであるため、次月の給料日にまとめて歩合給は支払われるだろうが、問題はそこではない。今月の給料がいつもより少なくなるというのは、営業マンにとって深刻な死活問題に繋がるのだ。

 あまりにもの悲壮感と俺の給料にも直接関係するミスだから手伝ってやったら、こっちが引くくらい礼を言われた。


「夏目さん! ありがとうございました。夏目さんが手伝ってくださらなかったら……本当に、本当に、ありがとうございました」


 含みもない心からの言葉に押されて、なんて返事をしたかは覚えていない。

 あれからあんな様子はみなかったのに。

 何もないところで躓いている朝比奈にムカついて。外回りのために会社をでた。


 ただでさえ話すのもトロいんだからミスを連発して平謝りばかりして、何かがあったって言っているようなもんじゃん。

 女のグループって、隙をみせたら恰好の餌食だろ。

 会社帰りにゲーセンに寄ったのを目撃されただけで、次の日には『ゲーム好きのオタクくん』一週間たったら『アニメ女子が好きなロリコン』にメガ進化するからな。これ、俺がソースね。昨日なんか『あのデブ、童貞臭いもんね』って?? はぁ??? ど、どどどどどど童貞ちゃうし。泣いてなんかない。



 回想終了。


 店の入り口でうろうろしていたら、別の客に「入っていいですか?」と聞かれて「すいません」と慌てて入店。

 あーーはいってしまった。ときょろきょろと店内を見渡すとまずまずの混雑具合で、すぐに目に飛び込んできたのは、朝比奈のいつもの笑顔だった。


(ほっ)


 ほっ? ????


 一瞬の安堵感に戸惑う。

 しっかし、なんだ。その。あー。気を使って損をした感じ。

 笑ってるし、元気じゃん。

 案内のために前を歩く朝比奈のしっぽに括り付けられている鈴を見ながら、俺は息を吐く。

 さっさと頼んでさっさと帰ろう。逃げずに来ただけで俺の勝ちだろ。俺、えらーい。


 テーブル席に案内されて、メニュー表を手にしようとしたのを「ご主人様!」と大きな声で遮られ、ビクッと肩が跳ねた。


「き、今日は、ご主人様のご来店スタンプカードが全て埋まる記念日ですにゃん」

「……そうだっけ?」

「そうですにゃー! 当店ではスタンプカードが全て埋まると、にゃんこメイドから心ばかりのプレゼントをしているにゃん。まずは萌えラッテでご主人様をめろめろにしちゃうにゃん! お待ちくださいにゃ!」


 いつもよりも1.2倍速で話した朝比奈は厨房へ「萌えラッテ、お願いします」と声をかけに行ったかと思うと、別のメイドたちと一言二言話した朝比奈は、萌えラッテをトレーに乗せ戻ってきた。


「ご主人様、お待たせしました。萌えラッテになりますにゃん!」


 トレーの上にはチョコレートのデコペンつき。


「では早速萌えラッテの魔法、『もえもえ☆まじっく』をかけますにゃん。ご主人様に恋の魔法をー! めろめろきゅんきゅーん!」


 くるくるっと回るとフリルの沢山ついたミニスカートがひらひらと舞う。

 太ももとニーハイの絶対領域を見ない様に視線は萌えラッテに集中した。

 朝比奈の細長い魔法スティックがカフェラッテを指し、ハートの形を描く。

 彼女はニッコリと笑顔を作り、その笑顔に、胸のどこかに痛みを感じた。


「さぁご主人様、萌えラッテに恋の魔法がかかりましたにゃん。これからキヨカが心をこめて萌えラッテにお絵かきするにゃん。何が良いですかにゃー?」

「……何でもいいから、はっ早くして」


 あ、あちい。

 ものすごく恥かしくなっているの、なんで?

 早口で返事して、少しどもったのも恥かしくてたまらない。

 床に身体を打ち付けて、沖に上がったマグロみたいにびったんびったん身体を打ち付けたい。


 なんだ。これ。なんで俺、ドキドキしてんの?

 頬がひりついて、じわじわと。

 高校生かよ。アオハル? 

 いや、俺にこんな青春はなかった。俺の高校時代はというと、コードがギアで右目を隠して……おっといけない。この歳で開けてはいけない箱だった。オッドアイに憧れを抱いてはいけない。教科書にも書いている。そして萌えラッテにかかれたのも、絵ではなかった。


「えっ」


 たった4文字。


 ちょっと前に期待していた少女漫画みたいな展開に、オタクの妄想乙なんて軽々しいスラングで茶化して誤魔化して、4文字を嘘として扱ったら多分俺の春は一生訪れない。

 これでもかというくらいに顔を真っ赤にした朝比奈の勇気に、これがリアルだよ。と熱せられた頭がクラクラする。


 そっとテーブルに置かれたメッセージカードを誰にも見つからないように隠すのが、今できる精いっぱいだった。



 ――4時にアルバイトは終わります。私の想いに応えてくれるなら、待っていて下さい――



 あー、あちい。あちい。

 ここ暖房かけすぎじゃねぇ? パタパタと手であおぐけど熱はなかなか下がらない。

 隅のテーブルだったのもいい事に、こそこそと萌えラッテをスマホのカメラ機能でパシャリ。

角度を変えてパシャリ。パシャリ。パシャリ。パシャリ。パシャリ。

 パシャリ。パシャリ。といっておりますが、えーワタクシオタクですから、シャッター音がしない有料アプリはずっと前に取得済みなんですよ。普段は野良のお猫様でしか活用していないけど、今日ほど買ってよかったと思った事はない。写真フォルダを潤わせた俺は、ニヤニヤとこっちを見ているメイド二人に気付かず、カップを持ち上げ、4文字を飲み込んだ。




 さて、4時までどこで時間をつぶそう。








 調子がいい? ちょろい? 手のひらクルーの初段決めてるんじゃねぇ?

 ごめんごめん。でもさーしょうがなくない?

 俺に会いたい為にメイドカフェでバイトして、俺が好きだから、アニメも好きになりたいって。

 健気すぎない? そんな健気な女の子の気持ちを無碍にしろと? 鬼なの? 前世は鬼舞辻無惨なんじゃない? 


 2次元にしか住んでなさそうな女の子が、3次元で! 俺の事を好きって言っているんですが??

 ギャルゲーで攻略した女の子じゃないリアルの女の子が!! メイド服も似合ってにゃんにゃん可愛い俺だけのねこみみメイドさんが!!! 俺の事をね、好きって!! 好きって!!! 言っているんです。

 証拠ならありますけど、写真みます??? あ、ごめんね。日本語読めます? 4文字のこの世で最も尊い言葉なんですけど。え、はしゃぎすぎキモイ。フォルダしまえって? 何いってるのかわかりませんね。


 ああ、足元に向かって「ブラジルの人、聞こえますかー?」って呼び掛けて自慢したい。

 は? 現実の女はクソって言ってなかったって? はぁぁぁ?? なんなのそのアンチフェミニスト的思考。時代から逆行しているんじゃない? お前はどこから産まれたの? お母さんでしょ? 現実の女性でしょ? それをクソなんて。クソいう奴のがクソだわ。とりあえず箪笥の角で小指を打って死ね。


 さっそく愚妹にLINEをしたら「精神科を予約しておく」「妄想乙」と返事が来た。

 俺の心は机にこぼした牛乳から大海原くらいは大きくなったから、可愛い猫ちゃんのスタンプ「ぶっ殺」で返事してブロックしておいたね。


 30歳手前で、高校生みたいな交際が始まるなんて。

 高校生から恋愛感がずっとフリーズしていた俺にはちょうどいい。

 再起動ありがとうございます。

 作っててよかったリカバリーディスク。


 あと、これだけは言わせて。

 繋いだ朝比奈の手、柔らかくて小さくて可愛すぎ。

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