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第三十三話

 ともかく、わたくしはしばらくは級議会に参加せざるを得ないようだ。覚悟を決めよう。

 大丈夫。ルチアに辞められたら困るし、ちょっと見るだけだから。おかしな方向にいきそうになったらすぐ辞めたらいいのよ。うんうん……。


 そう自らを納得させると、わたくしはとりあえず隣に座るマリベルたんをそっと抱き寄せ、「ありがとう」とささやいた。

 マリベルたんの優しさを放置するなんて姉失格だもの。ちゃんとフォローはしておかないとね。


「助けてくれて嬉しかったわ、マリベル」

「お姉様……」


 宝石のような瞳をうるうるさせるマリベルたん……ああ、最高にキュートだわ。

 ……さて、一応クラレンスのフォローもしておいてあげよう。わたくしったらなんて優しいの。


「でも、クラレンス様がおっしゃったことも本当のことなのよ。

 以前のわたくしは……そう、ちょっぴりおてんばだったの」


 おてんばで片付く内容じゃない気がするけれど気にしない。


「だから、クラレンス様のことを責めないであげてね?」

「お姉様がそうおっしゃるなら……」


 よしよし、と頭を撫でるとマリベルたんは微笑んでくれた。

 その様子を見ていたシチューはにっこりしながら、「お二人は本当に仲が良いんだね」と言ってくれる。


「そう見えるかしら? 嬉しいですわ。

 ね、マリベル」

「はいっ!」


 わたくしが姉妹の親交を深めている間、クラレンスは気を取り直したようだった。

 ものすごく不本意そうに顔を歪めつつ、とりあえず謝ってくれる。


「……言葉が過ぎた。悪かったな」

「いいえ。本当のことなのですから、仕方がありませんわ」


 そして流れる和やかなムード……。

 ……って、違うわ!

 わたくしってば、マリベルたんにほだされて丸くなり掛けてしまった。

 級議会にしばらく身を置く決意はしたけれど、仲良しこよしというわけにはいないのよ。悪役令嬢として嫌われておくべきだし、いずれは邪魔にならないようにそっと辞退するのだから、仲直りすべきではないわ。


「お、オホン。

 でも傷ついたので、やっぱり許せな……」

「ところで、級議会はどのようなことをするのですか?」


 再度喧嘩を売ろうとしたのに、遮ってルチアが話し始めてしまった。


「る、ルチア!

 わたくしが話している途中でしょう!?」

「申し訳ございません、お嬢様。

 しかし、今日は何の集まりなのか気になりまして」


 ルチアは平然と言ってのける。

 主人の言葉を遮るなんて……この子、わたくしの侍従だって自覚あるのかしら?

 いや、待てよ? 仲が良くない感じを装おうとしているのかも。

 いずれは悪役令嬢を裏切るつもりですってアピールしておくのは、ルチアにとって大事なことだものね……。


「ああ、今日は顔合わせと、少し打ち合わせがしたくてお呼びしました。

 一番初めの行事として、新入生歓迎会がありますから」


 色々と考えているうちにオズワルド殿下が説明を始めてしまい、喧嘩は売れない雰囲気になってしまった。

 まあ、しかたない。それより新入生歓迎会よ!


 新入生歓迎会は、『ナナハナ』での最初のイベントが起きる舞台だ。

 名目上は新入生同士の交流を持つ場としての新入生歓迎会だけれど、実態はほぼ社交の場。下級貴族の子息令嬢たちは有力貴族とパイプをつなげようと躍起になり、上級貴族の子息令嬢たちはより良い条件のお相手を見繕おうとする――初っぱなから貴族社会の闇が垣間見える。

 そんななかで、平民からいきなり有力貴族の令嬢になったマリベルたんは、噂とやっかみの的になってしまう。

 それに気づいた級議会メンバーは、全員がマリベルたんをダンスに誘う。

 級議会は将来を約束されたエリートだから、そんなひとたちに目を掛けられていると知った他の生徒たちは、表立って手出しできなくなる。

 マリベルたんは助けてくれる味方ができたことに気づき、少しずつ心を開いていく……。

 ……という、大事なイベント。


 ちなみに、2周目からはダンスのお相手が選べるようになり、狙いの攻略対象のルートに入りやすくなるという便利機能もあった。

 でも、今のマリベルたんは1周目相当のはずだから、全員とダンスを踊ることになるはず!

 どの相手とのスチルもとっても良かったわ。マリベルたんの固かった表情が、心を開いてふっと和らぐ演出――生で見られるかもしれない!


 思わずにやけそうになる顔を必死に抑えながら、オズワルド殿下の説明を聞く。

 初めてということもあって、級議会でやることは会場設営と当日の進行、という至ってシンプルな内容だった。

 毎年伝統のパーティーだからほとんどやり方も決まっているし、わたくしたちも新入生だから先生たちがほぼ動いてくれるそうだ。

 ふむふむ。それならあまり手間もなさそうね。マリベルたんにはイベントに集中してもらいたいし。


「それでは、今日は初回ですし、これぐらいにしようかと思います。

 またよろしくお願いします」


 オズワルド殿下のお言葉で会はお開きになった。

 寄宿舎に帰る道すがら、マリベルたんに話しかける。


「ダンスパーティーですって。楽しみね、マリベル」

「はい。でも級議会のお仕事もありますし、緊張します……!」

「大丈夫よ。殿下もいらっしゃるのだし、優秀なメンバーが勢ぞろいしているのだから」


 あと、『ナナハナ』の描写を見るに、パーティーが始まればもう仕事はないから。

 もし何かあったとしてもわたくしがこなして、マリベルたんにはイベントに集中していてもらおう。

 そうそう、ルチアにもこのイベントのことは話しておかないと。わたくしに付き合って仕事をしたりしていては、他の攻略対象に先をこされてしまうもの。

 でもマリベルたんが一緒にいると『ナナハナ』の話はできないわね……。

 そこでふと便利なシステムを思い出した。

 そういえば、学園内でも手紙が送れるんだったわね。


「ルチア、学園内の手紙っていつ届くの?」

「門限の時間までに出せば翌日、門限以降は翌々日になると聞いております」


 よし、じゃあ今すぐ書いて出せば間に合うわ。


「ありがとう」


 お礼を言いつつ目配せする。ルチアはこくんと頷いた。

 今のやり取りで、ルチアには『手紙を送るから確認してね』と伝わった……はず。

 急いで帰って手紙を書かなくちゃ。

 よしよし、なんだか順調じゃない? イベントが上手く行くよう頑張るわよ!

 『悪役令嬢が級議会メンバーになってしまった』……という大問題のことはすっかり忘れたまま、わたくしは意気揚々と部屋に戻ったのだった。



***



『ルチアへ。

 今日はお疲れ様でした。

 ダンスパーティーでは、攻略対象はヒロインとダンスを踊ることになります。

 級議会としての仕事はほとんどないし、もしあったとしてもわたくしがやっておきますから、ルチアは安心してマリベルたんとダンスを楽しんでくださいね。

 以上、よろしくお願いします。』


 ……小学生みたいな手紙が書けたわ。

 自室に戻ってすぐ、備え付けのタイプライターを駆使してみたけれど、わたくしってば文才がないわ。

 もういいや、あんまり時間をかけていられないしこれで出してしまおう。門限が迫っている。


「おっと、そういえば、封はこれでした方がいいわよね」


 封蝋を溶かしながら思い出す。

 わたくしの小指できらめく指輪――ルチアから誕生日プレゼントとして贈られた、シグネットリング。

 フォレスター学園の入学祝いで頂いた印璽もあるけれど、『イニシャルが同じものを用意すれば誰でも宛先を偽れてしまうから』と、シグネットリングを使うようルチアに勧められているんだった。

 筆跡である程度分かるような気がするけど、今回はタイプライターを使っちゃったしね。

 だって前世では名前しか聞いたことなかったから使ってみたかったんだもの。カタカタ打てて楽しいし――。

 おっと、遊んでいる場合じゃないんだった。

 溶かした蝋を手紙に垂らして、リングのトップをぎゅっと押しつける。


「おお、綺麗についた。海外の文化って面白いわ〜」


 まあ、今のわたくしにとっては自国の文化なのだけれど。

 蝋が乾いたのを確認し、寄宿舎のラウンジに設置してあるポストに投函する。

 これで準備はオッケーね!


「あっ……あの、お姉様っ!」

「!」


 振り返ると、マリベルたんが立っていた。


「マリベル? どうして……」


 マリベルたんとは寄宿舎の棟が違うから、あまり会うことはなかったのに。


「えーっと、そう、備品を買いに出ていたんです。

 部屋に戻るところだったのですが、お姉様の姿が見えたので……」


 何故かマリベルたんはソワソワしている。

 棟には各部屋が人っていて、すべての棟が繋がるラウンジから外に出入りができる。ここで偶然会うのはおかしなことではない。


「あの、わたし……お姉様に謝らなくちゃ……」

「えっ? ど、どうしたの?」

「その……級議会で、大きい声を出してしまって……。

 なんてはしたないことをしてしまったんでしょう。

 お姉様にもご迷惑をおかけしてしまいました……ごめんなさい」

「なんだ、そんなこと。謝るようなことじゃないわ」


 マリベルたんは申し訳なさそうに俯いている。

 寄宿舎に戻るまでは気にしている感じはなかったけど、部屋に戻ってから思い返して「やっちゃった!」と思ったのかしら。

 かわいいなあ、気にしなくっていいのに。

 そうそう、クラレンスのことは改めてフォローしておいてあげますか。


「あと……さっきも言ったけれど、クラレンス様も悪くないのよ。わたくしが級議会に参加することで悪影響があるんじゃないかって真剣に心配したからこそ、ああいう言い方になってしまっただけなの。

 正義感があってとても善良な方だから、仲良くしてあげてね?」

「……はい、もちろんです」


 そう言いつつも、マリベルたんは少し唇を尖らせた。なんだかすねているように見える。


 も、もしかして、クラレンスの好感度はもう修復不可能なところまで来ているの? マイナスに振り切っているとか!?

 ……わ、わたくしは頑張ったわよ、クラレンス! あとはあなたの頑張りだわ!


 心の中で男子寮の方角へエールを送っておく。

 ああ、そういえば、クラレンスで思い出したけれど。


「そうだわ、マリベル、ダンスパーティーの日なのだけれど」

「はい」

「あなたにとってはほとんど初めてのちゃんとした社交の場だから、しっかり楽しむのよ。

 級議会の仕事はわたくしに任せていいからね」

「えっ、ですが……」

「今後、社交界は避けられないのだから――」


 あなたはお妃さまになる確率が高いのだし。

 という言葉は呑み込んで、先を続ける。


「――慣れておいた方がいいわ。

 嫌なこともあるかもしれないけれど、リディア嬢や級議会メンバーに助けてもらえば大丈夫よ。

 頑張ってみてちょうだい」


 マリベルは不安そうに瞳を揺らし、ぎゅっと目を閉じる。

 けれど、再び目を開けたときには、もう瞳に迷いはなかった。

 決心したようにしっかりと頷き、マリベルはわたくしを真っ直ぐ見つめる。


「……はい。わたし、恥のないように、頑張ります」


 ああ、マリベルたんったらなんてかっこよくて可愛いの!

 わたくしのせいでちょっぴり『ナナハナ』より強く成長したマリベルたんに、これからのストーリーがおかしなことにならないか心配する気持ちもあったのだけれど。

 こんなに強くしゃんとしたマリベルたんを見られるなら、これはこれで……!


 ……と、暴走しそうな脳みそを必死に制しつつ。

 わたくしはにやけないよう堪えながら、なんとかマリベルたんに頷き返したのだった。

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