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第五話

 一段落したところで、ルチアにはお風呂と着替えを勧めた。

 ルチアの帰りを待つ間、お気に入りのソファに沈み込んで、わたくしは息を吐く。


「……ふぅ、まさか早々に前世の話をすることになるとは思わなかったわ」


 ――やっぱり、正直に話すことなかったかしら?

 まあでも、ルチアは『ナナハナ』のストーリーには関係ないはずだし……。これから色々手伝ってもらうためにも知っておいてもらった方が良いわよね?

 ……いえ、そういえばまだ手伝うと返事をもらったわけじゃないんだったわ。やっぱり言うのが早すぎたかもしれない。

 そんなことしないと信じたいけど、もし『ナナハナ』の話を誰かに言いふらされたら? マリベルたんの華やかな学園生活に差し障ったらどうしよう……!?


 頭を抱えかけたそのとき、コンコンとノックの音がした。


「あっ、ど、どうぞ!?」

「失礼します」


 扉をすっと開けてルチアが入ってきた。


「……!!」


 わたくしは声を失った。


 ほとんどくすんで灰色だった髪は、洗い流されてきらめく銀髪に。

 髪をまとめたことで露になった顔は、ひとつひとつのパーツが適切な大きさであるべき場所に収まり、非常に整っている。

 ボロボロのボサボサだったルチアは、見違えるようにきれいな――美少女になっていた。


「あなたって……とっても美人なのね! びっくりしたわ!」


 さっきまで考えていたことは完全に忘れて、思わずルチアに見とれてしまった。


「…………どうも、ありがとうございます」


 銀色の髪はまだ少しパサついているけれど、これからお手入れをしていけばきっともっときれいになるわ!

 瞳も大きくて深みのあるきれいな菫色で、アメジストみたいに美しい。

 社交界でもちょっと見ないような、ずいぶんな美少女だわ!


 ――でも、銀髪と紫色の瞳……?

 なんだか……どこかで見たことがあるような?

 こんなにきれいな知り合いはいなかったはずだけど……。前世で似ている芸能人とかを見たのかしら?


 しばしルチアに見とれていたけれど、ルチアが訝しげに「なんです?」と言う声で我に返った。


「ご、ごめんなさい。あんまりに綺麗だから、見入っちゃったわ。

 ……ところで、どうかしら、ルチア。手伝ってくれる気になったかしら?」


 前世の話をしてしまったこともあるけれど、わたくしはルチアに手伝ってもらいたいと思っていた。

 いいえ、ルチアに手伝ってもらうくらいでは、マリベルたんを引き取ることは難しいだろうことは分かっている。

 でも……マリベルたんと境遇の似ているルチアを、このまま一人ぼっちになんてさせておけなかった。

 手伝って欲しいことより、むしろそっちの方が大事だわ。


「さっきも言ったけれど、お給料も出すし、三食寝床つきよ。おやつだって出してあげるわ。

 わたくし一人だけじゃどうにもできそうにないの。せめて、相談できる仲間が欲しいのよ」


 だから、せめて生活できるくらいまでお金を貯めていって欲しい。なにもできなかったとしても構わないから。

 ……とは、流石に言わないけれど。

 もちろんわたくしの本心に気づいたはずもないけれど、ルチアは案外あっさりと頷いた。


「給料が出るなら、しばらくはやってもいいです」

「本当に!? ありがとう!!」


 思わず抱きつきそうになったけれど、ルチアがさっと避けたので冷静になった。


「……オホン。と、とにかく、そうと決まれば、マリベル救出についての策を練らなくちゃね!」


 ルチアは頷くと、さっそく「気になったことがあるのですが」と質問してくれた。


「さきほど、あなたがオズワルド殿下の婚約者だとおっしゃいましたね」

「ええ。今はまだ違うけどね。13歳のときに婚約者に決まるはずだから。

 地位をあげたい父が必死に裏から手を回してこぎつけた政略結婚よ」


 13歳の誕生日、父親から呼び出されたシビルは、オズワルド殿下の婚約者に決まったことを知らされる。

 そして挨拶に来た殿下を見たシビルは、初めて出会った美しくて優しいオズワルド殿下に一目惚れしてしまう。


『この婚約は、お父様からの誕生日プレゼントなんだわ!』


 そう思ったシビルはとても喜ぶ。

 実際には、父親は保身と昇進しか考えていないとも知らずに……。


「……というストーリーなの。

 父親の本心も知らずに、絶対に殿下と結婚するって意気込むのよ。だからこそ、ヒロインが邪魔をしていると思って憎んでしまうの。

 ちなみに、わたくしが殿下に嫁ぐとクリスタル公爵家の跡継ぎがいなくなるから、それで父は仕方なくマリベルを引き取るのよ」

「なるほど」

「マリベルはそれまで孤児院にいるのだけど、その孤児院は不届き者が経営していてね。

 国からの補助金や寄付金を着服して、まともに食事や衣服を与えなかったり、施設の補修をしないからボロボロでとんでもない環境なの」

「ああ、それは知っています。何度か職員に連れていかれそうになりましたから」

「そうなの?」

「ええ。入所している子どもの数が多いほど補助金があがるようで、孤児狩りが頻発していますから。

 あなたも見たでしょう?」

「えっ?」


 あれっ?

 もしかして、ルチアを連れていこうとしていた男の人たちって、人身売買とかのヤバい組織とかじゃなくて、孤児院の職員だったの……?

 ルチアはわたくしの脳内を見透かしたように頷いてみせた。


「な、なんてこと……! 完全に犯罪まがいじゃない! 余計にマリベルたんをそんなところへ居させられないわ!

 は、早く救い出さないと……」


 でも、方法が分からない。

 本来なら、(仕方なくとはいえ)父から望んでクリスタル公爵家に向かえ入れられるマリベル。でも、今の時点では、父にとっては別に必要のない娘だ。

 わたくしがお願いしたって適当にあしらわれて終わりでしょうし……。


「跡継ぎがいなければ引き取るのですか?」

「ええ。クリスタル公爵家の血を途絶えさせたくないのでしょうね」

「クリスタル公爵はまだお若いと聞いています。子どもを作るという手もあるのでは?」

「お母様は亡くなっているし、後妻を迎える気もないようだわ」


 こう聞くとお母様のことを愛していたみたいだけど、そんなことはない。そもそも愛人を作っていたぐらいだし。


 両親は政略結婚で、母はもともと身体が弱かった。父は家柄だけ考えて結婚した後で、母の体が妊娠・出産に耐えられないかもしれないと気づいたのだろう。だから適当な愛人を見繕い保険を作ろうとしたのだ。

 しかし結局、母はわたくしを無事出産した。だから父は、すでに身重のマリベルの母を捨てた。

 でも、王宮で働いていた父は、年齢や実績を積んでいったことで、国王と近しくする機会を得たのでしょう。

 娘を妃にできれば、さらに地位が向上できる――そう踏んだ父は、スペアとしてマリベルの行方を捜しつつシビルを婚約者に内定させ、マリベルを引き取る。


「父は今、国王陛下に近づける立場ではあるけれど、まだ娘を売り込むまでは行っていないと思うわ。

 わたくしが12歳になる頃にもう少し上の役職に就いて、そこから売り込みと根回しを始めるはずだから……」


 ルチアは腕を組んで「ふむ」とうなったあと、しばし黙り込んだ。なにか考えているようだ。


 ……ルチアって、なんというか……ずいぶんと大人びているわよね。まだ子どもなのに、前世の話だのこんな話だのを聞いても動じた様子もないし、ちゃんと内容を理解して質問までしているし。冷静で、頭の回転も速いわ。

 それに、いくら貴族の家で働いていたからって、言葉遣いや発音がこんなに綺麗にはならないはず。たぶん、もともとの能力が高いのでしょう。ちょこちょこ口が悪いけど。

 冷静で聡明で、能力が高くて、顔が整っている。しかもたまに毒舌。だいぶポテンシャルが高いわ!

 もしかして男の子だったら、マリベルたんの攻略対象になれたんじゃないかしら?


 いえ、でもそういえば、すでに攻略対象にそんなようなキャラクターがいたような……?


「少しお時間を頂けますか?」

「ふえっ?」


 突然だったので思わず変な声が出た。

 いけないいけない、よそ事を考えていたとバレたら怒られそうだわ。


「ごめんなさい、なんだったかしら?」


 慌てて取り繕うと、ルチアは冷たい目線でわたくしを刺した後に続けてくれた。


「少し考えたいので、時間が欲しいのですが」

「なにか方法を考えてくれるの?」

「雇われたからには、できることはやりますよ」


 ルチアは事も無げに言う。

 見たところかなり聡明で切れ者……平民街の情報も持っているのかもしれないし……わたくしが下手に動くより、素晴らしい方法が見つかるかもしれない。

 わたくしは、この優秀な侍従に任せてみることにした。


「ありがとう。お願いね、ルチア」



***



 ひとまずルチアはクリスタル公爵家で働くことになった。ルチアにはわたくしの隣の部屋が与えられ、使用人と同等の生活を送ることになる。これで衣食住は保障されたわ。

 基本的なルチアの仕事は、表向きにはわたくしのお世話。裏では『マリベルたん救出大作戦』の参謀。

 とはいえ、まだ我が家に来たばかりだしと、最初は慣れてもらうところから始まった。


「じゃあ、雇用契約はこれで決まりね。

 ……あと、わたくしのことは『シビル』と呼んでくれる?」

「……何故ですか?」

「えっ? えっと……」


 実はこれは作戦だ。

 名前で呼びあって信頼感を高めることで、わたくしに協力しようという気を起こさせようという――さすがわたくし賢い。

 ……別に、名前で呼びあえるような仲の良い相手がいないのが寂しいとか、そういうのではない。


「……ほら、名前の方が呼びやすいでしょ?」

「…………」


 このときのルチアの顔はすごかったわ。美人のめちゃくちゃ眉を寄せた訝しげな顔はレア物だと思う。

 意見は合わなかったようだけど、わたくしの交渉という名の職権乱用の結果、二人きりの時だけ『シビル』と呼び捨てで呼んでくれることになった。


「それと、前世の話とやらは他の方には話さない方が良いでしょう。

 皆が皆、『変なこと言ってるなぁ』で済ませてくれるとは限りません。最悪、病院に入れられてしまうかもしれませんから」

「ルチアは『変なこと言ってるなぁ』っていう認識なのね……」


 ルチアは以前の職場では下働きで、令嬢のお世話なんてやったことがなかったという。

 というわけで、今まで主にわたくしのお世話をしてくれていたメイド長のテレサから、教えを請うて覚えてもらうところからのスタート……だったのだけれど。


「まあ、ルチア、あなた素晴らしいわね!

 お嬢様の髪がこんなにサラサラに……!」


 テレサの感嘆の声が聞こえる。


「お嬢様の元々の髪質が良かったので」

「私も長くお世話をさせて頂いているけど、こんなにサラサラにはできなかったわ!」


 わたくしを完全に放置して盛り上がるテレサを背後に、わたくしは目の前の鏡を見つめた。

 確かに、髪の手入れをルチアがするようになってから、髪質が向上したのよね。ツヤツヤでサラサラ。指通りも滑らか。

 しかも髪型のアレンジも日に日に磨きがかかってきている。やたらとバリエーションも豊かで、まさか毎日違う髪型をすることになるとは思わなかったわ。毎回ちゃんと可愛いからいいんだけど。


「あらまぁ……ここはこうするのね! 凝ってるのねぇ」

「皆さんに教えて頂いたものを試しているだけです」

「そうなの? 最近の流行りはすごいのねぇ。

 でも、ここは一度ねじった方がまとまりがよくないかしら?」

「なるほど、確かにそうですね」


 もはやわたくしのことはそっちのけだ。まあ、楽しそうなので何も言うまい。

 テレサは今までわたくしの言うとおりにやってくれていたのだけれど、本当は人のコーディネートを考えることが大好きだったみたい。ルチアが髪をやってくれるようになってからはちょこちょこ勉強しに来ている。

 それに、わたくしが買うだけ買ってクローゼットの肥やしにしていた洋服もきちんと管理してくれていたようで、最近は毎日違う格好をさせられているわ。わたくしは着せ替え人形ではないんだけど……。

 今もテレサに嬉々として着せられたドレスに似合う髪型を二人で模索している。ずいぶん仲良くなったみたいねあなたたち? わたくしよりも打ち解けているじゃない。


「できましたお嬢様!」


 テレサは鏡を持ってきて後ろ髪を見せてくれた。うん、なにがどうなっているのかよくわからないけど可愛いわ。

 にっこにこのテレサ(といつも通り無表情のルチア)を誉めてあげたいけれど、わたくしは悪役令嬢シビル・クリスタル。無難な落としどころに落ち着けないと。


「いいけど、時間がかかりすぎよ」

「はっ、はい、申し訳ありません!!」


 テレサは一気に怯えた顔になり、ささーっと逃げ帰っていった。

 ルチアだけになったので普通に「可愛いわ。ありがとう」と誉めてから、わたくしはにっこり微笑みかける。


「ルチアが無事に馴染めているようで良かったわ。

 あなた、本当になんでもできるのね」


 驚くべきことに、ルチアの能力はヘアメイクだけではない。

 ルチアにはわたくしのお世話の他に、メイドの手伝いから食事の準備、屋敷内の掃除から庭園の剪定までもやってもらったのだけれど、教えればすぐに覚えて難なくこなしてしまった。

 なんでこんなにやっているかというと、あまりにもなんでもできるからと、使用人たちに色々頼まれたらしい。

 最初は、連れてきたのがわたくしなうえに、どこの馬の骨かもわからないルチアを、使用人たちはものすごく疑っていた。

 でもなんでもこなすルチアを認め、今やみんなが頼りにする存在になってきている。


 さすがルチア! わたくしの見る目は確かだったようね!

 ……まあ、ルチアが侍従になったのはただの成り行きなんだけど。


 それでもさすがに本来の仕事――『マリベルたん救出大作戦』については難航しているようだった。

 わたくしも一生懸命方法を考えているけれど、なかなか思い付かないのよね。


「シビル、今日は少し外出してきてもよろしいでしょうか」

「ん? いいわよ。どこに行くの?」

「野暮用です」


 ルチアはたまにどこかに出掛けていく。一人で行っちゃうから何をしているのかは分からない。教えてくれないしね。

 わたくしはといえば、さしてやることもなくぼんやりしている。

 マリベルたんを助け出すぞ!と意気込んだのはいいものの、わたくしにはできることが思い付けないのよね……。

 そうやってぼんやりするうちにいつの間にかうたた寝している……ということを繰り返していたら、最近はすっかり寝つきが悪くなってしまった。夜にちゃんとベッドで眠らないから睡眠の質がよくなくて頭がぼんやりする。

 やることがない焦りをごまかすのに夢の世界に逃避しているだけだってことは、分かってはいるのだけれど。


「わたくしって無力よね……」


 ルチアが不在だと話す相手もいない。むなしく独り言を呟いて、書斎から適当に持ってきた本を開く。

 今日も無為に惰眠をむさぼる一日になりそう、と思いながら……。



***

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