第二十九話
マリベルたんに連れられて、わたくしはついに部屋の前に到着してしまった。
他の教室の扉とは一味違う、荘厳な雰囲気の扉が目の前にある。
――ここが、学年の長でありマリベルたんが青春を過ごす部屋……級議会室。
ゲームスチルで何度も見た扉を前に、わたくしはパニックを起こしていた。
わたくし、着いて来ちゃだめなのに。
またイベントを台無しにしちゃうかもしれないのに。
それでも――マリベルたんの腕を振り払うなんて、できなかった……!
わたくしの腕に腕を絡めたマリベルたんは微笑んでいて、わたくしが来ることにまったく疑問はなさそうだ。
オズワルド殿下がお呼びしたのはマリベルたんとルチアなのに、どうしてわたくしを連れてきちゃったのか……。
そもそも、ルチアがマリベルたんになにかを吹き込んだからこうなったんだったわ。
「ま、マリベル? もしかしてさっき、ルチアになにか言われたりした?」
「えっ? えっと、ルチアさんには『お嬢様はなにか勘違いをしているみたいなので、とりあえずお連れして頂けますか?』と言われました」
ルチアったらなに言ってるの? 勘違いってなんのこと?
そもそも、級議会室は級議会メンバーしか入れない特別なお部屋だ。
わたくしは入室を許されないのだから、連れてきたところで意味はないはず。
……まさか。
中に入れないわたくしを外で待たせて後で自慢する――という、嫌がらせ?
それはひどい。わたくし大いに傷つくわ。だって、本当は中に入ってみたいもの……!
級議会室はいわば『ナナハナ』の聖地。ファンとして、目の前にあるこの状況で巡礼したくないわけがない。
でも、級議会メンバーしか入れない神聖さも含めての聖地。わたくしの欲望で聖地を汚すこともできない。
だから、マリベルたんとルチアが中に入っていくのを、わたくしは指をくわえて見ているしかできない……。
ルチアったら、オタクのファン心理を完全につかんでいる。かなりひどい拷問だわ!
そんなにわたくしを恨んでいたのかしら……もしかして、侍従にされたことを相当恨んでいて、仕返しのチャンスを狙っていたとか!?
そんなことってある? ルチアが実はルチアーノだって分かったときだって、わりと感動的な感じで『これからも協力してあげるね』的なことを言ってくれなかったっけ?
いえ、あれすらも演技で、わたくしが一番しょんぼりするタイミングを狙っていた――とか。いや、そんな、まさか……。
わたくしが一人でもんもんとするその目の前で、扉が開かれた。
他でもない、オズワルド殿下の手によって直々に――あの級議会室の扉が。
オズワルド殿下はにこやかに微笑む。
「皆さん、どうぞお入りください」
「えっ?」
何を考えていたのか忘れるくらいあまりにあっさりと開かれたので、わたくしは固まってしまった。
わたくしと腕を組んだままのマリベルは、ちょっと緊張したような声で「ありがとうございます。失礼します」と言って扉の中へ入っていく。
必然的に、腕を組まれたままのわたくしも、カチコチで抵抗ができないまま一緒に扉をまたぐ。
つまり――マリベルたんとルチアとともに、わたくしはいとも簡単に級議会室へと入ってしまったのだ。
『え? なぜ止められないの?』――という疑問は、一瞬で霧散した。
左右の壁には並んだ棚には、級議会が達成した偉業を称えるメダルやトロフィーが並んでいる。
中央には高級そうなソファと大きなテーブルがあり、奥の壁にかけられているのは先代メンバーの肖像画。
その前には、級議長が座るための執務机が鎮座している。
スチルで見た通りの、厳かな雰囲気を醸し出す部屋――。
――ああ、ここが、級議会室!!
『ナナハナ』のスチルで何度も見た、あの……!!
思わぬ聖地巡礼に、わたくしはあっさりと理性を手放した。
悪役令嬢だけど、ほんとは入っちゃいけないはすだけど――全ての疑問は置いといて、ふかふかのソファにしっかり腰を据える。
だ、だって、目の前で『ナナハナ』のイベントを見られるチャンスなんだもの!
なんで入らせてもらえたのかは分からないままだけど、もうこのままイベントを見届けるまでは絶対に帰らないわ!
さあさあオズワルド殿下、わたくしはできるだけ息を殺していますから、どうぞイベントを進めてください……!!
向かいに座ったオズワルド殿下は、わたくしの内なる声に応えるかのように微笑み、口を開く。
「突然お呼びして申し訳ありません。
――実は、皆さんには級議会に参加して頂けたらと思っています」
隣に座るマリベルたんが首を傾げる。
「級議会、ですか……?」
「はい。学年で優秀な成績を修めた方が集まり、学年内の課題に取りくんだり、行事の主催をしたりしてより良い学園生活を作ることを目標とする議会です。
3年間勤めることになりますが、良い経験になると思います。
あなた方は優秀な成績を修めているので、どうか力を貸していただきたい」
「わ、わたしが……」
驚きに目を見張るマリベルたん。
わたくしには、その周りにキラキラしたエフェクトの錯覚が見える――。
――ああ、これは、『級議会スカウトイベント』のスチルと全く同じ場面。
辛い経験で自信をなくしていたマリベルたんが少しだけ取り戻した自己肯定感が、きらめきのエフェクトで表現された感動のシーン……!
まさか、本物のマリベルたんと一緒にこの場面を体験できることになるなんて……感動で胸がいっぱいよ。
イベントを進めながら感涙していた当時のわたくしに教えてあげたいわ。死期を早めそうだけど。
マリベルたんは少し考えるように俯いた。
今のマリベルたんは自信がついているから受け入れるのも早いかと思ったけれど、さすがに偵重に考えているようだ。
しばらく考え込んでいたマリベルたんはふいに顔をあげ、そしてわたくしを見た。
えっ? なんでわたくしを?
思わずうろたえるわたくしをよそに、マリベルたんはか細い声でつぶやくように言う。
「お、お姉様……わたし、できるでしょうか」
不安そうにうるうると揺れる瞳が美しい。
着々と自信をつけていったように思っていたけれど、やっぱりまだ不安が大きいようだ。
突然貴族になって、学校に通うことになって、そして級議会なんて重大な役目を提案されたら無理もない。
――ここはわたくし、お姉ちゃんとしての本領を発揮する場面ね!?
わたくしはマリベルの肩に手を回し、その瞳をしっかりと見つめる。
「大大夫。マリベルはわたくしの自慢の妹だもの。
あなたの頑張りをずっと側で見てきたわたくしが保証するわ」
「…………はい」
マリベルの瞳がキラキラと輝きだした。
もう迷いや揺れはない。心をはっきりと決めた、強い意志のこもった目だ。
しっかりと頷いたマリベルは、オズワルド殿下に向き直る。
「わたし、頑張ります……!!」
力強いマリベルの返事に、オズワルド殿下は微笑んで頷いた。
「ありがとう。よろしくお願いします」
マリベルも緊張がほどけたようにふっと微笑む。
2人の間に漂う、柔らかで暖かな空気――。
ちょっと、なんだかいい雰囲気じゃない!?
やっぱり事前に顔合わせしてもらった甲斐があったようね!
わたくしは自分の手柄にニマニマしつつ、オズワルド殿下とマリベルたんの間の雰囲気を間近で一心に堪能した。




