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第七話①

 そんなある日、ルチアがある提案をしてきた。


「少し考えてみたのですが、シビルが早々に殿下の婚約者になればいいと思うのです」

「ど、どういうこと?」

「あなたが殿下の婚約者になりえると今のうちから分かれば、クリスタル公爵はあなたの妹を探して引き取ることに抵抗がなくなるのではないかと思うんです。

 どうにかして殿下と接触し、ある程度親しい関係になって手紙でも送り合えば、証拠を提示しつつ説得も可能でしょう」

「なるほど……!?」


 確かに。『ナナハナ』では、『シビルが殿下の婚約者になれるかも』という時点で父はマリベルを探していた。

 昇進の生け贄のほかに、家を継ぐ子どもが必要になったから。

 わたくしが殿下の婚約者になれる可能性が高まり、かつ、マリベルの居所が簡単に分かれば、早く引き取ってもらうことも可能かもしれない!


「……って、簡単に言うけれど、まず殿下と接点を持つのが難しいのではなくて?」

「そこなんですが。

 近々、オズワルド殿下がお忍びで参加されるパーティーがあるようです」

「本当に!?」

「はい。メイドから情報を入手しました。

 オズワルド殿下の幼馴染みがパーティーを開くそうで、ゲストとして少しだけ顔を出される予定だとか」


 クリスタル公爵家では、使用人の人事については家令のマクラーレンに一任されている。

 基本的には、財産や機密情報を守るため、それから娘を(一応)守るため、ある程度身分の保証された貴族からの奉公など、身辺がはっきりした人間を採用している。その中にはもちろん、他の貴族とつながりがある人間もいる。

 ルチアはそこに目をつけたらしい。


「なるほどね。メイドの友達の友達の友達が殿下に繋がっていたわけ?」

「ええ。あるメイドが以前から親しくしていたご令嬢からつながって、あるご令息にたどり着きました。

 どうやら殿下の幼馴染のようで、その方の妹君が誕生日パーティーをするというので、こっそり殿下をお呼びしているようです」


 ん?

 なんか不穏な響きが聞こえたような……。


「パーティーに参加すれば殿下にも接触できるでしょう」

「でも、パーティーって誘われないと行けないのよ。わたくしなんか誘うわけないじゃない」

「それが、招待状がここに」

「!」


 ルチアはどこからか取り出した手紙を渡してくれた。

 開いてみると、確かにパーティーのお誘いだ。宛名もシビル・クリスタルになっている。


「……わたくしが言うのもなんだけど、なぜわたくしを誘っているの?」

「あとで文句をつけられないようにでしょうね。何か言われても招待状は出してあるし、来なかったのはそちらだと言えますから。

 シビルが最近どの集まりにも参加していないことを知って、招待状を出しても参加しないと踏んだのでしょう」


 確かに、わたくしは社交の場にほとんど参加していなかった。かつて行ったお茶会で、自慢と悪口と罵倒を繰り広げたせいで退場させられたからだ。

 それ以降わたくしもお茶会をつっぱねるようになったし、そもそも誘われなくなった。

 おかげで、わたくしについての悪評は広まりまくっているわ。

 直接聞いたことないけど、『ナナハナ』でそうだったから多分そう。


「実際、この手紙も受け取ったメイド長が普通にお断りの連絡をしようとしていましたし」

「テレサ……」


 テレサはよく気が付き、気が優しく、わたくしの一挙手一投足におびえている。やらかし以降社交アレルギーなわたくしの怒りを買わないように、各種招待状が来たとしてもさっさとお断りして破棄してくれていたようだ。

 いや一応聞いて?と思わなくもないけど、前世の記憶がなかったら『パーテ』ぐらいまで聞いたら枕でも投げつけていそうで何とも言えない。


「メイド長がお断りする前に招待状を入手できました。

 先方は来ないと思っているでしょうが、乗り込む価値はあるでしょうね」

「ものすごく嫌がられそうだけどね」

「それは日ごろの行いですから」


 ぐうの音も出ない。


「……ま、まあ、なにもしないよりいいわよね。うまくいけば手紙くらいは頂けるかもしれないわ。

 とにかく善は急げよ。ルチア、参加のご連絡をして。

 ……それから、新しいドレスを買い付けるわよ!」


***


 パーティー当日。

 ひきつった笑顔で迎えてくれたマクブライド公爵とそのご令嬢と軽く挨拶をかわし、わたくしは会場である庭園の隅っこでドリンクを飲んでいた。


「……まさか、マクブライド公爵とはね」

「そういえば聞いた名前にありましたね」


 侍従としてついてきてくれたルチアが相槌してくれる。


 マクブライド公爵家は、代々王族に協力し親密な関係を結んできた有力貴族だ。

 王子や姫と同年代の子どもが生まれた際には、遊び相手として登城させたりしている。

 現マクブライド公爵には息子が一人いて、殿下とは幼い頃からの付き合いの、いわゆる幼馴染だ。

 そのマクブライド公爵家の長男、クラレンス・マクブライドは――『ナナハナ』の攻略対象の一人なのだ。


「なんか不穏な響きだと思ったのよね、殿下の幼馴染って。

 できれば会いたくないし、殿下にアタック出来たらさっさと帰りましょう」


 サプライズ登場がいつごろか分からないけど、それまでは粘らないといけないわ。オズワルド殿下にお会いするまでは隅っこで大人しくしておかないと。

 一応張り切ってドレスとか新調してみたのだけれど、あまり意味なかったわね。今まで好んでいたド派手でギラギラしたドレスではなく、飾りの少なくてすっきりした青色のドレスにして、印象を変える努力をしてみたのに。

 どうにも他のご令息ご令嬢からかなり遠巻きに見られているわ。わたくしの周りだけ人が全くいない。


「わたくしのそばにいてくれるのはルチアだけだわ……」

「お給料が出ていますから」


 ルチアにもばっさり切り捨てられた。

 いいわ、今回の目的はオズワルド殿下なんだから。オズワルド殿下とさえ話せればそれでいいんだから。わたくしは悪役令嬢なんだから、他の方々とは親しくなる必要はないわ!


「……虚勢ではないわ。本心だから!」

「シビル。独り言中失礼ですが」


 ルチアが声を潜めてパーティー会場の奥を指差す。

 ライトに照らされていない暗がりで、誰かが話しているようだ。


「あの方々、マクブライド公爵令息とお目当ての方では?」

「えっ!?」


 目を凝らしてみると、確かに、見覚えのある姿の二人だ。


「恐らく、ご登場前にご歓談されているのでしょう」

「これはチャンスね……まだ誰も気づいてないみたいだし。

 話したくない相手も一緒にいるけど、それは仕方ないわ……」


 わたくしはまだマクブライド公爵とご令嬢にしかご挨拶していない。お見かけしたからご挨拶を……という言い訳がギリギリ通るはず。

 よし、ここで一発決めるわ!

 わたくしは静かに歩み出ると、「まあ」と今気づいた風に声をかけた。


「クラレンス様、本日はお招きいただきありがとうございます」


 ドレスをつまんで優雅にカーテシーを披露したわたくしに、一人が振り返った。


 赤みがかった茶髪に、橙色のキリッとした瞳。

 わたくしと同い年なのに、既に均整のとれたしっかりとした体格。

 『ナナハナ』の攻略対象の一人――クラレンス・マクブライドだ。


 クラレンスはわたくしが誰だか気づくと、せっかくの端正な顔立ちを歪めた。

 わたくしをギロッと睨み付けると、「お前……!」と低い声を出す。


「シビル・クリスタル!

 なんでこんなところにいる? なにをしでかすつもりだ!」


 第一声がこれって。

 『ナナハナ』でもクラレンスはシビルをめちゃくちゃ嫌っていたけれど、改めて実感するわ。

 ひるんでもいられないので、わたくしは口元に手を当てて優雅に微笑んで返事をする。


「なんのことでしょうか?

 わたくし、ご挨拶をと思っただけですわ」


 しかし、クラレンスの眼光は鋭いままだ。

 ひゃー怖い怖い。そんなに目の敵にしなくてもいいじゃない?

 ここまで嫌われているとは、さすが悪役令嬢ね。

 一人で感心していたら、クラレンスの隣に立つ少年がクラレンスをいさめてくれた。


「クラレンス、ご令嬢に向かってそんな言い方は失礼じゃないか」

「だが、彼女は……」

「まずは挨拶が先だ。そうだろう?」


 クラレンスがギリッと歯噛みするのをよそに、わたくしは今気づいたという風に少年を見た。

 艶のある青みがかった黒髪、サファイアみたいな輝く瞳。

 品の良い礼服から溢れ出る、畏怖さえ抱かせる気品。

 そして輝かしいオーラを放つ、その美少年は――。


「……殿下、こちらはシビル・クリスタル公爵令嬢です。

 シビル嬢、こちらはオズワルド・フォレスター殿下だ」


 苦々しげにクラレンスがわたくしを紹介してくれる。

 わたくしは「まあ!」と驚いたふりをしてから、その人に向かって深々と頭を下げた。


「お会いできて光栄に存じます、オズワルド殿下。

 シビル・クリスタルと申します」


 顔をあげると、わたくしたちのお目当てであるその人――オズワルド・フォレスター殿下は、わたくしに一礼してくださった。


「こちらこそお会いできて光栄です、シビル嬢」


 そして、わたくしに向かって、微笑みかける。

 その瞬間――。



 オズワルド殿下が、光り輝いた。

 眩くてなにも見えない。

 それなのに、網膜に焼き付いたオズワルド殿下の微笑みが頭から離れない――。



 ……という、錯覚に陥った。


 お、恐ろしい……!

 さすがは攻略対象の中でもメイン格、微笑みだけで好感度を限界突破させてきたのね!?


 前世でもオズワルド殿下に恋心を抱いたりしたことはなかった。

 わたくしにとってはマリベルたんに相応しいかどうかが重要だったから。

 それに、画面越しのオズワルド殿下はここまで輝いて見えなかったもの。

 実際に実物を見たら、シビルが婚約者でいるために執着するのも頷けるほどの美少年だわ……。


 などと考えていたら、クラレンスが急に割り込んできた。


「オズワルド。そろそろ来賓にご挨拶頂きたい」

「しかし、今はお話の途中で……」

「来賓も殿下を今か今かと待っているんだぞ。

 みんな殿下に会いに来た方々なんだから」

「う……」

「シビル嬢とばかり話していたら、待っている人たちがかわいそうじゃないか?」


 クラレンスの言葉を聞いて、オズワルド殿下は言葉をつまらせた。

 その様子を見て、わたくしはオズワルド殿下が『ナナハナ』と同じ性格であることを確信した。

 ついでに、いまだにわたくしをにらんでくるクラレンスも間違いなく同じ性格だ。


「まあ。わたくしのことはお気になさらないでくださいな。

 またあとでお話ししてくださいませ」

「ありがとうございます、シビル嬢」


 わたくしは挨拶をして素直に引き下がった。

 あんまりグイグイいってもはしたないし、まだまだチャンスはあるわ。

 それに、実はちょっとキャパオーバーだったのよね。『王子様スマイル』、恐るべし……!

 元いた壁際まで戻ると、ルチアは呆れたような顔をしながらドリンクを渡してくれた。


「……自己紹介だけで戻ってきたんですか?

 せっかくの機会ですから、もっとお話しされるかと」

「ち、違うわ。今から来賓にご挨拶されるそうだから、邪魔しないように戻ってきただけよ!」


 とルチアには言いつつ、わたくしはいまだに残るドキドキを押さえるためにドリンクに口をつける。

 もはやわたくしの脳みそはオタク(女性・23歳)の思考回路で染まっていた。

 思い出すのはオズワルド殿下の微笑みだ。いまだに目に焼き付いている。

 

 たぶん、あの好感度爆上げフラッシュは攻略対象だから出せる、というものではないのよね?

 クラレンスも顔が良くてかっこよかったけど、ずっとにらんできてちょっと怖かったし。

 他の攻略対象にはまだ会っていないから分からないけど……。

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