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第三十四話


 煌びやかに彩られたメイン・ホールには、ドレスアップした新入生たちが大勢集まっている。

 ダンスパーティーは大きな問題もなく開会することができた。級議員の仕事はもうないので、あとはパーティーを楽しむだけだ。


「素敵なパーティーだね、マリベルちゃん」

「はい」


 入学式典で落とし物がきっかけで友達になったご令嬢――リディアちゃんは、にこにこしながらパーティーを楽しんでいる。

 社交の場が初めてのわたしには、作法がよく分からない。リディアちゃんだけは笑わないでいてくれるけれど、かなり緊張していた。

 でも、それと同じくらいワクワクしている自分もいた。


(こんな素敵なパーティーに参加できるなんて!

 良い思い出が作れそうです……!)


 思わず頬が緩みかけたとき――。


「――あら。ごきげんよう、平民さん?」


 突然、声をかけられた。

 振り返ると、赤い髪を美しく結い上げ、派手で豪華なドレスに身を包んだ令嬢が立っていた。


「……し、シビル様……」


 いつも一緒にいるご令嬢3人を引き連れたシビル様は、三日月のように目を細めて微笑む。


「ちょっと話があるのだけど」

「な……なん、でしょうか……?」

「いいから着いてきなさい」


 思わず震える声に、シビル様がおかしそうに笑い声を立てた。

 それからリディアちゃんを扇子で差して、吐き捨てるように言う。


「ああ、あなたは邪魔だから着いてこないでちょうだいね」

「な――なんですか、いきなり……」


 リディアちゃんが言い返そうとしたとき、シビル様はクスクスと笑った。


「あら、いいのかしら?

 余計なことをしたら、あなたのお家がどうなるかわからないわよ?」


 リディアちゃんが一気に真っ青になる。

 リディアちゃんのご実家は貴族を相手に商売をして力をつけた貴族だ。クリスタル公爵家に睨まれたとあっては、どうなるか分からない。

 口ごもるリディアちゃんに頷きかけた。リディアちゃんに迷惑をかけるわけにはいかない。


「わたしが、ついていきますから――こちらの方には……」

「うるさいわね。いいから来るのよ」


 ご令嬢たちに囲まれ、仕方なく着いていく。

 ホールの真ん中まで出てくると、ご令嬢たちはいきなり大きな声を出した。


「――まあ、ご覧になって!

 なんて地味で汚いドレスかしら。さすが平民上がりですわ!」

「本当ね。見ていてこちらの方が恥ずかしいわ。あんな格好で、母親みたいに誰かを誘惑しようとしているのかしら?」

「いやだわ。フォレスター学園の品位が下がっちゃう!」


 周りの注目がわたしに集まる。

 シビル様がご令嬢たちに同調するように笑う。


「本当よね。なんてみっともないのかしら。

 よくもまあ参加できたものよね。

 このダンスパーティーは、フォレスター学園の生徒が参加するものなのに」


 クスクスと笑うシビル様たちに同調するように、周りからも笑う声が聞こえてくる。

 わたしはシビル様の意図を察してしまった。


(ああ――シビル様は、わたしを傷つけたいんですね。

 周りの方々と一緒に笑って、わたしがこの学園にいられないようにしたいんですね。

 そして、わたしが自ら逃げ帰る様を、見たいんですね――)


 シビル様は勝ち誇ったように笑うと、わたしに扇子の先を突きつけた。


「自分がこの場にふさわしいのか、よく考えてみることね」


 わたしは思わずよろめき、髪飾りに手をやった。

 母が遺してくれた、大切なリボン。

 今のわたしの心の支えは、これだけだ。


(わたしは――パーティーを楽しみたかっただけなのに……)


 そのとき、わたしの震える肩を誰かがぽんと優しくたたいた。

 驚いて顔をあげると、そこには――。


「マリベル嬢、大丈夫かい? ふらついているよ」

「お、オズワルド殿下……!」


 微笑みながら現れたオズワルド殿下は、ふらつくわたしの身体を支えてくれた。

 わたしは驚いて固まってしまう。


「もしかして、気分が優れない?」

「い、いいえ、大丈夫ですっ!」


 慌てて首を振ると、オズワルド殿下はにっこりと微笑んだ。

 顔が赤くなりそうになったけれど、シビル様の視線に気づいてさーっと血の気が引く。

 わたしを睨んでいたシビル様は、急ににこっと笑顔になりオズワルド殿下に話しかけた。


「オズワルド殿下、どうされたのですか?

 もしかして、わたくしになにかご用が……?」


 かわいらしく首をかしげるシビル様に、わたしはハッとする。

 公にされてはいないけれど、シビル様がオスワルド殿下の婚約者であることは周知の事実だ。いまだって、きっと婚約者であるシビル様をダンスに誘おうといらしたのだろう。

 それに気づいて慌てて離れようとしたけれど、オズワルド殿下はそうはしなかった。シビル様の方を向いて微笑む。


「いいえ、マリベル嬢にお願いがあったので」

「お願い? その子に……?」


 シビル様の微笑みが歪むのが見えたけれど、すぐにオズワルド殿下に遮られた。

 わたしに向き直ったオズワルド殿下は恭しく一礼して、わたしに手を差し伸べてくれた。


「――僕と、踊っていただけますか?」

「……!」


 オズワルド殿下は微笑みながら、『大丈夫』というようにゆっくりと頷く。

 わたしはそれに答えて、小さく「はい」と答えた。


(すごい……まるで、お姫様になったみたいです……)


 まるで夢見ごこちで、オズワルド殿下の手をとる。

 そして、ダンスが始まった――。



***



 ……という風に、ダンスパーティーイベントは進んでいく。

 このあと他の級議員メンバーもマリベルたんをダンスに誘い、面子をつぶされた悪役令嬢はしっぽを巻いて逃げ帰ってしまうのだ。

 だから今日、わたくしは万全に計画を練ってきた。


 そう――今日はダンスパーティー。あっという間にイべント当日だ。

 学園のメイン・ホールは着飾った新入生たちで賑わっている。開会宣言が行われるまでの少しの待ち時間、わたくしはホールの壁際に立っていた。


 イベント通りなら、わたくしはフロアの真ん中あたりで取り巻きの令嬢方と悪口で盛り上がっているはずだった。

 でも、その通りにすることはすなわち、わたくしがマリベルたんに意地悪を言うことになる。

 そんなことはしたくない――だから、わたくしが考えた作戦は。


 ――ダンスパーティー中、会場のすみっこで息をひそめている、というものだった。


 我ながらなんて完璧な作戦。

 『ナナハナ』でのシビルは、周りの同調を得るためかわざとマリベルたんをホールの真ん中に連れていっていた。だから、わたくしが隅っこで目立たないようにしていれば同じ展開にはならないはず!

 ……と、考えて実行に移したところまでは良かったんだけど。


「……ルチア?

 あなた、ちゃんと話を聞いていたわよね?」

「もちろんです」


 もうすぐパーティーが始まるというのに、ルチアは平然とわたくしの横にいた。

 わたくしの横に背筋よく立っているルチアは、ブラック・タイで正装している。その姿は、正直に言って、いつにもまして完ッ璧な美少年だった。

 すっきりと結われた銀髪も、優雅な物腰もいつもと変わりない。だけど、やはり正装しているというのが大きいのかしら。ふとした仕草――例えば耳に髪をかける仕草とか――から、今日は普段の5割り増しくらいの美少年オーラが溢れだし、わたくしですらドキドキしてしまう。

 ルチアに見慣れたわたくしですらこうなのだもの、他のご令嬢方にいたっては顔を真っ赤にしてちらちらとルチアを見ている。


 まあ、ルチアがカッコいいのは今さらだからいいのよ。

 でも、そのルチアが隣にいるせいで、隅っこで静かにしているはずのわたくしも、周りから注目を集めてしまっているのが問題なのよ……!!


 このままだと『ナナハナ』通りの展開に繋がらないか心配になっちゃうわ……。

 わたくしは言うつもりはないけど、口が勝手に罵督雑言を放ちだしたらどうしよう……!?

 焦ったわたくしは、声を潜めつつルチアに促す。


「わたくし、イベントの概要をちゃんと説明してあげたでしょう?

 マリベルたんの傍に行ったらいいじゃない」

「まだ開会まで時間はありますから、問題ないでしょう」

「だ、だめよ! うかうかしていたら取られちゃうわよ!?」


 諭してあげてもルチアはどこ吹く風だ。

 全く、自分がちょっと絶世の美少年だからって調子に乗っているのね?

 でも、今日のマリベルたんを一目でも見ていたら、ルチアだってこんなにのんきにはいられなかったはずだ。ドレスアップやヘアアレンジは学園が雇ったプロがやってくれたのだけれど、マリベルたんったら元から美少女なのにさらに美しくなったんだから!

 マリベルたんには開会宣言を行うオズワルド殿下の補佐をするよう進言したので、今は壇上の裏にいるはず。ルチアはたぶんすれ違いになって見れなかったのね。かわいそうに。

 さらに美少女になったマリベルたんを見たら、きっと学園中のみんなが魅力に気づいちゃうわよ? 今がライバルに先制できるチャンスだから、こうして進言してあげてるのに。

 たぶん絶世の美少年たるルチアは、『クリスタル公爵家で一緒に過ごした期間もあるし』と甘く見ているのね。でも、絶世の美少年なのはルチアだけじゃないのよ。攻略対象は全員美少年なんだから、アドバンテージにはならないのよ!

 わたくしはルチアのためを思って言っているのに、ルチアったら分かってくれないのよね。まあ、マリベルたんを見たら気も変わるでしょうし、仕方ないわ。


 それより、わたくしには考えないといけないことがある。

 わたくしは本来ならマリベルたんに暴言を吐く役回り。

 なぜなら、その言葉で傷ついたマリベルたんを攻略対象たちが颯爽と救う、というイベントだから。

 でも、わたくしは今回のイベント中は大人しくしている予定――となると、攻略対象たちにはマリベルたんを救おうとする意図でなく、自主的にダンスに誘ってもらわないといけないのよね。

 それに関してはルチアに先陣を切ってもらおうと思っていたのだけれど、ルチアったら余裕をかましてこの調子だし。

 オズワルド殿下やクラレンス、それにシチューにはさすがに働きかけできない。『わたくしを誘って』ならまだしも、『マリベルを誘って』だと何の意図があるのか怪しまれそうだもの。

 でも、シチューだったら協力してくれるかしら? というか、わざわざ働きかけなくても、女ったらしというキャラクターからして勝手に誘ってくれそうな気もする。

 今こそそのポテンシャルを発揮してくれないかしら……!?


 わたくしが頭を悩ませていると、ふと会場が静かになった。

 壇上を見ると、オズワルド殿下が立っている。

 正装したオズワルド殿下もいつもより煌めいて見える。令嬢たちがほうっと見入っている気持ち、分かるわ……!

 オズワルド殿下は柔らかく微笑み、右手を掲げた。


「今日は集まってくれてありがとう。ここに開会を宣言する」


 会場が拍手に包まれる。わたくしも拍手しつつ首をかしげる。

 オズワルド殿下はお一人で挨拶をしていた。

 ということは、マリベルたんはどこにいったの?

 オズワルド殿下と一緒に出てくると思っていたのに、どうしたのかしら。

 マリベルたんを探して会場を見回していると、同じようにキョロキョロしている少女を見つけた。


「あれは――リディア?」


 リディアは焦ったように周囲を見回している。

 もしかしてマリベルたんを探しているのかしら。

 声をかけようとしたとき、リディアと目が合った。

 その瞬間――リディアは急に泣き出しそうになりながら、慌ててこちらに駆け寄ってくる。


「し――シビルさまぁ……!」

「ど、どうしたの、リディアさん?

 なにかあったの?」


 涙を必死にこらえるように、ぎゅっと拳を握りながら、リディアはわたくしに悲痛な声で訴えた。


「シビル様、助けてください!

 ま、マリベルちゃんが――!!」



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