第四十一話
翌日まで待ってくれたルチアは、丁寧に質問してくれた。
「シビー。昨日の思いつきについて、説明してくださいますか?」
「えーとね……」
いつにも増して丁寧なルチアに、昨日の興奮状態だった自分のことを思い出して恥ずかしくなる。
わたくしはもじもじしながら、どう話すか考えあぐねていた。
ルチアには、『ナナハナ』のトゥルーエンドについては話したことはない。
ここは悩ましいところよね。これからわたくしが『マリベルたんを悲しませずに幸せにする大作戦』を決行するにあたって、手伝ってもらえたらそれはすごくありがたいから、言ってしまいたい気持ちもある。
だけど、さすがにすべてを言うことはできないわ。完全なネタバレだもの。
ルチアは、『ナナハナ』のストーリーの流れを知ってしまっている。攻略対象である『ルチアーノ・リース』だと気づかず、わたくしが話してしまったから。
けれど、わたくしもすべてを話したわけではなかった。前世ではネタバレ厳禁派のオタクだったわたくしは、あらすじとして簡単に説明しただけで、何がどうなるとトゥルーエンド、とまでは言わなかった。
それが結果として功を奏している……と、思う。ルチアも攻略対象の一人なのだから、これからマリベルたんと愛を深めていくにあたって、この情報を知っていることは、あまり良くないはず。
いつも冷静沈着で何事にもほぼ動じないけれど、ルチアだって人の子よ。平静を装ってマリベルたんと接し続けられるかどうか分からない。それくらいのことなんだもの。
それに、故意ではないとはいえ既にネタバレを食らっているルチアに、これ以上ネタバレしたくないのよね。
まあ、ネタバレ厳禁派だったせいで困ったこともあるけど。
ブラック企業で忙しかったこともあるけれど、ネタバレを食らわないように『ナナハナ』の情報を調べずにクリアを目指したせいで、隠しキャラクターに会えずじまいだったのよね……。
そうそう、そういえば、隠しキャラクターって今もどこかにいるのかしら?
情報がなさすぎて、姿を見ても分からないだろうけど……もしマリベルたんが出会ったら好きになっちゃったりするのかしら。そうしたら、わたくしはどうやってマリベルたんの恋路を応援したら……? 相手が誰かも分からないのに……。
「……シビー?」
「ハッ!」
しまった、別のことを考えてた! ルチアにどう説明するか悩んでたんだったわ!
わたくしの思考が逸れている間に、ルチアはますます不審に思ったらしい。なんだか黒いオーラが見える気がする……。
「あのね……つまり、えっと……」
ネタバレ回避のためにもルチアに伝えるわけにはいかない。そうなると、ルチアを頼ることはできない。
トゥルーエンドのために何をすればいいのかはまだ全く分からないけれど、とにかく、今回の作戦については、わたくし一人で頑張ってみよう。
最悪、もし上手く行かなかったとしても、当初の予定通りわたくしが身体を張ればいいだけだもの。わたくしが役目を全うできなかったということだから、それは仕方がないことだわ。
うんうん、と一人でうなずいて、改めて「つまりね」とルチアに説明する。
「わたくしの本当の役目が分かったのよ。それはね、“マリベルたんを幸せにする”っていう役目なの。
前世の記憶が蘇ったのは、前世で知った未来が完全に完璧なハッピーエンドじゃないから、マリベルたんを“本当に”幸せにしなさいっていう神様からの指令だったんだと思うの!
昨日はそれに気付いて、とても嬉しかったのよ。
だからこれから、わたくしは役目を全うできるよう頑張るわ!」
わたくしが力強く握ったこぶしを見て、ルチアは全く納得していなさそうな顔をしている。
「マリベル様を“本当に”幸せにするために、どうされるおつもりなのですか?」
「それは……まだ全然考えてないけど。
でも大丈夫よ。わたくしに与えられた役目なのだから、きっとわたくしが良い方法を思いつけるはず!」
わたくしの力強い言葉に、しかし、ルチアは眉根を寄せる。
「もしかして……お一人で進めるおつもりですか?」
「え、ええ、そうよ」
「何故?」
「何故って……」
ルチアにネタバレしたくないから。
簡潔に言うとこういう理由だけど、ルチアは納得できないかもしれない。だってすでに色々聞かされているから。
それを説明するとなると、トゥルーエンドの話をしなくちゃいけなくなって、それは絶対に避けたくて……。
わたくしがぐるぐる悩んでいると、
「……シビーが知っている“ハッピーエンド”とは、どんなものなのですか?」
ルチアがざっくり核心に触れてきた。
さすがルチア、鋭い。でも、言うわけにはいかないのよ……!!
「エンド、ということは、物語の終わりということですよね。
その終わり方が幸せではないから、より良い終わり方を迎えられるよう、マリベル様をサポートする役目を担ったとおっしゃりたいのですよね?」
「そ、そう……ね」
「では、シビーが現在知っている終わり方を教えていただければ、私にも方法を考えることができると思うのですが」
「それは……ちょっと……言えないわ」
「何故です?
私は既に前世の情報を知っています。他ならぬあなたから聞きましたからね。
今更出し渋る理由は?」
「……り、理由があるから言わないのよ。理解してちょうだい」
「理由も言わずに理解しろとは、難しいお話ですね」
わたくしは押し黙った。
ルチアも黙って、じーーーっとこちらを見つめてくる。
無言の圧力がめちゃくちゃ怖いけど、言わない。絶対に言わないわ!
「だ――だから、言えないって言ってるでしょ!?
この話は終わりよ!!」
わたくしが焦って大声を出すと、ルチアはため息をついてから「分かりました」と呟いた。
シーーーン、と嫌な沈黙が部屋を満たす。
……すごく気まずい。
こんなにムキになることなかったかも……、と後悔しかけて、いやいやルチアのためなのよ、と思い直す。
ルチアに心の中で謝りながら、わたくしはふと思った。
さっきのわたくしのセリフ、まるで悪役令嬢みたいね――と。
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