第三十話
これで『級議会スカウトイベント』が終わったはずだ。
最初はどうなることかと思ったけれど、なんとかわたくしが邪魔にならずに無事に終わったみたいね。
満足げに頷くわたくしにオズワルド殿下もにっこりしてくれた。
「シビル嬢はどうでしょうか?」
どう……?
一瞬意味が分からず首をかしげかけたけれど、すぐに察した。
マリベルたんの能力について、意見を求めているのね。
姉として良いところを見せるためにもしっかりと答えないと。
わたくしはうなずき返し、力強く胸を打つ。
「ええ。先ほども言いましたが、マリベルは自慢の妹ですから、しっかりと職務を果たせると思います。
妹をよろしくお願いいたします」
しっかり答えた――つもりだったのに、オズワルド殿下は微笑んだまま少し首を傾げた。
な、なにかおかしかったかしら?
――もしかして、悪役なのにヒロインを誉めるから、怪しまれているとか?
怪しまれるのは構わないけど、マリベルたんの級議会加入に差し障ると困るわ。もうちょっと言い方を考えるべきだったかしら。
しかしオズワルド殿下は、わたくしの様子を見てなにか考える素振りをした。
そして急に話題を変えてくる
「シビル嬢、入学テストはいかがでしたか?」
「テスト、ですか?」
マリベルたんと一緒に勉強していたからか、意外と解答欄は埋められた。でもそもそも、勉強していたのはマリベルたんやルチアとのコミュニケーションの一環だったから、自分の成績はあんまり気にしていなかった。
『ナナハナ』のシビルは決して成績が良いキャラクターではなく、クラスも上位者とは分かれていたから、わたくしもそうなるのだろうと思っていたし……。
――でも、そういえば、クラスはマリベルたんたちと一緒だった……。
ここまで考えて気づいたけれど。
わたくし』…自分の順位は確認していないから、何位だったのか分からないわ。
わたくしが固まってなにも答えないので、オズワルド殿下は少し困った様子だった。
隣に座るルチアがそっと耳打ちしてくれる。
「お嬢様は6位でした」
「――ろ、6位?
それって、上から数えて6番目の6位?」
驚愕するわたくしにルチアがうなずいてみせる。
肯定のしるし。
ということは――わたくし、級議会メンバーに次ぐ高成績ってこと!?
「まさか……わたくしが6位なんてありえないわ!!」
思わず大声を出してしまった。
オズワルド殿下は不思議そうに瞬きしながら「いいえ」と首を振る。
「貼りだされた成績表でも6位になっていましたよ。
……もしやとは思いましたが、ご存知なかったのですね」
貼り出された成績表は確かに見た。
オズワルド殿下、マリベルたん、ルチア、クラレンス、そしてシチュー……見知った名前が並んだ、5位まで。
――まさかその下に自分の名前が並んでいるなんて、想像もしていなかったわ!
なんでわたくしがその位置にいるのかがまったく分からないわ。
なにかの問違いでは――と思うけれど、恐れ多くも王太子殿下の前ではさすがに言えない。
一転押し黙ったわたくしを前に、オズワルド殿下が心配そうにしている。
「シビル嬢にも級議会に参加していただきたく、お呼びしたのですが……」
級議会に――わたくしも参加?
『ナナハナ』では、シビルは級議会には入れなかった。
それなのに、どうしてそんな話に?
それに、級議会メンバーは5人のはず。わたくしが入っちゃったら、誰かが抜けることになってしまう。
級議会への参加は、普通の貴族なら喉から手が出るほど欲しい名誉。断るのは難しいけれど、攻略対象が級議会に入れないなんて大問題すぎる……!
わたくしはなんとかいいわけをひねり出そうとした。
「え、えっと……伝統ある報議会なのですから、優秀な方々が担っていかれる方が良いのではないでしょうか?」
「はい。あなたにも優秀な学生の一人として、能力を発解しくほしいのです」
そういうことじゃなくって……!
わたくしを勧誘したら誰かがクビになってしまう。
――もしかして、ルチア?
わたくしが侍従にしたせいで、ルチアは貴族にならなかった。
貴族じゃないから、誘われなくなってしまった……?
そ、それは一番だめな展開だわ! わたくし、ルチアにもがんばって欲しいのに!
慌てるわたくしに、オズワルド殿下が安心させるような笑みを浮かべる。
「あなたを含め6名のメンバーで、級議会を運営していければと思っているんです」
意味を理解するのに数秒かかってしまった。
想定外の話に瞬きが止まらない。
前提から一気に引っくり返るのだけど……。
「……ろ、6名?」
「ええ。クラレンスとアップルビー様にはもう了承をいただいています。
マリベル嬢にはさきほど快諾いただきましたから、あとはあなたたたちだけなんです」
あなたたち、と言いながらオズワルド殿下はわたくしとルチアを順番に見た。
オズワルド殿下、クラレンス、シチュー、マリベル、ルチア。
そしてシビルで、6人。
「……級議会のメンバーは5人、では……?」
「概ね5名と決められていますが、過去には4名や6名で運営された年もありますよ。
今年は、級議長である僕の権限で、6名で運営したいと思っています」
わたくしはオズワルド殿下の笑顔を浴びながら考える。
マリベルたんはもちろん、攻略対象がみんなそろって、さらにその様子を間近で見られる。
――それって、とっても素晴らしいことなのでは?
『ナナハナ』ファンとして、その場で、すぐそばでストーリーが展開していくのを見ていけるなんて、この上ない幸せなのでは――ハッ。
わたくしは慌てて頭をふり、正気に戻った。
だめだめ、わたくしの役目は悪役令嬢なんだから。
オズワルド殿下には悪いけれどお断りしなくては。
気合を入れて深呼吸をして口を開き――、
「お嬢様が参加されるのですから、私にお断りする理由はありません」
――という、ルチアの声に遮られた。
ロボットのようにぎこちなくルチアの方を見ると、ちょうど目が合った。
ルチアが級議会に参加してくれるのは、いいことなのだけれど。
その言い方はつまり、『お嬢様が参加しないなら参加しない』ってこと、よね……?
わたくしが目で訴えかけると、ルチアは非常に珍しく、にっこりと美しく微笑んだ。
「ね? お嬢様」
「……はい」
――もはやわたくしには、頷くしか選択肢はなかった。
うう、美少年の笑顔に負けるなんて、最弱悪役令嬢決定だわ……。
うなだれるわたくしにいきなりマリベルたんが飛びついてきた。
「お姉様、わたし嬉しいです……!
一緒に、頂張りましょうね……っ!」
マリベルたんはとびっきりの笑顔を見せてくれる。
スチルには絶対になかったはずの場面だけれど、キラキラエフェクトが見えた気がした。
――もしこれが『ナナハナ』だったら、マリベルたんはこんな笑顔を見せてはくれなかったはず。
この時期はまだ、辛い過去やシビルのいじめのせいで暗く落ち込んでいて、笑顔を浮かべられなかったはずだから。
でも今は、こんなに輝いている。
……まあ、前途は多難だけれど。
マリベルたんが嬉しそうだから、とりあえず良しとするか……。
わたくしはマリベルたんをぎゅっと抱きしめて、優しく声をかけた。
「ええ。
一緒に頑張りましょうね、マリベル」
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