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第二十六話

 フォレスター学園の入学式典が終わった。

 続々と生徒たちが会場から立ち去るなか、わたしは座席に座ったまま動けずにいた。


 お母様が亡くなって孤児院にいたのに、突然公爵様の庶子だと分かって引き取られて、お姉様には疎まれて認めてもらえていないのに、いつの間にか貴族が通う学舎にいる――。

 これでフォレスター学園生になった、なんて実感は湧かず、わたしは戸惑っていた。


 ふいに、式典中に聞こえた学生たちの密やかな声を思い出す。


「……あそこに座っている子、なんだかみすぼらしいわ。

 もしかして、クリスタル公爵の庶子だってウワサの子かしら?」

「まあ、あの子が? ほとんど平民じゃない。

 学園の品位が落ちるわ……」


 お姉様にすら受け入れられていないのだから、他の人ならもっと仕方がない、とは分かっていた。

 だから覚悟はしていたけれど、いざ耳にしてしまうと心がちくちくと痛む。


(わたし……これから、ここでやっていけるんでしょうか。

 誰も味方がいない、わたしを受け入れない方々の中で。

 たった、独りで――)


 ため息をつきかけた、そのとき――。


「いっけない、忘れ物忘れ物!」


 そこに突然女の子が入ってきた。

 フォレスター学園の制服を者た、同い年くらいの女の子。まんまるのピンク色の瞳にオレンジ色のショートボブ、髪の一房が頭頂部からくるんと巻いて触角のように生えている。

 女の子はわたしに気づくと、慌てたようにペコリと頭を下げた。


「あっ、ご、ごめんなさいっ!

 あたし、人がいると思わなくって……!」


 その様子を見て、わたしは驚く。

 さっきまで会場中に溢れていた貴族の方たちとは違う感じがする……。


「いえ、あの、ぼんやりしていただけなので……。

 お気になさらないでください……」

「そ、そうですか」


 女の子は呟くように言い、辺りをキョロキョロと探して忘れ物らしいハンカチを拾い上げた。

 すぐ帰っていくかと思ったけれど、女の子は少し躊躇うような様子を見せたあと、声をかけてきた。


「あの……もしかして、なにかあったんですか……?」

「……え?」

「なんだか……辛そうに見えたから。

 もしかして……嫌なこととか、ありましたか?」


 女の子は気遣うようにそう言い、わたしの様子をうかがっている。


(わたしがぼんやりしていたから、心配してくれたんでしょうか……?

 貴族の方でも、こんな風に接してくれる方がいるなんて……)

 

 わたしがなにも言わないのを気にしたのか、女の子は照れたように笑って慌てて話し出した。


「えへへ……なんて、実は嫌なことがあったの、あたしの方なんです。

 入学式典で、近くに座ってたご令嬢の噂が聞こえちゃって。

 『あの子、“成金”のシパーリ男爵家の子じゃない? フォレスター学園にふさわしくないわ』――って」


 “シパーリ男爵家”の名前には聞き覚えがあった。

 確か、つい最近商才で爵位を買った――つまり、歴史の浅い下級責族……。

 フォレスター学園に通う貴族のなかには、もちろんそういう人たちもいる。そしてそんな人たちを、歴史があることを誇っている貴族たちがばかにするのだろう。

 女の子は困ったように笑った。


「あ……“嫌なこと”なんて、おこがましいですよね。

 あたしがフォレスター学園にふさわしくないのは、本当のことだから……」

「……そんなこと、ないと思います」

「えっ?」


 思わず否定してしまった。

 でも、わたしの本心だ。だから言葉が止まらない。


「あなたは、わたしを気遣って話しかけてくれました。

 優しくて思いやりがあって、素敵な方です。

 あなたのような方がいるなら……わたしも、ここでがんばろうって思えるから――」


 わたしはそこまで言って慌てて話すのをやめた。

 女の子の瞳からぽろっと涙が溢れたからだ。


「あっ……ご、ごめんなさい。

 あたし……そんな風に言って下さる貴族の方なんて、初めてで……」


 女の子は涙をぬぐうと、頬をピンク色に染めて笑顔を見せた。


「すごく、嬉しいです。ありがとうございます。

 ……あの、あたし、リディア・シパーリです。

 良かったら……お友だちになってくれませんか?」

「はい……こちらこそ、お願いします」


 こうして、わたしに初めてのお友だちができた。



***



 ……というのが、『ナナハナ』でのマリベルたんとリディアの出会い。


 こうしてマリベルたんの友達になったリディアは、マリベルたんの学園生活や恋の応援をしてくれるようになる――。


 つまり、リディア・シパーリは、『ナナハナ』における『サポートキャラクター』である。


 『サポートキャラクター』といえば、乙女ゲームにおいて攻略のヒントや情報をくれる大切な存在。

 だからこそ、マリベルたんとは絶対に引き合わせないといけなかったし、わたくしが邪魔せず仲良くなってもらわなければならなかった。

 そしてマリベルたんをしっかりサポートしてもらって、一緒にわたくしを打倒してほしかったのに……。


「言葉のチョイスを間違えたわ……」


 わたくしは頭を抱えながら自分の発言を思い返す。

 あのときわたくしがリディアに言った言葉は……、


 ――あなたたちとは一緒に勉学を修める仲間になる――。

 ――あなたとはクラスメイトになるかもしれませんでしょう――。

 ――側近候補に目を付けておくのは当然――。


 ……すべて、リディアを『フォレスター学園の一員』として認めるような発言だわ。

 さらに“側近候補”だなんて、『リディアを高く評価しています』と言っているも同然じゃない。

 認められたいリディアにとっては、すごく嬉しい言葉をかけてしまったのだわ……!


 自室で打ちひしがれるわたくしに、ルチアは荷物を整理しながら「よかったではありませんか」と軽く言う。


「マリベル様とも打ち解けておられたようですし、親友と言っても差し支えないのではないですか」

「でも、マリベルったらわたくしを褒めちぎるから……!

 リディアが勘違いしちゃってたじゃない!」


 マリベルたんとリディアはあの後、「いかにシビル・クリスタルが素晴らしい令嬢か」という話で盛り上がってしまった。

 リディアはわたくしの噂を聞いて、「シビル・クリスタルはワガママで自分勝手な最低最悪の令嬢」と認識していた。

 なのに、マリベルたんがどんどん打ち消すようなことを言ってしまったのだ。

 マリベルたんは優しい良い子だから、たくさんお世辞で褒めてくれた。

 『一緒に勉強してくれる』とか『淑女の嗜みを教えてくれる』とか、『怖い夢を見たら一緒に寝てくれる』とか『誕生日に手作りのプレゼントをくれる』とか。

 確かに実際にあったことだけど、わざわざ人に言うことじゃないようなことばっかりなのに。

 『イメージと全然違った』とリディアは感心しきりで、ついにはわたくしに謝ってきた。


「あたし、噂に流されて誤解してました……!

 ごめんなさい、シビル様!」


 リディアもとっても良い子なのよね。だからマリベルたんの親友になれたんだもの。

 明るい性格と愛らしい触角で、サポートキャラクターながら大変好感度の高いキャラクターだったことを思い出す。


「でも、サポートキャラクターが悪役令嬢と仲良くなっちゃダメでしょう……!」


 盛大にため息をつくわたくしにルチアは「シビーも登校の用意をしてはどうですか」と普通に促してきた。


「いまそれどころじゃないのよっ! 」

「来週には授業が始まるのですから、今のうちに荷ほどきしておかないと大変ですよ。

 一応出入りはさせていただいておりますが、私は門限の20時までしかいられませんからね」


 そう。今いるこの部屋は、フォレスター学園に併設される寄宿舎の一室だ。

 全寮制であるフォレスター学園では、基本的に一人一部屋が宛がわれる。

 そしてルチアは男性なので、もちろん男子寮に部屋がある。

 貴族令嬢を預かる女子寮では基本的に男性は立ち入り禁止だれど、クリスタル公爵家の侍従と言うことで特別に入れてもらっている。


 なので、ルチアは門限までしかここにいられない。

 そして、荷物はメイドとルチアに任せっきりだったから、一人で荷ほどきするのはちょっとだけ難しい……。


「……分かったわよ。

 じゃあ、手を動かしながら聞いてくれる?」

「どうぞ」

「とにかく、これからの流れだけど。

 マリベルたんは授業中はだいたいリディアと、放課後は基本級議会で過ごすことになるの」


 級議会は、学年の代表生徒から結成される組織だ。

 主な活動内容は、イベントの運営や学年の中でのトラブルの解決。

 まず入学テストの首席者が級議長に選ばれ、他のメンバーは級議長が選抜することになっている。

 成績発表はまだだけど、『ナナハナ』通りならオズワルド殿下が首席として級議長になるはず。


「あなたもメンバーに選ばれるはずよ」

「私はただの侍従ですよ。選ばれることはないと思いますが」

「いいえ、地位や爵位は関係ないのよ。メンバーの条件は、“入学テスト上位者”かつ“級議長が選んだ人間”だもの」


 ルチアはかなり優秀なので、入学テスト上位という条件は恐らく余裕でクリアしている。

 級議長が選ぶとはいっても、大体は入学テストの成績上位者を上から順に選ぶ。成績が良ければ選ばれるのはほぼ確実だわ。


「それに、『ナナハナ』とはかなり状況が変わってしまったけれど――あなたは『ルチアーノ・リース』になるはずだったのだから、選ばれることは変わらないと思うわ」


 理解の早いルチアは「ふむ」と呟き話を続ける。


「その様子ですと、シビーは選ばれないのですか?」

「ええ。『悪役令嬢はあんまり頭が良くない』って設定だもの。

 それに、級議会はマリベルたんと攻略対象が親交を深める場なんだから、悪役がいたら邪魔になるじゃない」

「では、辞退いたします」

「はい?」


 思わず耳を疑う。

 今なんて言ったの?

 ジタイ? ジタイって……遠慮するって意味の“辞退”?


「侍従が主人と離れるわけにはいきませんので」

「なに言ってるのよ、その主人が許可してるのよ?

 知ってる人がいた方がマリベルたんも心強いでしょ。

 わたくしは選ばれないし、サポートキャラクターのリディアも選ばれなくて、マリベルたんは紅一点なのよ」

「ゴツゴウシュギですね」


 完全に呆れた様子のルチアに力説する。


「とにかく、ルチアには級議会に入ってマリベルたんを助けてもらいたいの」


 それに、級議会に入らないと、ルチアがマリベルたんと進展できないじゃない。

 わたくしのお世話のためにルチアルートに進まないなんてことになったら申し訳ないし、わたくしのことは放っておいて級議会に参加してほしい。


「一応検討します」

「もう……」


 ルチアったら、侍従という職務に責任感を持ちすぎなのよね。

 ルチアが考えを変えないようなら、命令してでも級議会に参加してもらわなくちゃいけないかもしれない。

 ……命令するなんてあまり気は進まないけど、でも、それがルチアのためなんだもの。

 ひそかに決意しつつ話を元に戻す。


「――とにかく、級議会が始まったら忙しくなるから、わたくしはそのタイミングでマリベルたんから距離を置くわ。

 級議会にはメンバーしか入れないから、本来なら授業中や休み時間に悪役令嬢として活躍するのだけど、マリベルたんに害のない範囲で適当に悪役令嬢らしい振る舞いをしていくつもりよ。

 ルチアは好きに行動していいけど、できるだけわたくしの近くにはいないようにしてちょうだいね?」

「善処します」


 明らかにやんわりとお断りするトーンだけれど、こればっかりはわたくしも譲れないわ。


 前々から言っているけれど、これから悪役令嬢のそばにいるのはリスクが高い。

 悪役令嬢の動きをリークするスパイ役を担うとしても、ずっとそばに居続ける必要はないわ。

 なんて言ったって、悪役本人が協力できるんだもの。必要なら『いついつどこどこで悪いことをするから糾弾しにきてね』って事前に伝えられるし。

 こんなにもルチアのことを考えているのに、本人にはあんまり伝わっていないみたいで骨が折れるわ。


 でも、マリベルたんに幸せになってほしいように、ルチアにも幸せになってほしい。

 マリベルたんに選ばれないとしても、ルチアのこれからの人生のためには、処刑される予定の令嬢のそばになんていない方が良いに決まっている。


 ……まっ、今はまだ入学直後だしいいわよね。

 シナリオが進んできたら、ルチアによ〜く言い聞かせたらいいのよ。

 うんうん、と頷くわたくしを、ルチアは表情の読めない顔で見つめていた。



***


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