第三十一話
「――それにしても、どうしてわたくしが6位なんて好成績をとれちゃったのかしら……?」
という、わたくしの素朴な疑問には、級議会室から戻った後でルチアが答えてくれた。
とりあえず今後について作戦会議をするため、わたくしの部屋にルチアを招いたのだ。
そこそこの質のベッドに腰かけつつ頭を悩ませるわたくしに、ルチアは肩をすくめて教えてくれる。
「ご自分でおっしゃっていたではありませんか。
『前世で23歳まで生きてきた知識がある』と」
そ……そういえば、そうだった……。
どうして気付かなかったのかしら?
わたくしは前世で23歳まで生きた。
その間、小学校・中学校・高校・大学と一通りの学問を学んだのだ。
フォレスター学園は、前世で言う中学〜高校のレベルに相当する。しかも今回はその入学テストなのだから、中学より前のレベルだ。
冷静に考えれば、これから学び始める学生たちと、一度経験済みのわたくしなら、わたくしの方が良い成績をとれてもおかしくはない。
「……ううん、でも、それにしたっておかしいわ。
いくら前世の記憶があるからって、こんなに高い順位をとれるほど賢かったわけじゃないもの。
それに、今までマリベルたちとお勉強しているときもほとんど教えてもらうことばかりだったし……」
しかしルチアは、『まだ分からないのか』と言わんばかりに呆れたようなため息をつく。
「つまり、優秀なマリベル様につきっきりで勉強を見ていただいてきた、ということではありませんか。
猿でも学力が向上するでしょう」
「な……なるほど……!?」
教わるばかりだった勉強会で、マリベルたんがスーパー家庭教師の役割を担ってしまったということか……!
わたくしの周りにはマリベルたんとルチアという賢さの数値が高い子たちしかいなかったから、全然気付いてなかったわ……。
わたくしはがっくりと肩を落とした。
「……こんなことになるなら、マリベルたんやルチアと勉強会を開くんじゃなかったかしら……。
いえ、あの楽しい思い出まで否定したくないわ。
でもでも、悪役令嬢の分際で級議会に参加してしまうなんてやっぱりダメよ。
今からでも遅くないわよね、やっぱり辞退した方が……!?」
わたくしがブツブツ呟いていると、ルチアはまたもやため息をついた。
なによ、こっちは真剣に悩んでいるのに。
ルチアの恋路にも関わってくるのよ!?
睨み付けようとしたら、ルチアはわたくしの前で片ひざをつき目線を合わせてくれた。
「マリベル様をフォローしつつシビーの望みを叶えるには、良い展開なのではないですか?
そばにいた方がマリベル様の行動を把握しやすいでしょう。
なにかあったときにうまく誘導するのも容易い」
「それは、そうだけど……。
わたくし、もう邪魔したくないのよ。
リディアのことだって危ないところだったし、あなただって被害者じゃない」
「ずいぶんと良い暮らしをさせていただいたのに、なんの害を被ったのか皆目検討もつきません」
確かに、ルチアが『ルチアーノ・リース』として過ごしていた未来よりは、良かったのかもしれないけど。
でも、わたくしが侍従の入学を拒否したらルチアはこの場にはいられなかった。悪役令嬢の判断ひとつで攻略対象が舞台にすら上がれない状況なんて、異常だわ。
振る舞いを気を付けなくちゃ。
「実際に『ナナハナ』をプレイしていないルチアには、悪役令嬢がヒロインや攻略対象にどんなことをしてきたか想像もつかないわよね」
「…………」
「まあ、ルチアの言うことには一理あるし、……わたくしもイベントを堪能したいし……、しばらくは様子見してみようかしら……」
自分を納得させるのに必死だったわたくしは、ルチアがなにかを考え込んでいることに気付かなかった。
***
波乱のきっかけになってしまったわたくしの学力だけれど、学園生活を送る上では正直アドバンテージになった。
基礎がちゃんとできていたから、授業も理解しやすい。課題をするときも詰まらず進められる。学園生活が格段に過ごしやすくなったのだ。
フォレスター学園で学ぶのは、この世界の歴史や言語などの学問と、ダンスやマナーなどの社交レッスン、絵画などの芸術が主だ。
学問は前述の通りわたくしが賢いのでばっちり。言語はこの世界独自のものだけれど、さすがにこの歳まで生活していれば日常会話は問題ないし、難しい部分もマリベルたんとルチアのおかげである程度マスターできていた。
そして歴史の授業に関しては、最も楽しみにしている最高の授業と言わざるを得ない。
「はぁ、授業早く始まらないかしら♪」
にっこにこで授業を受けるわたくしに、ルチアが度々気持ち悪そうな顔をするけれど気にしない。
歴史の授業の先生は、通常は神官として神殿に勤めている方らしい。少し癖のある黒髪に切れ長の黒い瞳とあまり目立つ容姿ではないけれど、なかなかのイケメンだ。
でも、わたくしが歴史の授業を楽しみにしているのは、イケメンの先生を拝みたいからだけではない。
「それでは時間になりましたので、授業を始めます。
今日はフォレスター王国の成り立ちについて学びましょう」
拍手したい気持ちを押さえながらノートをしっかりと用意する。
そう、この世界の歴史を学べると言うことは、大好きな『ナナハナ』の世界観をより詳しく知れると言うこと……!
前世では時間がとれなくてついぞ叶わなかったけど、本当は攻略本を読みこんだりサイトを巡りまくりたかったし、考察も深めたかった。
前世でできなかったことを、今こうして現実に体験しながら学べるなんて!
『ナナハナ』ファンの誰よりも『ナナハナ』について詳しくなれるチャンスよ。しっかり学んでものにしていかないと。
「まず、皆さんは『闇の禁術』について聞いたことはありますか?」
――『闇の禁術』。
それは、闇の力を使う恐ろしい魔法のこと。
今でこそ、この国に住む人々は魔法の力を持たない。しかし、かつては魔法を使うことが出来たそうだ。
魔法の力は人々の生活を豊かにした。いろんな魔法があり、人々はその力を生活を豊かにするために使用した。
しかし、裕福になった人々はやがて考えるようになる。
自分の領土を増やしたい。
自分だけがもっと裕福になりたい。
そうして魔法の力を使い、人々は人々を陥れ争うようになった。争いはやがて戦争になり、多くの人々の命を奪った。
魔法の力は人々の黒い感情に染まり、やがて闇の力をまとうようになっていった。
その様を見て、この世界の神は人々を嘆いた。そして、この事態を解決するために自分の眷属を聖女に使わし、ある男に力を授けた。
力――誰も敵わないような、強大な魔法の力だ。
男はその魔法の力を使い、聖女と共に割れて争う人々を抑え込んでいった。
戦火を抑えた男は称えられ、国の王となった。その国は、男の名にちなんでフォレスター王国と名付けられた。
初代フォレスター王となった男は、神の力を借りて人々から魔法の力を預かり、その力を封印し『禁術』とした。
そうしてこの国の人間たちは魔法の力を失った。
人々の魔法の力が封印された“もの”がなんだったのか、今でははっきりとは分かっていないが――ある日、魔法の力を取り戻したいと考えた何者かによって盗まれてしまった。
何者かは魔法の力を私利私欲のためだけに使おうとした。無理やり封印から解かれた魔法の力は、使った者の魂すらも闇に染めてしまう。
人々はその力を、『闇の禁術』と呼び恐れるようになった。
「……それが、フォレスター王国の誕生と、『闇の禁術』の誕生についての歴史です。
『闇の禁術』は黒い心を持つ者……誰かを憎んだり、何かを奪おうとしたり、誰かを害そうとしたりする者の前に現れると言います。
決まった形はなく、本やアクセサリーなど普段から持ち運びやすいものの姿をしているそうです。
そして、それを肌身離さず持ち歩くようになると、徐々に闇の力に魂を侵食されてしまいます。
侵食された魂は戻ることはありません。『闇の禁術』に染まってしまった魂は――“封印”するしかないのです」
イライアス先生はそこで言葉を切った。それ以上詳しくは話さないようだ。
それもそのはず、“封印”について詳細を知っているのは、王族と一部の有力貴族、それから神官たちだけのトップシークレットだから。
だけれど、『ナナハナ』をやってきたわたくしだけは、本当のことを知っている。
ここで言う“封印”とは、処刑のことだ。
魂を封印するには、魂を身体から離さなければならない。魂が身体から離れるとき――それは、死んだときだ。
だから、闇の禁術に染まったものは、魂の封印のため処刑されることになっている。
処刑で身体を殺して、魂を抜け出させる。そこで神官たちが神に祈りをささげ、専用の箱に魂を閉じ込める。闇に染まった魂は天に召されることもできず、ずっと箱に封印され続けることになる。
ほとんど死刑と同義なうえに、魂すらも安らかに眠ることはできない。
「ですから皆さんには、黒い心を持たないよう気を付けていただきたいと思います。
そして、見知らぬ本やアクセサリーなどを見つけても手に取ったり身につけたりせず、必ず教師に相談してください。
……良いですね?」
生徒たちが神妙な面持ちで頷くのをわたくしは眺めていた。
ほぼ初回の授業でこんな話をするのは、ここが言いたかったからなのでしょう。
思春期なうえにプライドが高い貴族の子息令嬢たちは黒い心を持ちやすい。かつてフォレスター学国の生徒が『闇の禁術』で暴走したこともあったのだろう。
決まった形がないから注意喚起もしにくいし、ひとまず説明して教師に報告するよう促すことにしているのね。
でも皆様、安心してちょうだい。
『闇の禁術』はわたくしの前に現れることになっているし、わたくしも悪用せず暴走せず使いこなして無事処刑されてみせるわ。
体と魂を離すことが目的だから処刑方法も痛みや苦しみがほとんどないものだし、わたくしは怖くない。
わたくしが礎となって、マリベルたんが生きていくこの世界が平和になっていけばそれでいい。
「……?」
ふと、前の方に座っている男の子と目が合った。
赤みがかった銀髪の少年は、赤紫の瞳を釣り上げてこちらを睨んでいる。
気づいたときにはすぐに前に向き直ってしまった。
でも、わざわざ後ろを向いてまでわたくしを睨んでくるなんて……。
「お嬢様、どうかしましたか」
ルチアが小声で聞いてくるので、わたくしも小声で返す。
「わたくし、さっそく嫌われているみたい。悪役令嬢の本領発揮ね!」
「なんで嬉しそうなんですか……」
『闇の禁術』の話を聞いてわたくしを睨むってことは、「こいつが使いそうだぞ、怪しいぞ」と思われているのかもしれないわね。あの子、鋭いわ。
……わたくしの悪評を知っているからなのかもしれないけど。
でも、姿に見覚えがないってことは、『ナナハナ』に登場したキャラクターではないようね。
髪や目の色がルチアと微妙にかぶっているから、モブキャラクターとしても登場しづらそうだし……。
そういえば、同じクラスの生徒のはずだけれど名前が分からない。『同じクラスだから覚えた』と言い訳してしまったせいで、分からないままにしておいてなにかあったらリディアに怪しまれそうだわ。
勉強ももちろんだけど、クラスメイトの名前も少しずつ覚えていかなくちゃ。
でもカタカナの名前を何人もなんて、覚えられるかしら……。
わたくしが悶々と考える横で、ルチアは先ほどの少年の方をじっと見つめていた。
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