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第三話

 ……と、意気込んだはいいものの、聞き込みは意外にもすんなりと終わった。


 使用人たちにそれとなく聞き込みを行ったことで、以前いた父の愛人の情報をつかむことには成功した。

 ただし、使用人たちが知っていた情報はごくわずかだったのだ。


 愛人だった女性は貴族令嬢だったようだけれど、三女か四女くらいで立場が低くて、妊娠したせいで勘当され、クリスタル公爵にも捨てられ、城下にある平民街で暮らしているらしい――。

 ……ということまでしか、使用人たちは知らなかった。


 わたくしではマリベルたんを引き取ることはできない。

 マリベルたんはメイドや侍従ではなく、わたくしの妹として――クリスタル公爵家の正式な令嬢としてクリスタル家に来ないといけないのだから。

 つまり、父がマリベルたんを引き取ろうとしないといけない……のだけれど。

 今ある情報では父を説得できないわ……。


 今わたくしが得ている情報では、愛人がどうなったか分からない。

 愛人が捨てられたとき妊娠していたことまでは把握していても、その子供が無事かどうかすら分からない。

 「平民街に妹がいるから引き取りましょう!」なんて言っても、「その子がクリスタル公爵家の娘である証拠は?」と聞かれたらなんとも答えられない。

 なんせ、前世の記憶が情報源なんだもの……。

 前世の世界だったらDNA鑑定とかで分かったかもしれないけど、この世界にはそういった技術はないはずだし。


 それに、もしなんらかの方法でクリスタル公爵家の血を継いでいると証明できたとして、だからって引き取るかはまた別の問題だわ。

 『ナナハナ』でクリスタル公爵がマリベルを引き取ったのは、そうしないと跡継ぎがいなくなってしまう状況になったからだった。今はまだわたくしがいるから、必要がないのに引き取る理由がない。

 平民街に行けば、孤児院にマリベルたんがいるはず。なのに、わたくしはなにもできない……。

 会いに行こうと思えば、できるかもしれない。でも、今会いに行ってもマリベルたんのためにできることはなにもない……。


 でも、会いたい。

 せめて一目見るだけでもいい。

 本物のマリベルたんの存在を確かめたい!


 そう、そうよね……まだこの世界が『ナナハナ』の世界だって決まったわけじゃないのだから、マリベルたんが存在しているかは分からないじゃない?

 わたくしの前世の記憶はこの世界が『ナナハナ』の世界だと言っている。

 でも、マリベルたんをこの目で見たわけじゃないのだから、確認をするのは大切なことよね……?

 そうよ、ちゃんとした理由があるんだから、これは合法よ!


「マリベルたんに会いに行くわよ!」


 そうと決まったら、さっそく作戦決行ね!

 わたくしは使用人たちに「用事があるから話しかけるな」と断って部屋にこもったふりをし、隙を見計らってこっそり平民街に抜け出すことにした。

 使用人たちはわたくしが怖いから、絶対に声をかけたり部屋に入ったりしない。だから、1日くらいなら気付かれずに外出できる。

 平民街はちょっと遠いけれど、ギリギリ馬車がなくてもいける範囲で助かったわ……!

 そうやってこっそり抜け出して、必死に歩いて平民街に到着した。


「ここが平民街……!」


 そこには見覚えのある景色が広がっていた。

 石畳が広がり、家々が所狭しと並んだそれなりに多きな街。表通りはそこそこ綺麗に整備されていて、往来も多く活気がある。

 まるでヨーロッパの街のようなこの景色――『ナナハナ』のスチルで見た、孤児院のある平民街に間違いないわ!


 ついつい舞い上がりそうになる――けれど、浮かれてもいられない。ぐっと抑え、着込んだローブの前をきっちりと閉じた。

 この国の平民街は、一歩路地に入ったら何かあってもおかしくない、という程度には治安が良くないのだ。わたくしが貴族令嬢だとバレたら、最悪誘拐とかあり得るわ。

 ローブで高級そうな服を隠して、あんまりうろちょろしなければ大丈夫!

 ……の、はずよ!


「……さて、ここからどうしようかしら」


 わたくしはぽつりと呟く。

 正直なことをいうと、孤児院がどこに建っているのかはさっぱり分からない。でも探すしかないわ。

 必死に歩いたけど幼女の足じゃ大分時間がかかってしまったし、あんまりのんびりしていたら危ない時間になっちゃう。

 そう思いつつ足を早めようとしたときだった。


「……っちにこい……」

「……い。大人しくしろ!!」


 どこからか怒鳴り声のようなものが聞こえた。

 ぴたりと足を止め、声に耳を澄ませる。


「……逃げられると思うなよ!」


 聞こえてくる声は明らかに揉め事っぽい内容だ。

 しかも聞こえる方には……。


「……路地裏しかない」


 どうしよう。

 明らかに良くないことが起こっているようにしか思えない。


 もし、誰かがひどい目にあっているのだとしたら?

 今日の主目的はマリベルに会うこと……だけど実際、会ったからってどうなるわけじゃない。

 でも、今ここでトラブルに会っている誰かがいるとしたら、助けられるのはわたくしだけかもしれない……!

 気づいてしまった以上は、なんとかしたい。でも、頭脳は20代でも体は10歳児のわたくしが飛び出したところで、正直なにもできずに殺されそうだわ。


 ……いえ、待って?

 わたくしがシビル・クリスタル公爵令嬢なのだとしたら、物語の大事なキーパーソンのはず。

 いまこんなところでは死なないのではないかしら?

 せめてちょっと様子を見るくらいなら許されないかしら。様子を見てやっぱり事件だったら衛兵を呼べばいいのよ。

 ……などと考えながら、そっと路地裏の様子を探る。

 どうやら大人の男の人が二人ほど、何かでもめているらしい。


 ――いえ、よく見たらもうひとりいるわ!


 目を凝らすと、ぼさぼさの長い灰色の髪にワンピースのような服を着た、わたくし(の身体年齢)と同い年くらいの子どもが見えた。

 子どもは男たちに無理やり引っ張られているようだ。


「くそ、抵抗すんじゃねえよ! 殴られてぇのか!?」

「おいやめろよ、あんまり傷があるとケチつけらんぞ」


 長い髪とワンピース姿なのを見るに、あの子はたぶん女の子。

 男たちの会話の内容からして、もしかしてヤバいお店とかに売られそうになっているんじゃ……!?


 ――そう思った瞬間、思わず口が動いていた。


「ちょっとあなたたち! なにしてるの!?」

「!?」


 しまった、つい口を出してしまった!

 振り返った男たちをよく見ると、意外にも小綺麗な見た目だった。顔も体つきもいかつい感じでもないし、なんだかそこまで怖くない。


 ……よし。ここまで来たら仕方ないわ!


 わたくしはローブを脱ぎ去って仁王立ちし、ふんぞり返った。


「その子を離しなさい。

 その子は――わたくしの侍従よ」


 男たちは一瞬怯むが、わたくしを見て腹を抱えて笑いだした。


「へっ、どこの誰だか知らねえが、お嬢ちゃん、この汚いガキがお貴族様に雇われてるって? そんなわけねぇだろ」


 本来貴族の侍従は貴族が勤めることくらいは流石に知っているようだ。

 まあそうよね。ええい、口出ししちゃったからには適当に誤魔化すしかない。


「……変装をさせているのよ。

 あなたたちみたいなおバカさんをおびき寄せるためにね」

「ハァ? 何を言ってんだ、お嬢ちゃん」


 男たちはニヤニヤと笑っている。完全に馬鹿にしている様子だ。

 まあそうよね、わたくしみたいなちっちゃなご令嬢になにができるんだって思っているのでしょう。

 ――仕方ないわ。言いたくなかったけど、最終兵器よ!


「……あなたたち、わたくしが誰だか分からないの?

 わたくしは――クリスタル公爵の娘よ」


 男たちの顔がみるみる真っ青になった。

 よかった、父の悪名はこんなところまで知れわたっているようね!

 ……いやそれ、よく考えたらいいことではないわね。


「く、クリスタルって……」

「あの、冷血公爵か? それはヤバい――」

「ふん、今さら謝ったって遅いわよ?

 衛兵! 早くなさい! こいつらを捕まえて!!」


 わたくしが表通りに向かって叫ぶと、男たちは慌てて少女を放り出し、路地の奥の方へ走り去った。

 よし、適当なブラフだったけどだまされてくれたわ!

 しかし、さすがクリスタル公爵。『わたくしごとさらって身代金とか要求した方が儲かりそう』とか思いつけないほど恐れられているようね。


「あなた、大丈夫?」


 わたくしが差し伸べた手を――とらずに、少女は立ち上がった。


 ぼさぼさの髪も、よれよれのワンピースもところどころ汚れている。さっきの男たちが振り回すから汚れてしまったのかしら。

 かわいそうに、10歳くらいの女の子があんな目にあったらトラウマものよね。もしかしたら、わたくしのことも怖がっているのかもしれない……。

 わたくしがもう一度声をかけようとしたとき、長い前髪の隙間から覗いた小さな唇が開いた。


「あなたの侍従になった覚えはありませんが」


 一瞬、だれがしゃべったのか分からなかった。


「えっ?」

「あなたが余計なことをしなくても、一人で対処できました」


 少女はそう言いながら服の汚れをパタパタと払った。

 言葉が随分と流ちょうだし、あんなことがあったのに淡々としている。

 見た目に似合わず、ずいぶんと大人びていて、ちっとも動じていないようだ。


「えっと……ごめんなさい。つい咄嗟に出てしまって」

「変な嘘を言われると、生活しづらくなります。やめてください」


 言葉こそ非難めいているけれど、声に抑揚がなさすぎて感情が全く読み取れない。


「いたくているわけではありませんが、ここ以外に行くところもないんです。

 恵まれたあなたには分からないかもしれませんが」


 前髪の隙間から覗く瞳はずいぶんと暗く、わたくしではない何かを見ているようだった。


 ――ああ、思い出すわ。


 浮かんだのは、暗い瞳をして表情に影を落とす、最愛の少女の姿だった。

 母を亡くし、孤児院ではネグレクトを受け、義母姉妹には虐められた、哀れな少女の姿。


 ――『ナナハナ』開始時のマリベルたんも、こんな瞳をしていたんだわ。


 そう思ったら、この子のことを見過ごせなくなってしまった。


「ここにいたくないなら、本当のことにしたらいいじゃない?」


 思わず口をついた言葉に、少女は鋭く切り返す。


「何のことです?」

「さっきの、あなたがわたくしの侍従だって話よ。

 わたくし、ちょっとやらなくてはならないことがあって……ちょうど、手伝ってくれる人を探していたの。

 ちゃんとお給料も出すし、三食寝床つき。嫌になったらやめればいいわ」


 少女は黙り込み、なにか考えるように首を傾げた。


「……泥棒でもして逃げたらどうするんですか?」

「それならそれでもかまわないわ。ある程度お給料がたまったらそうしたら?」


 どうせ屋敷にあるものはクリスタル公爵の持ち物だから、わたくしは痛くも痒くもないわ!

 ――ハッ、いけないいけない、前世の記憶のおかげで父が最低野郎だと知っているからって、こんな考えはダメよね。

 『ナナハナ』のシビルは父の本性を知らずに慕っていたから、もうちょっと敬いの気持ちを持たないと。


 わたくしが一人で迷走している間にも、少女は考えているようだった。

 ボサボサでボロボロの姿で一人で生きているなんて、きっと大変なことがたくさんあるでしょうに、即決しないのはまだわたくしを怖がっているのかしら……。


 ……いえ、そういえば、恵まれない少女を助けようとするって、悪役令嬢のふるまいとしてどうなのかしら?

 それに、わたくしみたいなのが優しくするなんて、なにか裏があるように思うかも……。


 見た目相応の、傲慢な貴族感を出していくべき?

 えっと、シビルが言いそうなセリフ、言いそうなセリフ……。


 わたくしは右手を差し出して、ニッコリ笑って見せた。


「わたくしはあなたが欲しいのよ。だめかしら?」


 ……言ってしまってから、やらかしたと気付いた。

 なによ、『あなたが欲しい』って? あまりにも傲慢すぎない? わたくし、なぜ無理して慣れない悪女ムーブを繰り出してしまったの?

 というか、余計に信用できないのでは?


「…………」


 少女はたっぷり10秒は黙っていたけれど、「そうですか」と呟いた。

 おおっ、意外にも感触は悪くなさそう? もう一押しよ!


「わたくしはシビル・クリスタル。あなたは?」

「……ルチア」

「ルチアね。

 ルチアがよければ、わたくしを手伝ってくださらない?」


 一生懸命微笑んで見せる。

 ルチアはわたくしの目をじーっと見たあと、右手を出してわたくしの手をとった。


「……売られた恩の分、話を聞くぐらいはして差し上げます」

「本当に? ありがとう!!」


 良かった! なんだかヒヤヒヤしたわ!

 わたくしはルチアの手をぎゅっと握ってぶんぶんと振った。



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